2011年4月7日木曜日

日本を潰す「抜け殻」達

何で?といつも思う。
日本にいる巨大な会社の「いわゆる」エリートと呼ばれる人間たちのダメっぷり。やっぱ、いろんな意味で、採用方法とか人材の育て方に連綿とした間違いがあるんだろうなと思う。そうでないと、アレほど無様、無残な会見や、会議の模様を外に映し出される様な会社や議会が出来上がるだろうか。
書類に文言を書き込む能力、組織の中での生存能力は間違い無く有るんだろうけど、自分達の起こすアクションに対するリアクションの予見能力の見事なまでの崩壊ぶりとか、危機対応能力のマイナスレベルまでの落ち込みぶり、更にはよく喧伝されるような企業人のリーダーシップなどというのは殆どゴーストライターによって準備された画餅レベルのものではないのかと強く疑わざるを得ない。
何というか、調度、親から買ってもらった似合いもしない高価なスーツを頑張って着ている馬鹿なボンボンという感じ。ネクタイ、スーツ、タイピン、カフスボタン、ワイシャツ合計100万、そして中身は零円、、、。
高額の教育費を投入され続けて育った人工栄養の結晶のような最終産物が外洋の荒波に呑まれ、為す術も無く溶けてしまうような無残なまでのダメっぷり。マニュアルに無いイベント、想定外の事象、前例の無い出来事、そのような事態に遭遇したときのお子様レベルの慌てっぷりとダメさ加減は一体何なんだろうと思う。
ニッポンの高偏差値の大学は一体何を教育して来たんだろう?当然のことだが、アメリカの教育が世界最高などという気持ちなど毛頭ないし、事実ではないと思うけど、少なくともアメリカにあるトップの30大学くらいで行われている少人数を対象とした高等教育は、世界のどこに出しても恥ずかしくない人材を継続して輩出していると思う。科学においても、政治経済においても。パクスアメリカーナなどというものは最早この21世紀において幻想以外の何物でもないが、どういう手を使ったのであれ、パクスアメリカーナと言うに近い状態を何十年にも亘って維持させ続けてきた人物を産み出してきた教育システムにはやはり学ぶべき何かが有るのではないかと。
もう一つの最大の違いは、産業界、実業界にいおいても、大学を卒業した人間が容易に生涯教育を受けているという実態ではないか。日本のその手のものがセミナー形式でどれほど会社の上層部に居る「クソジジイ」達に行き渡っているかは知らないが、少なくとも「勉強」を続けているトップの人間が少な過ぎるのではないかと想像する。
昔取った杵柄だけで、駒が成り上がった後の人生を過ごしているような人間はハッキリ言って、現場の人間にとっては単なる「有難迷惑」、もう少しハッキリ言えば、「邪魔」以外の何物でもないのではないか。上の人脈を使った交流大いに結構。しかし、そんなもんを使わんと勝てない商売や政治をしてるだけじゃ早晩行き詰まってしまうのは明白だと思うんですが。
ああ、もう日本はそういう国になってましたか。興国の意志に燃えた若人が国を動かした明治は遠くになりにけり。僅か百年足らずで老成し、今では単なるディフェンダーになってしまったのか。しかも今は国外からはボディーブローの連打状態。最低の政治家達は「弁護には」長けた過去の偏差値と詭弁だけに縋って生きてきたような弁護士上がりばかり。あ~あ、今日のブログはただの愚痴になっちゃたな。w 目標に出来ない過去の栄光で塗り固められた「抜け殻」人間が会社の上司にゴッソリいたら、そら若手もやる気を無くす奴が増えるか?あなたの廻りの人間で将来の叙勲などを口にしだしたらもう、人間としての成長は止まってますから御用心を。

挑戦しない人間が集う国や集団に未来等有る訳もなし。


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