当初の狙い以上に個人的には素晴らしい体験を積み上げることが出来ました。観光地以外では英語を話す人はほとんどいないのは恐らく日本と同様だと推定できましたが、そんな事は今回全く関係ないレベルで問題ありませんでした。バイリンガルが傍にいるというのはどの援護の時でも便利ですね。
さて、今回いろいろな人と話して解ったことがいろいろありました。何といってもベトナムは社会主義の国なんですが、事ここに至る迄の長い長いベトナム戦争からの歴史というのは国民の中に深い轍(わだち)を残している事が良く解りました。
ベトナムでは今でも当然の様に兵役があって、人生のどこかの段階で3年の兵役を済ませる必要があるとの事です。この前まで2年半だったとか言ってましたが、少なくとも今は3年なんだとの事。国力を削ぎますよね…。
あと、南北に国が別れて闘っていた歴史は今でも拭い難く、少なくとも南の人間は基本的に北の人間には強い警戒心を持っているという事。どう考えても「良い印象」というのを聞くことはありませんでしたが、私が滞在した家ではいろいろな意見を聞きました。
基本的には若い世代になるほど「人間による」という感じ感箍拡がっている感じだったんですが、年配の人達はやはり戦争後の影響というのもあるんでしょうね「疑心暗鬼」という状況から抜けられないのだそうです。そりゃそうだろうと内心では思いました。日本の会津と長州みたいなもんなんでしょうか。しかも、公務とかに就く時なんかは親族の中で三代上まで遡って調べられて、親族に南ベトナム軍の関係者が居るとプロモーションに影響が…等と言う話も他の人から聞いたりもしました。
まあ、中には北の人間なんて信じないと言い切る人も居るという話を間接的に言う人もまだいるという話を間接的に聞きましたが、それは我々外国人には深い感情としては読めない世界ですよね。
日本にいる在日ベトナム人に話を聞くと「何故ベトナム本国で俺たち南側の人間がいろんな差別を受けているのに日本に来たからって言って北の人間を助けんといかんのか?」という発言もあって、個人的には南下複雑なもんだなと思うこと頻りでした。真実はどうなのか知りませんが、彼ら南の人間に言わせると実際には南の人間の方が経済的には成功している人達が多いとの事で、政治的には虐げられていても、そこの所は負けてないぞというよという様な気概を感じましたね。
ベトナムの人達に、そう言う意味での北と南の政治的な境目は地理上はどこ辺りと聞いたら「フエ辺りは未だ南だね」という事でした。なんか地名を言って、自分が思う境目はここらあたりかな等と言うのを聞いたんですが、具体的な名前は失念しました。
それでも、ベトナムは元気な国ですワ。
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