2021年11月7日日曜日

嫁さんへ贈った革製品のrefreshment

二年前のクリスマスプレゼントとして嫁さんに贈った革製の小型リュックのrefreshmentに行ってきました。

午前中は息子の仲間達と共にスタンプラリーに参加するために牧野ヶ池緑地に行っていたのですが、そのラリーでエコバッグ一杯のお菓子を貰った息子は幸せ一杯モードになりました。それを確認した我々は午後もまだかなり時間があるので、夕食時までにまだなにか大きめのことが出来るということで私が提案したのが日常的に嫁さんが使ってくれているレザーのリュックをもう一度綺麗にして貰おうということになりました。

次女はベジタリアンの延長で、アニマルの革が日常生活の中で使われる事に心理的抵抗感があるようで、服も小物もレザーが入っているものは決して使いません。そんな娘を持つ私ですが革製品は大好きで、特に使い込んでいく時に革が醸し出す経年変化というものに魅せられています。

新品の革には決して出せない人が使い込んだときにだけ初めて出てくる「使用感」には何者にも代え難い時間を流し込んでいる感じがして来ますが、それが好きか否かは人それぞれなんでしょうね。私の場合は更にこの使い込み感に加えて修理等をした後が入ってくると尚良し!で、私が亡くなった後ももし子孫達がそれを修理しながらでも使ってくれたら嬉しいんですけどね。w

さて、我々が行くことを電話で予め告げて向かったエルパソと云う阿久比(あぐい)にある革工房までは牧野ヶ池から40分ほど。もう既に何度もそこを訪れてその雰囲気を愉しんでいるお店なんですが、またコロナが落ち着いた今の瞬間に久しぶりに訪れたら相変わらずの良い雰囲気!何だか忙しすぎてバックオーダーを処理するのだけで大変な御様子。みんなエルパソの革製品の良さを知っているんですよね。

結局、飛び込みに近い形で持ち込んだ嫁さんの「少し疲れてきた風情」のあるリュックを嫁さんの要望をちょこっと聞いた後すぐに作業に取り掛かってくださって一時間ほど集中的に御仕事をしてくださり、勝った時よりも一段と良い色味と風合いのリュックに再度変身して戻ってきました。

しかも、お代は固辞され当然のようにアフターケアのような形で処理されました。プロが使った一時間という時間にお金を払いたかったのですが、それは受け付けず大変申し訳無い限りでしたが、それがポリシーなのでしょう。最後に私は共同で仕事をされている息子さんが作られていた名刺入れを購入させていただきました。

マスターたるお父さんとは店を発つ前に当方から新たに作って頂きたい当直用の大きなトートバッグのラフなアイデアを伝え、制作のための意見交換を行わせていただきました。

家に帰ってきてからは前もって買っておいたシュークリームやドーナツを頬張りながらケンタッキー・フライドチキンを食べて嫁さんの日曜夕飯作り負担軽減に協力させていただきました!


2021年11月6日土曜日

貧困ビジネスの深い闇「奴等を信じるな!」

今ものすごく頭にきていることがあります。

それは、私の勤める病院に入院している患者さんなんですが、大学病院から多発骨折などの多重の外傷の処置後に一旦「ある事情」を解消する時間的猶予を置くために役所等の公的機関が介在している案件です。そして、これだけではなく他にもこれと同様のある種の「縛り」から逃れるためにこのような期間を設けることは私達の病院では普通です。

一体どういう事かというと。いわゆる貧困ビジネスという異様に重層的な悪の搦め手からズーッと生かさず殺さずで搾り取られ続けている人々を救うための準備期間を作っているのです。

貧困ビジネスというのは福祉という錦の御旗を被った極悪な連中が基本的に生活保護や障害者手帳を受けている人々を極めて劣悪な環境に放り込んで、そこから生きていくための最低限の必要経費のみを残して全てをその人達からかっぱぐというトンデモナイ虐待の連鎖です。

たちが悪いのは、こうやって絞り取られる側の人達というのは身体的、知的に障害がある方々が多くそういう人たちの多くはヤクザやそれに類する人間に対して何も言うことが出来ずに、そういう連中の食物連鎖の最下層の栄養分として組み込まれていることです。本人達は精神的にも支配されていることが多く、己が何をされているかということを理解できない、または理解出来ていてもどこに逃げていけば良いかはわからない、若しくは脅されて逃げ場を失ってしまっている等というパターンがあります。それが更に酷くなると「僕は帰らないといけない!」と言っていくら医師が説得しても、ソーシャルワーカーが説得しても警官が説得しても既に悪の巣窟と判明している暗い穴の中に戻っていく人が「驚くほど多い」のです。orz

上にも書きましたが、これは本当の福祉とは全く真逆の収奪・搾取の為の悪の経済行為であって、福祉とは全く何の関係もありません。「我々は人助けをしているだけ」などと嘯くクズ共を全員刑務所に打ち込んでやりたいくらいです。

書こうと思えばそういった施設が名古屋においては具体的にどこなのかズラズラと挙げる事が出来るのですが、事件としてあげられたときにここぞとばかりに体験談を書き加えようかなと考えてます。

全くトンデモナイ禿鷹共が福祉の名前で他の日々本物の福祉を薄給のもとでしている人達の名前まで汚し続けているのです。厚労省や警察はもっと内偵を強めてバシバシと屑共を検挙していって欲しいと思います。

これに関連した話は追加でそのうちまた書いていくつもりです。


2021年11月5日金曜日

次女の運転免許失効

やはり私の子供です。

常々、いろいろな公的文書などの日付や締切りに関してなるべく先延ばしにする癖のある私ですが、これは小学校の夏休みの宿題からの連綿と続く私の基本キャラでした。最近でこそ患者さんが関与する書類に関しては怠ける気持ちを叱咤激励してサクサクと処理を進める方向で仕事をするようにしていますが、その他の事はやはり嫁さんに脅されるまでなかなか手を付けません。要するに根っ子の所はダメ人間です。

さて、常々そういう私と子供達の行動比較というのが嫁さんから為されていたのですが、今回もまた一言頂きました。曰く「親子ね~」と。

そこに話が至った発端はアメリカにいる次女への私からのメッセージでした。今回のアメリカにおける選挙で、私が次女に「ピッツバーグ市長にはEd Gaineyが選ばれたけどあんあたは選挙に行ったんかい?」と聞いたのですが、その答えが「I couldn't register to vote bc my driver's license is expired.」と涙顔の絵文字とともに送り返されてきた事を嫁さんに話したからでした。

何とも・・・ということですが、結局、日本にいる一年ほどの間にライセンスの延長申請をしなかったために今回のような事になったわけなんですけど、日本であれば通常は失効しても国外にいる正当な事由などがあればかなりの長きにわたって講習などを受ければ再発行が為され、そう簡単には免許は失効しません。

ペンシルバニアの場合はどうなっているのかよくわかりませんが、娘は果たして調べてからもの言ってるんでしょうかね?おそらく駄目だった~で終わっているような気もしますが。

何れにしてもアメリカでの自動車運転免許証取得は猛烈に簡単かつ取得料も激安なので、失効したとしてもどうって言うことはないんですけどね。また、さっさと取りに行けばいいだけの話です。これが日本だったらやたらと面倒なことになりますし、基本的には自動車学校の為に献金するような制度になっていますからショックでしょうけど。幸いそこはアメリカ。

Having a driver's license is a privilege, NOT a right.という有名な言葉もありますが、その点をよく噛み締めて、再度ライセンスを取得していただきたいものです。w 


2021年11月4日木曜日

止まらない虐待死

想像を超えた世界のことを想像することがあります。

しかし、それはあくまでも超えることは出来ない世界。自分がニュースやネットで見聞きする幼児虐待とその結果としての死の報せは毎度毎度強い嫌悪感と怒りを私に呼び起こします。しかし、実際に報道されるような苛烈な、俄には信じられないような虐待を3つや5つの子供達が今もこの日本のどこかで受けているのかと思うと胸が詰まりそうです。

自分で生んだ子であろうと、他人の子であろうと私はどうにもこうにもならないくらいみんな「可愛いな~!」「頑張っとるな~!」という気持ちが盛り上がって愛おしさが溢れ出てくるんですが、そういう気持ちが少しも生まれてこない一定数の人間がこの世には存在するようです。

世の中では子供を愛せない人は親から虐待を受けてきたとか、辛い育成環境を生き抜いてきたとか言いますが、私はそれを言い訳にする事には強い抵抗を覚えます。理由は自分自身も実は若い頃の親父からはかなり厳しい体罰を受けてきたから。親父が仕事を終わって家に帰ってくるのが嫌で嫌で堪らなかったし、それを人に訴えることも出来なかった過去があるからです。

張り飛ばされる、蹴られる、壁に突き飛ばされるなどという事は私にとって日常でした。今だったら恐らく周囲の人が気づいたら警察に通報するだろうし、児童相談所が頻回に訪れることになっているような家庭でしょう。しかし、私自身はそういって育てられたからと言って自分の子も含めて世間の子供達も、一瞬たりとて愛情を感じない瞬間はありません。

それでも。それでも、皮膚が焼けただれるような熱湯をかけられたことはないし、寒空の下で何度も何度も震えながら夜を過ごしたことはありません。そういうlife threatningな状況で過ごしたり、neglectで全く飯を食べさして貰えずに骨と皮になって殺されるような状況も経験していません。

それは私の想像を超えた世界。しかもその地獄を経験させられているのはまさに本来はあふれるほどの愛情を受けるべき、そして我儘を言いながら親子で絆を築き上げていくべき幼子。生き地獄という言葉はまさにそういう状況に置かれた子供こそが経験しているものでしょう。愛情をかけてくれるはずの親が己を殺しに来る。あり得ないことが起きているのがその地獄です。

先に進むことのできない人手不足の児童相談所に代わって若年者対応に専従する警察とスムースな令状発行を可能にする司法によるレスキュー部隊と、震え上がるような苛烈な刑罰をペアにして素早いレスキューをしてほしいなと思います。

だからと言って問題は恐らくほぼ何も解決しないでしょうね。それでも、「より良い方向」と言う意味では先ずは絆創膏以上の働きはすると思えるのですが、どうにかなりませんかね。もっともっと議員などを使った種々の制度の改革を進めていかないと思います。

今度議員と話す機会あったら他のことは一切抜きにして言ってみようかな。


2021年11月3日水曜日

逆走オバハン

56の私から見てもオバハンと見えた感じの髪全体が白髪の女性。

私が週一回の在宅診療のバイトに出ていたときの事でした。運転手さんの隣の助手席には看護師さん、そして後部座席には私が乗って移動というのがいつものパターンです。その日は早く仕事が終わって病院の方へ戻っていました。

黄金の大きな交差点を右折使用したその瞬間・・・目の前におかしな動きをする真っ赤な現行型プリウスが出てきました。何だか運転席の白髪のオバサンがキョロキョロしながら助手席の若い女性と共におかしな方向へ進んでいきます。そのおかしな方向とは何と4車線ある我々が走行してきた反対車線ではないですか!

それを偶然後部座席から眺めていた私は思わず「おいおいおいおい!オバちゃん死ぬよ!」と低い声で呟いていました。

ゆっくりと反対車線に入っていく赤い車体。そして、やはり流石に気づいたのでしょうか、それとも助手席の若い子に指摘されたのでしょうか、その次の瞬間いきなり車は停まってその入ってしまった反対車線側でUターンをはじめました。orz
高速の下を走る対向8車線。緑の矢印は我々の右折。赤はオバちゃんの曲がるべき方向なのですが、細い赤線のように対向車線にヨタヨタと飛び出してきてそこで反対にターンして我々の来た方向へと最終的には入ってきていました。

すでに私は右折していたので、後ろを振り向きながらそのあり得ない光景をじっと見つめていたのですが、おそらくその反対車線側の車も驚愕の赤いプリウスに驚いて停まっていたか徐行したのでしょうか、激しい衝突音などもしないままそのオバサンの車はタコの足のような動きをしながら最終的に我々の後ろの方へやって来ました。

それを見て私が思った事は以下の一言。
「勘違いと認知機能障害の相手は避けられない・・・。」
避けられるとしたらそれは幸運。避けられなかったらそれは不運。

恐らく日本中でこんな事故にはならなかった大事故寸前のインシデントが発生しているのでしょう。そしてある時は自損事故、そしてある時は悲惨な大事故にも。車の安全装置の進化はまだまだ足りないと痛感しました。