2022年9月30日金曜日

老化の著しい我が家のヨーキー

家にヨークシャー・テリアが居ることは随分前からちょこちょことこのブログに書いています。

歳も今年のハロウィーンで丁度15歳!この前産まれたような気もするのですが、寿命が人間とは全く異なるヨーキーにとっては次第に「寿命」と言える領域に迫っています。
実際の所、その老いの状況は痛々しいほどで、まずモノが殆ど見えていないということ。食べ物を目の前に置いても見つけることが出来ず食いつくまでに一分間ほど床の周りをクンクン嗅ぎ回るばかりでなかなか最終目的を達成できず、時にはその場を離れたりします。

そこで、目の前の床を指でトントンと叩いて「ここにあるよ!」という事を示唆することでやっと鼻先で食べ物を確認し、パクっと食べることになります。容器の中にあるときは良いんですけど、個々のおいしい食べ物を少し食べさせてあげたいときなどは上記の如しです。

そして立位の保持が出来なくなっていています。こんな当たり前のことが…と考えがちですが、人間での例を考えれば容易に理解できるもの。人間でも寿命の終わりに近づいてくるようになると「立つ」そして「歩く」等という若い頃ならば当たり前にできるような事が出来なくなる訳です。

ジッと立っている時でさえも何となく体が斜めになっているし、小刻みに揺れています。しかも、滑り気味の床の上では四本の脚が次第に左右に拡がってしまうのです。筋力が衰えている事が確実に見て取れます。

更にシビアなのは排尿行動。ほんの数週間前までは殆んど間違えずに決められたコーナーでオシッコをしていたのですが、ここ暫くは場所を選ばずそこかしこで「漏らす」様になってきてしまいました。娘と嫁さんが漏れた場所を見つけては必死で拭き取っています。そろそろフルにオムツを使う時期なのかも知れません。しかし上手くいくものでしょうか。

そして、最後は眠る時間(横になっている時間)が長くなってきた事です。見た感じでは生きているのか死んでいるのか全く判らない程で、まさに「死んだように」寝ていることが多いのです。近くに寄っていって手をかざしても薄目を開けたままピクリともしないし、呼びかけてもなかなか動かず本当に死んでしまったのではないかと思わせるのでした。

しかし、それから暫くしてヨロヨロと立ち上がり、自分の寝床に行くのを見て「大丈夫」と一安心する訳です。

一日でも元気で、一日でも長生きして15歳を迎えて欲しいと思うのでした。


2022年9月29日木曜日

目薬の点け方

医学部を出て医師になったからと言ってその知識が多岐に亘っているかというと全くその逆。

皆さんの推測通りで、周りを見渡す限りでは基本的には自分の専門とする範囲をバッチリ磨き上げて守備固めをしておき、専門のエリアであればup to dateな知識を間断なく入れておき技術も磨き続けるというのが多くの医師のやり方。

その上で、その周辺領域、更にその外の領域へと中心部から離れるにつれて次第に知識が薄くなっていきいわゆる素人の皆さんに毛が生えたような状況になっていく訳です。
田舎に帰ったりすると親族一同から最近受けた検診のデータの話や飲んでいる薬の話、調子の悪い時の話等をされて「このままで良いのか」とか「一体どうすれば良いのだろう」などという話をされる事は医師ならではのあるあるネタでしょう。w

しかし、医師自身の内情はと言うと上に書いたような状況で、現代医学の広く深い知識と技術の海の中では一人の人間がこなせる技術やカバー出来る知識というのは本当にスプーン一杯のようなものです。例えば「初期診断と慢性疾患などのフォローアップ」で世界的に見直されている総合診療科のように、各エリアのスペシャリストのように深みは無いものの、広いエリアで取り敢えずスクリーニングの網の目に患者さんを引っ掛けて、その初期診断を推測した後にその領域の専門家達に引き継ぐということを毎日のようにやっているわけです。

私などもいわゆる一般内科医として仕事をするわけで、たとえ過剰診断になろうとも全く恥じること無く「間違って恥をかく」なんて言うことは全く恐れず専門家の先生方に患者さんを渡して、患者さん、そして自分自身の不安を払拭することにしています。

隣のエリアのことはうっすらしか知らないどころか、国家試験のとき以来の知識の追加がないという意味では産婦人科や眼科などは背筋が寒くなるほどで、例えば隣で産気づいた女性が出現したらあたふたするのは市井の皆様と全く変わりません。

そんな中で、昨日たまたま勉強出来たのが点眼薬の正しい使用法。大学の眼科の授業でこういうことをきちんと教えていたのかも知れませんが、授業をサボって寝てばかりいた自分には初めて触れる正しい知識の山。まさに目が覚めました!w

ここで私が再び内容を変にまとめて開陳するのも問題なので、参天製薬のサイトのリンクを一読されて、皆様も勉強されてみては如何でしょうか。これからの人生に大変役に立つと思える小さいけれど大切なQ&Aの知識だと思います。薬を渡されてもどう「正しく」使うのかは意外と知られていないものの代表こそは点眼薬だと思いちょこっと書いてみました。


2022年9月28日水曜日

安倍さんの国葬

何だかボロボロの国葬に見えました。

私の勤める病院でも半旗が掲揚されていましたが、仕事前後も仕事中も誰も何も国葬の事など全く自分には関係無いという感じでした。それはバイト先の病院でも同じ。バイト先の運転手さんなんかは安倍さんの死因に関して「結局は統一協会とギブ・アンド・テイクではまり過ぎちゃった挙げ句の因果応報ですよね?」と言われて返答に困りました。

結局、票が集まるから・事務の人間として来て貰えるからなどの表立っては言えないような理由の積み重ねが、多くの政治家を集票マシンたる宗教団体とのズブズブの関係にまで落し込んでしまうのは「集票=当選」という民主主義国家における宿命の延長線上に今回の悲劇が有ったように思えます。

今回、岸田さんの弔事がとてつもなくポンコツで、何にも心に響かないものであったのは本当に岸田さんの中身そのものだなと思いました。ハーバードで我々のscientific meetingが有った時に突然現れて語った「上から目線」の話を聞いた時には「多分、他に適当な人がいないから、この人が次かその次の総理になるだろうけど、外交経験以外に何も無さそうだな~」という直感が嫌な意味で当たってしまいました。

4割程度の招待状が「出席出来ず」と言うかたちで返送されたようですが、数日前に行われたエリザベス女王の国葬とは比べるのも気の毒なくらいの差が付いてしまいました。

それにしても、国葬に反対という連中の精神の子供じみた浅ましさには改めて嫌悪感を抱きました。様々な大問題を抱えたまま冥土に旅立ってしまった元宰相ですが、亡くなった日の当日くらいは反対派も非業の死を遂げた一人の人間を静かに見送ることは出来なかったのでしょうか。それがたとえ無視でも良いではないですか。静かに見送ることも出来ず、葬儀会場の外で警官と揉み合うなどということはまず人としての中身を疑ってしまいます。別に極悪非道のスターリンやヒトラーの葬儀では無いのですが?

国葬という選択を行った岸田さん、その理由説明も何もあったもんじゃなかったですね。今後、本当の偉大な人物が出てきた時も本来は出来るはずの国葬を行うことは躊躇われるであろうという意味では大きな失態だと思います。国会葬とか党葬くらいが最適だったのではないでしょうか。恐らく一番迷惑がっていたのは安倍さん本人でしょうね…。あの世で溜息を付いていたんじゃないでしょうか。


2022年9月27日火曜日

軍備は好き嫌いの問題では無い

ロシアのメチャクチャな侵略戦争の様子を見るにつけ、侵略された国家というのはもう主権どころかヤラレ放題なんだというのが嫌というほど判ります。

ウクライナの東側の4つの州ではマシンガンを突きつけられて投票所に集められた人間達が透明の投票箱に己の侵略された州をロシア領として編入したいか「Da」・「Nyet」で答えるというトンデモナイ茶番ですが、プットラーにしてみれば侵略を正当化する儀式としての一手順の大事な茶番なのでしょう。

この茶番、投票率数パーセントの時点編入に対してYESとしたと言われる回答が軒並み98%前後という御伽噺が漏れ伝わってきます。w

満州では女性を強姦し、子供を殺し、男を虐殺したりシベリアで長期の非人道的な抑留を行ったソビエトがロシアと名を変え、そのトップの名前が変わっただけでやっている非道さは相変わらず。そして北方四島もまさにドサクサに紛れて盗んだママで返還の意思など昔も今もそしてこれからも当然持っていません。

これほど迄に非道な国が未だに隣国である不幸は日本がどこかに移動するかロシアが消えるくらいしか解消する方法はありません。という訳でこういった国がお隣りにある以上、我が日本は議論の余地無き「防衛力」の存在が安全保障の前提として必須な訳です。

防衛のためには攻撃のやってくる方向に向けての反撃のシステムも必要だということは今回のロシアのウクライナ侵略で明白。ベトナム戦争が長引いたのも、ロシア軍人が居ることが明白な北ベトナム軍の航空基地を直接叩くことをアメリカが恐れたため。やられたらやり返すだけの武力が必要なのですが、相手が核を持っている国か否かで対応が大きく変わってしまいますし、隣の凶悪な三国は皆その最終兵器を持っているという碌でも無さ。本当に難しい。

今の自衛隊は日本らしい「オモテ」から見るとそれなりに金を使った軍隊に見えますが、果たして中国軍から攻撃を受けた時にどれほどの時間耐えられるのでしょうか。攻撃を受け始めても反撃は総理の許可が出るまで出来ないようなナマクラなシステムでは、許可が出るまでにレーダー全滅。飛行場の滑走路と管制塔全滅となっているのではないかと素人ながら危惧するのです。

ルールなど全くもって視野の外、外道の戦略で来るのが確実な相手をどうやって叩くのかをこそ考え抜いた防衛及び反攻システムの構築に全力を注ぐべきと考えるのですが。「飾り」では無い真に必要な兵器でハリネズミのように全身を固めておくべきではないでしょうか。

それはまさに防衛力においてイスラエルのような国であるべきだと強く思うし、そのためなら俺の税金使って欲しいと感じます。

共産党や旧社会党の流れを汲む連中も社会主義、共産主義にのぼせて「おまえどこの国の人間?」というような事を言いますが、我が国にとっての軍備というのは家持にとって泥棒の侵入を防ぐ鍵や監視カメラのシステムそのものです。鍵が要らん、カメラが要らんと言う人はそれでも結構。ただし犯人から殺されても物を盗まれ放題でも何も文句は言うなよ!と言うことと同じなのです。責任ある一家の主としてはそれは「絶対」にあり得ない話です。


2022年9月26日月曜日

風呂の壁掃除はどうするべきか

風呂場の床掃除は排水口をビニール袋に水を入れて作った蓋できちんと漏れないように蓋をして、その上に市販のオキシクリーンを指示通り水で希釈した液でヒタヒタに浸けて2時間も放置した後、その液体を排水してしまい床を軽くスポンジで擦るだけで顎が落ちるほど容易に汚れが取れてしまいます。その事は以前書きました。

しかし、壁面となると話が別。

何故かというと理由は簡単で、こういう液体洗剤などを壁面にスプレーや濡れた紙を使って塗布したり付着させても重力の作用であっと言う間に液体が垂れてしまったり、その作用が効力を発揮する前に蒸発したりしてしまうのです。

そこで、考えたのは愚直な攻撃。壁に傷をつけないようなハードなスポンジなどは使わず、目地は細かくソフトだけれど、なかなか全体が潰れないようなスポンジを使ってアミノ酸系のソフトな洗剤を壁に吹き付けながら円を描くようにかつそれなりに力を込めて同じところをグルグルグルグルと回すように擦り続けるというもの。

これなら傷も付きません。実際にやってみると腕は疲れるものの確実に汚れが取れていきます。スマートに済ませようとするといろいろと高い洗剤や道具などが必要なのかも知れませんが、取り敢えずこの方法を使えば安上がりにかつ完璧に綺麗になります。

欠点は「疲れること」なんですが、一回シャワーを浴びる度にフルチンで壁に向かっておじさんが出来る範囲は精々1平方メートル前後。

しかし、それでもアミノ酸系の昔からある有名な洗剤「ウタマロ」を吹き付けた後、擦り続けること約数分で壁がキラキラ~っと光ってオノレの醜い裸体が反射しているのが判るほど綺麗になります。例えシャワーで流したあとでも未だ少し残っているような「長期にわたって付着した垂れたような跡になっている皮脂やソープの汚れ」さえも、そう言った動きを二回アプライするだけで確実完全に落とせました。

今後もこれをしていけば何の問題もなく綺麗になると思うんですけど、問題はその後。結局のところ水などがかかった後にササッと拭き取るような行為を毎回すれば汚れるようなこともないのでしょうが、そんなことを果たしてするか?というのが問題。

やはりズボラな私自身は絶対にしません。ということはやはりこういう行為を定期的に繰り返すしか無いということですね。生きていくという事はそういう事の繰り返しです。orz