2025年9月10日水曜日

EVを買うという選択肢はマダマダとても決断できない

ネットを見ていると大量のEVの試乗報告が出ています。

私自身はディーゼル車を運転していますからEVからは遠い所に居るんですけど、私が日本に帰って来てからの日本は全くごく普通にハイブリッドだらけの世界になっています。寧ろハイブリッドでない車を普通車サイズの車で見つけるのが難しいレベルですよね。

さて、最近更にEVがぼこぼこ出てきていますが実際の話ヨーロッパでは改めて現実解としてのハイブリッド車が大量に売れているという話を聞きます。寒さに強い、電欠の心配がない、バッテリーが劣化した時の超高額の交換代を出さなくて良い、下取りが極悪なレベルで安いなどという事が無いという事がやはり強さの源。

いくら理想を追い求めても、一生の間の「製造工程も含めた」カーボンのトータル排出量を考えると実際の話EVの低公害車神話はマダマダ神話。しかも、使用後のバッテリーの効率的な処理法はこれもまた危ういもので、とてもコストのバランスがとれているシステムとは思えないのです。

そして何よりも私がEVの購入に「全く」乗り気になれないのはその航続距離と充電の速度。各社夢の「全個体電池」に向けてまさに猛烈に金と人を注ぎ込んでいますが、恐らくその量産レベルでの実用化は28年くらいまでは来ないんじゃないかなと思っています。

その上でもっと駄目なのは日本における高圧の充電インフラの絶対的欠如。これは本当にもう絶対的なレベルで全く足りない状況だと思います。しかも今存在するインフラも高圧ではないし、劣化、故障の割合が半端ないのですから今目の前に車をただで貰ったとしても私がマンションでEV車を日常的に使用するのは相当な不便を強いられることになると思います。

数分で50%以上の充電が出来る事、充電インフラがどこにあるのかビクビクしながら走るような事が無い事、ちょっとした接触事故でバッテリーに歪みが入ったと言われ全交換などというような事が無い事、等が達成され無いければまだまだとても買えません。まさに水素自動車と同じ感じ。w

あと五年はEVを買うか否かという事で決断に関して悩むことは「私に関して言えば」無さそうです。

2025年9月9日火曜日

やらかしセンセイ

医者の中には色々とやらかす人が居られます。

その「やらかし」というのは別に医療技術上の問題とかいうものでは無くて、いわゆる犯罪と言うべき類のモノ。全国でいろいろな犯罪が起きるのは別に教師や普通のサラリーマンに限りません。

医師もやはり人間で、毎年数千人が医師になりますからそれだけの人間がいればどこかで誰かがやらかします。交通事故、性犯罪、詐欺、窃盗なども含め刑法犯となったような人間は日本の場合だと厚生労働省が設けている医道審議会というのに名前が出て、歯科医師や医師が資格停止や免許剥奪などの処分が告示されています。

私が知る限り、私の周辺でそういう事をやらかしたのは精神科医が2人、内科医が1人。精神科医達の方は私は知っているけどほぼ拘わりの無い人達だったのですが、内科医の方は私の直ぐ傍に座って仕事していた人間。orz

まさかそんな変態だとは知らずに、、、というのは嘘で、実際はこの先生が私の病院にやってくる前には既にどんな人物なのかかなりハッキリと判明していて、ヤバいお方だというのは知っていたのですが、黙っていたのでした。w

今の時代どこかで一度ネットに載るような犯罪を犯してしまうとまさにdigital tatoo状態ですから、時間が経ってもいろいろな形で掘り起こされてきて白日の下にそれらの報道が晒されもう一回蒸し焼きにされます。

そもそもそんな人間を採用するなよ!という話なんですが、採用者側の目が節穴なんですから仕方ありません。私は事前に知り得た情報をもとに何度も採用前に病院側に警告したのですが、結局その人物が以前の病院に勤めていた時にやらかした二回の性犯罪とほぼ全く同じことを愛知にやって来ても、私が知っているだけで二回も追加でやらかしているんですから下半身に起因した犯罪というのは止めようがないんでしょうね。

君子危うきに近寄らず。大切です。

2025年9月8日月曜日

リニア鉄道館再び

昨日は息子を連れてリニア鉄道館に行ってきました。

以前、家族が日本に帰って来た時に先ずは鉄道好きの息子のためにという感じで行ったのですが、今回はドクター・イエローの後初めての訪問ですから新しい展示物と遭遇する事になります。

家から博物館までは車を使えば実に30分もかからないところにありますから「思い立ったらすぐ」という感じでアクセスできる便利な立地です。暑い中ではありましたが、行くべきでしょう!という感じで息子を喜ばせるために昼から出発!

久しぶりに入り口に立ちましたが、息子の障碍者割引で二人で1000円の入館料でした。入り口からいきなりドーンと新幹線群がありますし、蒸気機関車も仲間で直ぐに見られます。
狭軌で世界最速の蒸気機関車の運転席!まさにスチーム・パンクの最先端のような世界がそこにはリアルにありました。
0系から始まる歴代の新幹線の諸君。仕事を終えてもみんなの人気者です。
これが新しく展示されたドクター・イエロー!しかし、実際は役目を終えたという事なんですよね。寂しい気もします。
いつも本当に感心するほど作り込まれた名古屋駅界隈のジオラマ。時間が進むと朝晩と景色が変わっていく素敵なセットです。
二階から見た博物館内部の景色。私は違いますけど、本物の丸鉄には堪らんのでしょうな。

あちらこちら館内をぐるりと回って二時間弱でしたが、最後に売店に寄って息子のリュックに付けるタグを一枚買って家に戻りました。息子は館内では終始ニコニコしており、やはり乗り物の近くにいる喜びと言うものを愉しんでいるように見えました。

家に戻る時に嫁さんに連絡を入れたところ「外で食べましょう!」という事で手抜きのお誘い。w 近くの藤一番に行って皆で美味しくラーメンをいただきました!

チャンスがあれば今度は大井川鉄道のきかんしゃトーマスに連れて行ってあげたいですね。




2025年9月7日日曜日

石破さん辞めたけど

首相が辞任表明しました。

まあ、今回の選挙の結果がボロボロだったので責任をとって頂くという事なんでしょうが、個人的には果たして民意は石破という人物の失政を問うて今回の結果を出したのかという疑問が大きいです。

勿論、このオジサンがその風貌、発言、所作共に何の人気も無い事は誰の眼にも明らかですが、恐らく誰が首班を務めていても今回の結果は大きく変わらんかったでしょうというのが容易に想像できる点がこのオジサンには不幸な所でしょう。しかし、全ては時の運ですからこの手の人事には運が無い人は就き続ける事は出来ないのでしょう。

10人程度のいろんな人間が現時点で次の候補として名前を挙げられてますけど、員の所誰が鳴っても現状ボロボロの自民党を立て直すのは相当難しいと感じます。何というか「自民というシステム」自体が既に制度疲労を起こして、そのシステムの中には既に2世、3世、4世になっているポンコツ政治屋ファミリーのこれまた明確な劣化版コピーがゾロゾロと面を揃えていれば誰もそいつらの乗っている腐臭漂う巨大な船に一緒に乗って旅をしようと思う奴はあんまりいないんじゃないかなと思うんですけけどね。

そういう意味で今回の選挙では俺の所は「軍艦」だとか「泥船」だとか「ばら撒き船」だとか判り易い旗を掲げて戦った政党にはとても敵わないなと思いましたし、実際今回はボロ負けでしたしね。w

今後、どういう形で離合集散が起きるのかは読めませんけど、烏合の衆同士で融合したり泡沫政党が消えていったりなんて言う事が繰り返されていくんでしょうかね。恐らく誰が首相になっても今後の日本はアメリカの大統領に名前も覚えて貰えないなんて言う状況が暫くは続きそうな気がします。

駄目になっていく国の指導者っていうのは国民の質を反映したものだと思えば、それほど今回の首班指名の過程の「情けなさ」に関しても疑問は余りありません。orz

2025年9月6日土曜日

学校で習得できないもの

 仕事場でもオンラインでチャットしていても、歳を重ねるごとに解る事がいくつもあります。

その幾つもあるうちでも「最たるもの」は大人になって実生活をする上では学校で習っていない事、学校では習えない事が沢山、日々「目の前」に登場してくる事でしょう。

当然の事ですが、学校で習う事の出来る多くの事柄は「ある側面の知能」があれば学ぶことが出来ます。しかし、能力の多面性というのはとてもとても学校で習った事だけでは測定しきれない程の広範囲なもの。

読み書きそろばんの重要性はとても重要なものですが、アートや会話能力、対人処理能力というのは学校の記述テストではやっぱりどうしても測れません。リアルに会話を進めながらその瞬間瞬間に何を話せばよいのか、どう話せばよいのか、相手の理解力を測りながら表情や声のトーンなど諸々の細かな要素を見取りながら即座に組み立てて言葉を紡ぐ。こんな事は学校の中ではテストでは無くて集団生活で培われたり、友達とつるんでいる時に育ったり、生まれつきの得手不得手があって育てる事が出来たとしても時間のかかるもの。

結局大人になっても全くそれができない系の人は人と会わなくても出来るような仕事に進むのがベターだし、学校の勉強は出来なくても営業や接客業、文章を書かせたら抜群などというパターンもいろいろある訳です。

世の中の子育て中のお父さんお母さんも学校の勉強が出来なくてもその子が友達の多い子だったり、何か一つに特化して切れ味のあることが出来るようであればそれを伸ばしてあげる事に集中して励ましたり褒めてあげればよいと思います。

何らかの出来事で親に褒められた記憶というのはその子を大きく育てる栄養になると思います。褒められてより好きになり、それに時間を費やす事でより上手くなり「得意」を超えて人から感心されるようなものを創り出せるようになることも多いのではないでしょうか。そこまで行くことが無くても自信をもって「人より出来る事」を持たせるのは素晴らしい事。

学校のテストでは点数化されない何かで子供を評価してあげる事は大事な事だと「改めて」思うこの頃です。