2026年10月22日木曜日

立川談春 独演会 2026 秋

3か月ほど前、メールを読んでいた時に目に留まったある人物名「立川談春」。

もしかして!と思って期待を込めて詳細を見てみると10月22日になんと名古屋に来て独演会を開いてくれるというではないですか。^^

「俺がメールを見たばかりだからもしかしたらまだチケットが手に入るかもしれんぞ」という事でローチケ経由でチケットを探してみると、幸運な事にまだチケットは手に入る。素晴らしいぜと小躍りして、思わず録画したドラマを横で見ていた嫁さんに「お前も談春の独演会行かんか?」と尋ねました。

勿論、落語に詳しくない嫁さんは「談春って…」という感じの反応だったのですが、私が如何に談春が凄い噺家であって、あの談志が危機感を認めた素晴らしい噺の研究者であるかという事を懇々と説明したところ「行く!」と言って乗ってくれました。

直ぐにチケットの枚数を2枚として注文を入れると無事に入手する事が出来ました。
そして本番の日。3か月などという時間はあっという間に飛んで去り気付けば談春を生で観る、そしてその話を初めて聞ける、そして生れて初めて「生」の落語家の噺を目にする事が出来るという3つの初尽くしの喜びで震える日を迎える事が出来ました。

地下鉄に乗ってニテラのビレッジホールに到着すると「比較的」高齢な方々が既に沢山座っておられました。到着したのは公演開始50分ほど前の5:40頃でしたので、じっくりと「待つ」という期待感で楽しく過ごす事が出来ました。

6:30になって一瞬暗くなり、あの談春が舞台の袖左からスッと登場。心の中で俺が「お~~~~っ」と声をあげていました。

噺が始まると枕の部分から笑ってばかり。「これ話しちゃだめよ!」という話がいくつも出てくるのですが、映画:八犬伝における鶴屋南北の代役裏話や数十年前の中日の選手の試合前競艇観戦の話などがあったことを自分用のメモとして残しておきたいと思います。それにしても、三遊亭円杖師匠が名古屋は瑞穂区出身だとは知りませんでした。

噺の初めは「厩家事」、二話目は「五貫裁き(一文惜しみ)」でしたが、何れも優れて良く練られた名人の噺でした。自由自在と言ったほうが宜しいのでしょうか。これは何度でも聞きたくなるよなっていうのが正直な感想だったのですが、枕の噺だけでも十分に2時間以上「余裕で」楽しませていもらえるなと感じ入った次第でした。

何と総ての噺の終わりに全員で集合写真!そもそも写真や動画を撮っていけないはずのものでは無いかと思っていたら、男子は終演に皆と写真を撮る事を行事のようにしている事を後で知りました。

噺の中で出てきた大阪でやる還暦記念公演「玉響」のチケット。その場で取りました。(取れて良かった!鶴瓶とグレープまで来る。^^)これは秘密ですが、来春には再び名古屋にやって参りますぞ!秘密!w

2026年10月21日水曜日

ピロリの除菌

ひと月ほど前に胃部不快感が発生しました。

家に帰って夜にチャーハンを食べようとした瞬間に、突然気持ち悪くなって少量の内容物を戻してしまったのです。orz

普通こういう症状があると我々医者は「嫌な事」を想像してしまいます。例えば胃噴門部の狭窄、幽門部閉塞に伴う逆流、食道の狭窄による通過障害…。想像は幾らでも逞しく広がっていき、かつ良くない事ばかり想像してしまいます。

そこで、ここからは胃カメラの登場です。自分の病院にバイトに来ている胃カメラの上手な先生にまずはカメラによる検査をしてもらうと萎縮性胃炎になっているではないですか!そこで次はピロリの検査なんですが、ここに至るまでに既に私はタケキャブという薬を飲んだり、歯科治療の時に抗生剤を服用していましたので、今ピロリの呼気検査をしたところで偽陰性が出る可能性は高いという事で、抗生剤とタケキャブの中止で2週間待ちました。

その上で窒素ガスを用いた呼気検査を行ったのですが、とりあえず数値は陰性に近いものでした。しかし、こういうものは偽陰性であるパターンも否定できず。

という訳で、最終的に抗体検査を行いました。するとこれでは陽性に判定!

20年ほど前にアメリカから短期日だけ日本に帰国したときに先輩のクリニックで受けた検査で潰瘍と共にピロリ強陽性の判定を受けた訳ですが、その後に除菌して症状が消え去ったので、そのまま判定する時間もないままアメリカに帰国していたのでした。

そして今、ピロリはカムバック状態。という訳で本日よりボノサップ400というキットになった除菌システムを用いて今日から七日間の服薬継続によるピロリ除菌を行います。

何だかな…。面倒くさいですが、人間にとって細菌やウイルスとの戦いは永遠ですよ。

2026年10月20日火曜日

バージニアのダラー・ショップを思い出した

AmazonのPrime Videoを視ているときに、アメリカのダラー・ショップが久々に映り込んでいました。

映っているものがいろいろありましたが、久々に視てもやっぱりその画像に出てきた売り物の数々は自分がバージニアにいた頃の品揃えとほぼ変わっていなくて、基本的にゴミだな~と思わずにやけてしまいました。^^

日本の100円ショップに並べられているその品々の品質と品揃えを思い出すにやはり変わらず日本の大勝だなと考えてしまいます。アメリカのダラー・ショップであるDollar TreeやDollar Generalで自分が物を買うとすればもう本当に使い捨てのパーティ・グッズしかありませんでしたね。

それ以外でダラー・ショップに行くことは先ずない感じでしたが、日本だといつでも痒い所に手が届く品揃え、かつ品質も厳格にコントロールされている物ばかりが揃っています。と云うよりも「よくこんなものをこんな値段で揃えられるな!」というのが正直なところ、セリアやダイソー、そして値段なりに当然の品揃えの3コインズ等のどの棚を思い出しても人の視線を惹きつけるもの、思い出しては買い足す必要のあるものなどを本当に効率よく「欲しくなるように」並べています。

どうしてこれ程の差が出るのかというのは語るまでもないのでしょうが、それは同じ名前のSeven-Elevenでも同じ、アメリカの同一店舗の品揃えのいい加減さと店員の駄目っぷりは驚くほどですが、アメリカの平均的な小売店の店員の質を考えると、まあ私的には「納得」ですけどね。

なんかの記事でダイソーはアメリカなんかにとどまらず、世界中に店を拡大しているようですが、それらの店では値段が大幅に違う(高くなる)ようです。日本の中に居る限り少なくともかなり高品質なものをあれこれと安く買える100円ショップの存在は我々にはありがたいですね。

それにしてもアメリカのダラー・ショップ…進歩がねえな~。w

2026年10月19日月曜日

サプリメントとかやめとけ

最新の疫学的研究を読んでいると、生理的事実と加療による目標達成には大きなギャップがあることが良くわかります。

最近一番気になったのはやはり弱まっていく骨の組成を回復する為にビタミンDやカルシウム製剤を骨折予防の目的で使用する事にはほぼ意味が無いという事が明確になってきたというトピックでしょうか。

日本においては未だに骨粗粗鬆症の治療薬として漫然とビタミンやエルデ・カルシドール等を投与している人がいますけど、本当に必要なのはそれらの投与前に「まず強力な骨吸収抑制薬や骨形成促進薬を使う」という手順が重要視されてきています。

その一つであるビス・ホスホネートには時に恐ろしい副作用があり、きちんとしたモニタリングを行う事が大変重要ですし、年に一度の骨密度測定で骨密度の推移を追跡することの大切さも今さら敢えて言うまでもありません。(最近保険審査で骨密度の測定は年一回しか認められなくなったため、以前のように年二、三回とかいう事は出来なくなりました。)

今でもテレビのチャンネルによっては年寄りから金を巻き上げるためのサプリの宣伝が「毎日のように」流れていますよね。

曰く「このカルシウム・サプリ、今なら二個でなんと4,000円!更に、今回だけの特別企画でもう一本お付けします。これから30分間受付の人数を増やして対応いたします!ただし、商品がなくなり次第サービスは終了とさせていただきます。」なんて言う嘘をたっぷり含んだしょうもないCMがダラダラと流されて、爺さん婆さんの財布から金を抜き取っていっている訳です。

同じ事はコラーゲンなどでも一緒。コラーゲンが膝関節に分解されずに届く訳もなく…。一度必ず消化器で分解されてたんぱく質やアミノ酸として再度何かに合成されるだけの話。一体全体こんな医学的にインチキとしか思えない事にどうしたら厚生労働省は詐欺事件として鉄槌を下せないのか。

アメリカでも大問題になりましたけど、医療用に作られていない市販のサプリメントに含まれたPCB等の高濃度不純物の話は今では歴史の一ページに…と言いたいところですけど、絶対今も変わってないと思います。

騙すほうも悪い、騙されるほうも悪い。しかし我々は情報に接することでこういったインチキを是正していって「データと理論に裏打ちされた正しい常識」を普及させる必要があると強く思うのでした。

2026年10月18日日曜日

人生初尽くし

今日は鵜沼に行って人生初の米の収穫を行いました。

そもそも、今日は嫁さんが仕事なので息子は私がみる事になっていて、朝もはよから起き出して息子と二人でうきうきと鵜沼へ向かいました。(息子がうきうきしていたかは不明ですが、オヤジは少なくともうきうき。w)

鵜沼に着いたのは10時頃でしたが、既に相棒は田んぼで収穫を始めており、紐で結われた稲の束が乾いた田んぼで大量に並べられていました。(下の写真みたいな感じ)
これを拾っては集め、拾っては集めを繰り返し画面の真ん中にあるような鉄の掛け棒に渡していくんですね。束ねられた稲穂の付いた稲わらを二つに割って次々掛けていく。それを繰り返して繰り返していくと下のようなものが仕上がります!
今の時代、こんな天日干しをして手間暇かけるような事はもうほぼしないんだそうです。
これが実は見えない所にももう一列あって、それで一反分くらいの田んぼの稲を全部干すことが出来る訳です。その作業は実に地道で、相棒のファミリーが総出で出てきて大人7人程度で次々に仕事をこなしていく訳です。(息子はおまけ程度の手伝いで、基本的にあぜ道でお菓子を食べて俺がヒーヒーしてるのを楽しそうに眺めていました。w)ただし、見ている息子も含めて皆が脱水だけは起こさない様に、持って行ったどでかいボトルや途中で買い足したペットボトルをがぶ飲みして仕事を続けていました。

やる事と言えば腰を曲げて地面から稲穂の束を拾い上げては柱に掛ける事を繰り返すのが仕事。最後は腰が悲鳴を上げていましたね。orz 最後のほうでは稲わらの運搬機の履帯が切れてしまいましたが、残り僅かの分は人力で仕上げて取り敢えず最後には楽しく打ち上げ。お互いに気持ち良くお礼を言い合って笑顔で労をねぎらいあいました。そのあと私は息子の手を引っ張って車に乗って帰宅しました。息子も米粒1キロ分くらいは仕事をしたかな?^^

最後は仕事を終えた息子を連れて4時ぐらいには家に帰りつき藤一番でラーメンを食べました。

それにしても、この作業を終えて思ったことはただ一つ。「何事も経験しない事は本当に理解できたとはとても言えない」という事でしょうか。ありきたりの言葉ですけど、失敗も含めて経験していない事を語るのはAIの語る「さも見てきたような話」でしかないなという事でしょうね。

実体験。失敗しようと成功しようと大切なキーワードだと思います。チャレンジしない事には失敗「さえ」出来ないのですから。

2026年10月17日土曜日

昔の雑誌の内容に改めて驚き

次女が上前津の海星堂という所から雑誌を買って帰ってきました。

最初は珍しく多弁になっていた次女が一体嫁さんと何を話しているんだろうと聞いてみると、大昔の漫画や雑誌を三冊買ってきていたのでした。

その三冊は何だったかというと①週刊少年マガジン1970/1/1日号②週刊平凡パンチ#599(
S51/3/1号)③別冊SFタイムズ(3)たがみよしひさマガジンでした。

マガジンに収載されているのは力石とリング上で戦うジョーのシーン。他にはさいとうたかをの無用の介とか。しかし、そういうのは全く別として何と言っても白眉は一番最後のページのアサヒ靴(現在はアサヒ・シューズ)の広告。出てくるキャラが時代を反映しています。
そしてひとつ前のおもちゃのはなやま(何と今もしっかり存在しています!)が作っていた家庭盤というボードゲームの宣伝。更に世界の切手を申し込むための案内など、今ではあり得ないものが目白押し。また、他のページにはあの「コーリン鉛筆」の宣伝がありました。

最近コーリン鉛筆の事聞かないなと思ったら、なんと1回1997年に倒産していて、タイで復活していました。復活何より!

更に平凡パンチなどの中身に関してはもう今の基準では「全くダメでしょ」という感じの中身が目白押し。w 
表紙キャラは水沢アキ。中身はMG5の宣伝に草刈正雄。本の宣伝はビートルズの百科本など。桜井真一郎のスカG設計者としての話が出ています。(ケンメリ・スカイラインC110の写真アリ)

三冊目は見た事のある、記憶にある画風の方でしたが、詳しくは判りません。

当時の事を当然ことながら全く知らない次女によるランダムな選択でこのような面白いものが掘り出せたので、今度は自分の手で特定の目標に絞って買いに行ってみたいなと思いました。ここって買取もしてくれるんでしょうかね?嫁さんが週刊セブンティーン一年分くらい持ってるんですけど…。^^

2026年10月16日金曜日

古着の購入

最近、新しく購入する服はTシャツばかりとなりました。

理由はシンプルで、上のジャケットも下のジーンズとかパンツも街の古着屋で手に入れるようになったから。このあたりの話は以前にもちょろっと書いたんですけど、最近はチャンスがあったら先ずは手に取ってみて眺める事が普通になってきました。

一番の理由はシンプルに「値段」ですね。昔、家庭教師先の生徒のお母さんに伺った事がありました。彼女のお仕事は衣服の仕入れと販売だったんですが、洋服の値付けの話を聞いたところ基本は5掛けとの事でした。要するに仕入れ値がX円だとすると売値は5Xだとのこと。

もしそうだとすれば、普通の感覚を持った人間にとって何かを「安く」かつ「リーズナブル」に手に入れる事が出来るのであればそれが古着だろうが新品だろうが洗濯さえできれば構わない訳です。

仮に新品だとしても、一回着れば形式上は古着。そもそも古着だろうと「未使用」のものもたくさん売っているし、古着で使われたものでも使用感自体が全くない程に丁寧に使われたものもたくさん出回っていますから、私にとっては宝の山です。

もともと2万円とかしていたジャケットが4,000円になっていたり、時によっては800円だったり。1万円だったウインドブレーカーが1,000円になっていたりとかするなんてことはごく普通。3万円のデザイナーズ・ジーンズが5,000円とかになるのであれば何故そういうものから選ばない?という事になります。w

ただ、問題はサイズですよね。こればっかりはどうしようもない。「いい服だな~」と思っても、サイズが無いので終わりなんて言うのは古着選びでは日常ですわね。だからこその古着ですが…。

今後も新しい季節が始まる前の古着屋訪問は続くと思うんですが、まさかこの俺が古着屋探訪とかね。w 娘達の考え方にすっかり影響を受けてしまった親父の話でした。

2026年10月15日木曜日

中国人の看護師さんの日本語の能力

私の働く病院では正看護師として働いている中国人の看護師さんが何人もいます。

平均すると各病棟に1人は居る感じと言って良いと思います。他の国の看護師さんは居るかと言われれば、ヘルパーさんには比較的多くのアジアの各国の人が居ても、看護師さんには居りません。彼や彼女達はベトナム、インドネシア、フィリピン、ミャンマーの人達が殆どですね。

では何故この中で日本で看護師をしている人達が殆ど中国人なのかと考えるとそれは偏に高等教育システムと考え方の違い、母数となる人間の数の差だと思います。

私は本当に最近迄全く知らなかったんですが、日本で正看護師になるためにはN1というレベルの日本語能力試験をパスしないといけないという話でした。たまたまXの記事の中に韓国人でN3とN2というその下二つの検定資格を取得したという韓国軍人の写真が出ていたのですが、その人を褒め称える文章を読んでいるとN2でも十分に難しいという事が書いてあります。

そこで、ネットで実際にN1のお試し問題という形で試験を受けてみました。

実際に問題を解いてみると確かにこれは日本語を殆ど自然に操る人と思っていいレベルの問題でしたね。しっかり高校受験対策をしている中学生が問題を解く感じのレベルと言ったらよいでしょうか。これ位の問題をスラスラ解けるようだったら、確かに日本に来て更に日常会話や方言、時代にあった言い回し等を吸収続けていけば病院でも働けるかもと思いました。

しかし、言葉というのはある一定水準に達した後に次のレベルに進むためには間違いなく「研鑽」が必要。

では私の病院で働いているその中国人看護師さん達はどうかというと、病院にやってきた当初からびっくりするくらい普通に日本語を理解できるし記述も出来たのですが、2年以上経過した今、彼女達の日本語能力が「上達」したのかと言われるとその答えには極めて大きな疑問符が付くというのが正直なところでしょうか。

確かに素晴らしく上手!しかし進歩は見られない。特に会話能力。これって多くの外国語話者に比較的共通する特徴じゃないかなと思うんですよね。無論、人によっては読解力が、会話能力が、筆記能力が伸びない等とそれぞれ違うのでしょうが。勿論、私もこれらの例外ではありません。

アメリカに居た時にガンガン喋って読み書きも大量にしていた頃に比べると明らかに能力が萎んだという実感があります。言葉や能力は常に磨き続けることが大事だという事実に、まさに他人を実例としてみる事で改めて気づく自分でした。

特に私のように還暦すぎた人間は今後に発生する種々の生理的能力の低下の事を考えればもっと真剣に勉強しないとね!w

2026年10月14日水曜日

ぶっ飛びセキュリティ・パッチw

これなんじゃ?と思いました。

今回Windows11の10月のセキュリティ・パッチのリポートが画面に出てきたんですが、その脆弱性の補正件数が約1,400件。確か何時もは多くても20件とか30件とかの細々したパッチが頻回に出てくるイメージがあったし、緊急のものだと強引に表示されるイメージがありますが、それでもこんなに凄い一か月分のパッチの数は自分が覚えている限り「無い」です。(そもそも私の記憶容量自体がニワトリ並みですが…。)

そこで、検索をかけたりAIに訊いてみたりしたところ、この異様とも思える修正件数はAIを利用した脆弱性探索が大きな要因である可能性が高いと言って良いと思われ、AIによって発見速度が劇的に上がった結果と理解するのが正確との事でした。

この月例セキュリティ更新は過去最大規模で、2025年1年分の修正件数すら上回るというから凄いじゃないですか。 確実に MicrosoftがAIを活用した脆弱性発見を進めているという事でしょうね。

ソースによれば、今回修正された脆弱性群で既に悪用されていたゼロデイはごく少数との事で、修正件数の爆発は「攻撃が激増したから」ではなく、「潜在的な欠陥を掘り起こす能力が向上したから」とのことですが、逆に言うと攻撃側もAIを使ってエクスプロイトし続けている訳ですよね。orz

結局、ハッカー集団もAIに乗っかって解析ガンガンしてるだろうし、北朝鮮を始めとした仮想敵国の皆さんもいろいろな方法でアタックしてくるだけでなく、AI自体を作って(恐らく蒸留で!w)攻めてくる隣の大きな赤い国もありますしね。

今後は、鉾も楯も同時に性能を上げて攻撃しあう訳ですから一瞬たりとも油断したほうが押し込まれることになりますよね。こんな時の日本って全体に全然ダメな気がするんですけど、どんなもんでしょうかね。何か悲惨な情報流出やシステム乗っ取りが起きそうな気がするんです。原子力発電所の制御棒のハッキングなんて起きませんよね?ね?ね?

これからも、既に大昔から存在していたセキュリティーホールの発見(可視化)は続くでしょうし、その度に大量のアップデートが被されてくるんでしょうかね?それでも最後はかなり掘りつくしてそれも落ち着いてくるという気がしますけど。

しかし思うんですけど、こうやって新しいツールが導入されて攻撃側の視点と防御側の視点が「同じ」もしくは「異なる」AI同士で攻撃しあうとどこまで人間が理解できるんでしょうか。人間に全部理解できる???
上のYouTubeで見てると良くわかるんですけど、もう人間では追いつかない速度で脆弱性の解析と対策は進んでいくんでしょうか。何だか超えてはいけないところまでAIというツールを賢くさせてしまっているような気がします…。

2026年10月13日火曜日

熊出現ちょっとヤバいかも

今年は私がよく狙っていくキャンプ地で多くのクマ目撃情報が出ています。

このあたりの熊は当然の如くツキノワグマでして、基本情報によると体長は1.1~1.4mなんだそうです。ただ、強烈な爪と顎を持っていますから人間が相対しても真剣勝負して勝てる相手ではありません。勿論、銃器以外の武器で戦ってでもっていう意味ですけど。恐らく普通の人間がナイフなどで向き合って戦ったところで、最初の一撃でゴッソリと体の一部が削り取られるか、噛みつかれて喉笛嚙み切られて試合終了となる事でしょう。

マップで調べてみると以下のような感じ。
基本的には瀬戸よりも東、豊田や新城よりも北側に出現すると思って良い様です。という事は…「俺のキャンプエリアとバチ被り」という事です。w
今年のクマの餌となるドングリの生育状況に関する情報も出されていてそれは以下のようになっているんですけど、平年並みにできている筈なのに凶作であった昨年、一昨年よりもずっと多い目撃数の様です。
どうしてそうなるのかは私のような生態系の非専門家には理解できないのですが、実際にはエリア毎のクマの食べ物の細かな差もあるとの事ですし、みんなが例年以上にクマによる被害というものに関して神経質になっている事が報告数の増加という形になているのかもしれません。あくまで根拠も何もない推測ですが。

クマの目撃数が激減する12月から1月頃迄はこのエリアでは一人でキャンプするのは止めないといけないのかな~って少し思ってしまいました。

2026年10月12日月曜日

レア・コレクション

実は関に関連したお話がもう一つあります。

先日、私の畑仕事の相棒が関の刃物関連の会社にも出入りしている事をチラリと書きました。ところが実際にそこの出入りしている会社の剛毅な大将は、私の為に相棒経由であるナイフを「何と」プレゼントしてくれたのです。

最初は「自分の好きなタイプのナイフを選んでその写真を送ってくれれば、それにあったタイプのものを見繕って造ってあげる」との話だったのですが、私がそのナイフの写真を選び出して相棒に送信して「これなんかどうでしょう?」という感じでお伺いを立てていたのですが、今回大将の手から出てきたのはもっと凄いものでした。

相棒が当直中の私の病院まで寄ってくれて手渡してくれたのは、関の刃物博物館で見かけて「たまたま」写真に収めた凄いナイフと同じ系統のものでした。
病院の駐車場で手渡された時には「うわ~、スゲーナイフが出てきちゃってるよ!」と思って調べてみたところSOG Bowieというものでした。ただし、調べ始めた当初は上にある写真のナイフと自分が手渡されたナイフが同一系統のものだとは全く気付かずに「こんなナイフをキャンプに持っていける訳がない。w」という感じでなんという妖しい魅力を持ったコンバット系のナイフだなと思っていたんですが、上の写真を撮っていたことを思いだして、画像を突き合せたら間違いなくこれでした。しかも、純粋な関バージョンで、黒い焼き入れ?無しのもの。
上にこのナイフの由来が書き込んでありますが、やはりかなりの物語を持っているようです。しかし、私のは恐らく2008年までで製作が止められたその派生バージョン、もしくは製造前の刀匠による試作物なのではないかと思われます。
容れ物がまた特別なのですが、これはちょっとある理由で写真は出さないでおこうと思います。これ以外にも大将は別のコレクションを持たれているのですが、関というエリアの職人さん達は本当に密なネットワークで繋がっていて、いろいろと見えないところで助け合ったりするように出来て居るようです。

そりゃそうですよね!関のような歴史ある職人町ではきっと何代も何代も前から複雑な地縁と職業上の縁で複雑に絡み合っていると考えるのが私にとっては普通に思えます。今度機会があったら大将のところに挨拶に伺っていろいろとお話を伺いたいと思っているナイフ初心者の私でした。

2026年10月11日日曜日

関の刃物まつりへ

嫁さんと行ってまいりました!

関には既に数回行っているんですが、こういうフェアのような事に当たったのは初めてです。ちょっと前にたまたま相棒から「今週末にお祭りあるから行くと良いよ」と言われていたので、ガチの予定として今週末の行き先にしておりました。

この週末は珍しく嫁さんが仕事入っていなかったので、ゆっくりと息子を連れて三人で関へ向かいました。私が昨日テント泊をしていたので、帰ってきた時間に合わせてちょっとだけ休憩して関へ向かいました。

関に到着すること自体は一時間もかからなかったのですが、案の定駐車場はどこも満杯だったので、バスでシャトル便が出ている関市役所から出発しました。
出発する前にも市役所のステージでは楽しそうなステージが開かれていたのですが、こういった出し物が一緒に観られるのもなかなかいいもんですね。

さて、ここからまたバスに乗った後到着したのは食べ物や刃物など、いろいろな店が出店を出してくれていました。
人通りは大変なものでした
長い長い出店の列も見終えた後に関の刃物会館の方へ移動しました。ここも大変な数の人達が居たのですが、意外と早く店仕舞いをするところが多くて、そこは残念なところでした。
実は上の写真の場所は大小の企業や個人がそれぞれの刃物や入れ物を持ち寄って商売をしていた場所なんですが、行った時はちょうど片付けが始まった時間帯で、超残念な気持ちで満タンになってしまいました。面白そうな刃物製作所や個人の出店もあったのに⋯。orz

今後はもう少し長めに、少なくとも5時くらいまでは店を撤収することなく展示に励んでいただけると嬉しいなと「個人的には」思いました。

帰りは家族で近所のアピタに移動して息子の好きなマクドナルドを食べました。

  

2026年10月10日土曜日

中国人の作る中華料理

日本人が寿司を握り蕎麦を打ち、フランス人がフランス料理を作るように、中国人が中華料理を作るのは自然に思えますよね。

しかし、料理が国際化する時代である今では日本人が作るフランス料理がフランスで大きな賞を獲ったり、美味しい「日本化された」中華で中国人を驚かせたりしています。しかし、その逆も然りで、寿司や和食でも外国人達が工夫を重ねたりコピーでアレンジしているうちに本家とは似ても似つかぬ「別の何か」に変わってしまって、名前が一緒で中身は違う何かに置き換わるのがごく普通になってしまっています。

ある国の人が作るある有名な料理が外国人の手によってモディファイされると、口やかましい人達は「これはXX等では無い!」等と、嗤いくさす事もあります。しかし、拒絶することは簡単ですが、実はそこにアレンジとして新たな世界が展開するネタ(ベース)にもなっている訳です。実際にそこから生き残って美味しい、新しい料理となる生き残りは幾らでもある訳ですから。

そもそも、アレンジが拡がらないような料理などは豊饒な大地を育む素地にさえならない訳ですけどね。^^

まあそれはそれとして、私と嫁さんは昨日連れだって先日鵜沼で食べた中華のお店「喜祥」に向かいました。ここは以前別の場所で店を開いていたらしいのですが、店の人気が凄いのに駐車場が少なすぎて何時も大変な事になっていたとの事で新しく引っ越してきたんだそうです。

という訳で私にとっては二度目、嫁さんにとっては初めてのお店訪問でした。お昼は11:00からだったのですが、我々は30分前までには到着して1番乗りでした。外の駐車場で待っていて、時間が来たら即店内のカウンターへ入って注文。私は豚骨の刀削麺と回鍋飯を嫁さんはトマト刀削麺とチャーハンを食べる事になりました。

前回は相棒と初めて食べたこの店の刀削麺でしたが、今回は夫婦で早速やって来て二人で食べてみたのでした。嫁さんからの判定結果は「大好評」でした。これから何度もお世話になる事必定ですね。

やはり、中国人が作る中華料理は長崎に居た頃から「特別な味」でしたが、今回食べた中華はやはり今迄見た事の無い料理で、その味は私の舌には新しい世界でした。これからも行く度に新しい皿を注文して、自分の舌を喜ばせたいと思いました。

これで今時たったの990円!値付けがおかしいです。

2026年10月9日金曜日

ノーベル平和賞

今年も次々とノーベル賞の各賞が発表されています。

今日は平和賞でした。受賞者はピレイという南アフリカ出身の元国連人権高等弁務官だった人。ICC裁判官も務めた人物の様です。しかしながら、この直後に「あの」ボンクラ爺さんとその取り巻き連中がやったことはこれまた黒歴史にしっかり記録となるような事でして、こいつら以外ならやらんやろうなというような出来事。w

それはICCの解体でした。国際司法裁判所に関連する組織に対する資金源を断つ為にドル決済を停止するとか、この組織から脱退するように各国に促すとか言っているようですが、恐らく追随する国はほとんど発生しないでしょう。ICCの正当性がどれほどのものかは寡聞にして知りませんが、それでもこの機関がアメリカよりも戦争に加担する機関とはとても思えませんが。

昨年末にかけてブルキナファソ、マリ、ニジェール、ハンガリーなどがあったようですが、これらの国々はその当時は少なくともヤバい実態のある政権が主体だった訳で、ハンガリーなども一種の西側かと思いきや当時のインチキ・ポピュリストである独裁者オルバンによる決定ですから恐らく早晩ICCに戻ってくることでしょう。

そもそも条約を批准していないロシア、中国、アメリカなどという国家はICCの事をガタガタいう資格もない訳ですが、自国の戦争犯罪を国際機関から断罪されている戦争の主体となる国々の元首がこの機関に賛同するわけも参加するわけもありません。w

そしてこの受賞の直後にICC制裁を発表したのですから、アメリカのタイミングの悪さと言ったらありませんよね。要するに「制裁」をもっとも目立たせるためのタイミングですから脅す側にとっては「やったった」というアピールだったんでしょうが…。

さて、その後にもう一個の追加ニュースがありました。それはトランプが「本当は俺こそが8個の賞を貰うべきだった」という発言をしたという話。まあ、普通の人間の発言であれば(これが本当であれば)、狂人の戯言で済むわけなんですが、なんせ発言の主は「あの」頭が病気の人ですから、聞いた我々としても「ああ、またですか。ハイハイ」となる訳です。

ルーピー鳩山もオバマ大統領からは全く相手にされていませんでしたが、今度はこのオジサンが世界から相手にされていませんね。

アメリカの中間選挙がますます楽しみになってきました!オジサンは取り敢えず中間選挙まではイランを攻撃しない等と言っているらしいですが、その直後にアタックするという認識でO.K.ですかな?


2026年10月8日木曜日

「考える」とはどういうことなのか

AIが今の時代のように数週間単位で長足の進歩をしていく様子を見ていると「知能」とか「考える」という言葉が持つ本質的な意味を考えざるを得ません。

AIが「質問に対する答えを出してくる」という出力は一体全体「知能が生み出した思考の結果なのか?」それとも、ストックされたデータから抽出したエッセンスを言語の統計的処理の結果として並べただけのものなのか、議論になるところです。

ここで思い出したのは天才チューリングのオラクル・マシンの話。オラクルというのは神の御宣託みたいなものなんですが、チューリングの考えたオラクル・マシンというものは計算不能問題を即答する数学的ブラック・ボックスであり、それは完全正確で、計算可能性の理論を拡張するための概念として存在しています。一方で人工知能は統計的推論を行う不確実な機械であって、当然後藤もすれば計算の限界を超えるわけでもないマシンなんですね。

第二次世界大戦の時代のど真ん中で発表されたチューリングの論文は恐ろしい程に現代のLLMの姿を描き出していて、時代をはるかに超えたチューリングの天才的想像力の一端を嫌でも見せつけらる恐るべきマスターピースです。

無論、現代の哲学的議論の中ではチューリングが主張するところの「知能」に対する議論ではチューリング・テストで言われるところの知能=人間らしい振る舞いを見せ、その内部構造は問わない(=行動主義)であり、中国語の部屋という論理学的問題提起で主張されるチューリング・テストに対する矛盾の指摘では、そもそも記号操作だけでは意味理解は生まれない上に、内部の意味理解こそ知能の本質であるという(=内部主義)という反論が提示されていますが、チューリングはこの中国語の部屋という静的なルール・ブックの構成する世界はチューリングの想定するテストで討論されている知能の定義には当てはまらないと再度否定しています。

AIが発達してきたからこそより深まる哲学的議論としての「意味の理解」とは何なのかという人智の最も深く重要な部分へのアプローチが進んでいくのではないかと思います。

AIがオラクル・マシンへと進化するような事は「無い」と思いたい私ですが、果たしてこれからの10年後がこの世界に人類の進歩した正常な世界として出現する余裕があるのか、それとも滅亡へのカウントダウンが始まってしまうのか、本当にどうなってしまうんでしょうね。

私にはわかりません。

2026年10月7日水曜日

個人情報被害

ここ数週間、個人情報に関連したハッキングのニュースがネットを賑わしている感じです。特に大手有名サイトや業界のサーバが大量の情報を抜き取られたという話。

我々がいくらパスワードをきちんと設定しても、それ自体が保存されているサーバがアタックされて情報を抜き取られてしまえばPW自体が暗号化されていても個人情報にあたる部分は幾らでも有効活用できる訳ですよね。おまけに、このような抜き取られた情報はあちこちの「闇」で売られていますから、同じメルアドを重ね合わせて本人特定後にその個人情報を再構成したり、PWの使いまわしの可能性を推測して他のサイトにそのPWを使ってみれば「かなりの人」でウェブ(銀行やSNS)に突入できるという「当たり」が出ちゃうんじゃないでしょうか。

ともかく我々の個人情報は、今の時代あちらこちらで抜き取られて売り買いされていると考えるのが普通と思うほうが「普通」だと腹を括っておくのが正解でしょう。その上での日常生活ありきという時代。丸裸にしたうえで丸裸にしていることを黙って闇で蠢く人々の存在があると考えるのは当然と考えます。

些末な情報でもパズルのピースを寄せ集めれば全体像をかなり正確に再構成するというようなもんだと思います。クレジット・カードに付帯する購入履歴からその人の経済情報を抜き取るだけでなく、嗜好、生活像、移動履歴、収入の推定、乗っている車のガソリンの種類や平均的移動距離、その先の利用銀行情報、使っているウェブ・サービス等々…シロートの私がちょっと考えただけでも、クレジット・カードの情報だけで個人のかなりの部分を丸裸にすることが出来る恐ろしい情報の塊です。

そういう意味ではレシートの写真を撮ってその情報を僅かなポイントと個人情報を交換してる人達というのは凄いもんだと思います。w

しかし、Google Mapを使ったりポケモンGoをやっている私なども、これらの人達を嗤う事は「全く」出来ません。まあ、我々は個人を狙いうちしようとする人間達にとってみれば、恐らくは丸裸に近いのでしょうね。

そして、その丸裸具合はネット利用が日常になればなるほどより「素っ裸状況」は酷くなるんでしょうね。これから先、一体全体我々の世界はどうなっていくんでしょうか?AIの台頭とともに近未来の予想はカオスのようにしか見えないんですけどね、私には。

知恵と悪知恵のぶつかり合い。最終的にどちらがどのような勝利を得るんでしょうかね。それともずっと手を変え品を変え戦いは続くのでしょうか。

2026年10月6日火曜日

Monster Patient

まさに令和版の怪物患者を診てしまいました。

この人、私が別のドクターから引き継いだ患者さんなんですが、今まで診ていたドクターと看護師さんの対応の間違いの積み重ねが生んだモンスターだと強く思いました。悪く言えば精神的に未熟なクレーマー体質。簡単に言うと中二病ともいうべき還暦過ぎのおばさんです。

生活保護の方なんですが、前医から引き継いで最初に行った日から強い違和感があったのです。まず看護師さんからその人物の部屋に入る前に「山のような数の禁忌事項」というのが伝達されておりました。曰くブザーは鳴らさずごく小さな音でトントンと叩いて。曰くドアを開けるときには音をさせないようにゆっくり開け、閉める時も絶対に音を出さないで…。

正直「?」という感じで、めんどくせーな~としか思っていなかったんですが、診察を始めるために家に入ってその違和感は確信へと変わりました。

部屋中がハイターで拭いてあって「ぷ~ん」とハイター臭いんですが、その上に総てのドアの取っ手という取っ手にはサランラップが巻いてあるんです。見た瞬間「あ、不潔恐怖症とOCDが重なっとるんかな」というのが私の感想。診察を始めても、身体所見をとる為に近づくだけで瞼がプルプル震えています。もうね、この御仁ヤバいな…と思ったんですが、そこは表情を変えず優しい言葉で対応します。相手が子供じみていてもこちらはプロですからね。ネガティブな感情なんか見せる必要もありません。w

ところが、その後がまたとんでもない感じで看護師さんに文字通り目を吊り上げておかしな理屈で噛みついたり、大声で「もう薬は飲まな~い」とか、自分の指示で薬を処方させようとするのを見て内心「あ、これはもう終了案件やな」と確信。

一体どうしたらこんな怪物が育つまで前のお医者さん達は放っておいたんだろう?と思ったんですが、精神科の先生なんかはこの手の人間には結構きつくあたり、毅然とした態度でバシッと言い捨てて終診とする人が多いというのを日常見ているんですが、そういう対応に内科の医師たちは慣れていなかったんだろうと推測しました。

正直なところ、この患者さんいろいろと薬の処方はセンシティブな組み立てをしていかないといけない人なんですが、患者が医学の知識もないのに気分で薬を飲まないとか、変えないとか、自分で処方を支持するとかいうのは「患者と医師の間での信頼関係が築けない」という理由で診療を終了させることになります。

まあ、もっと正直に言うとこういう患者さんを放置しておくと「万一の事が起きた時」に責任をとれませんので!患者さんは勿論、関与して処方を納得して受け容れて貰えなかった医者にとっても危険なのです。

実際、この手の患者さん達は数千人も患者さんのマスがいあれば数人は必ず居るものでして、それはある程度不可避なものだと思います。実際、もっと危ない鎮痛剤中毒の人もいましたしね。世の中まともな人ばかりでは構成されておりません。そしてそれがこの世の中というものなんですけどね。

これで病院にとっての頭痛のネタが減ったことになります。大量の「普通の対応が可能な」患者さん達を淡々と加療していかなければいけない中で、こういう御仁たちはあちこちの診療機関から次々と診療を断られ行き場を失っていく事になる訳ですが、それこそ文字通りの因果応報・自業自得。

可哀そうという気持ち自体がそもそも起きてこない可哀そうな方のお話でした。

2026年10月5日月曜日

覚王山日タイ文化フェスティバル

日曜日の少し曇りがちな天気の中、日泰寺で行われていた毎年恒例の文化フェスティバルに行ってきました。

お目当ては食べ物とTシャツ。^^

もう何度もこのお祭りには来ていますので、どんな事が行われているのかはよく知っています。縁日のほうはいつも参道に出店が来るのですが、このフェスティバルは基本的にお寺の境内で行われますので、参道をずっと歩いてお寺に近づくとまず山門に到着。

ほぼ例年と変わらない配置で賑やかそうな様子が入る前から伝わってきました。小さな子供達のはしゃぎ声や着飾った女性達のそろいの法被を着た様子などを見ると既に多くの行事が行われているようでした。それでも、我々の目標は基本的にそれらの演じものでは無くてタイ料理とTシャツ。

さっさとシャツを売っているお店に近づいて派手なタイ製のシャツを一枚ゲットした後、パッタイその他の料理の行列に(主に嫁さんが)並んで数種類のタイ料理をゲットしました。とは言え、私は息子にほとんど食べさせて嫁さんと私はちょろっと食べただけ。それでも、息子の幸せそうな顔を見ているのは大満足でした。

その後は即座に一旦家にかえってアピタに行って久しぶりにマクドナルドでハンバーガーを食べた我々でした。

嫁さんとしては一日中食事の準備が手抜き出来て別の意味で大満足ではなかったでしょうか?w

2026年10月4日日曜日

関の刃物

畑仕事の相棒はメカ関連の仕事をしています。

いろいろな作業用の器具をいろいろな業者に納入しているため、様々な業界に「顔が広い」という人物。もともとは大型車両の整備をしていたとの事ですが、今ではそういう縛りも無くなりプレス・マシンやその他の種々のマシンを取り扱っているという事です。

さて、その彼は今もよく刃物の町関市に行ってはそこで刃物造りの中心人物となっている方にあらゆる伝を頼って各種マシンなどを入れているうちに親しくなったようです。

私は気づかなかったんですが、この方のインスタグラムを見ていたら、なんと以前行った刃物博物館で刃物を時々削っている人物であることが判りました。あの時あそこで仕事をしていた人なのかもしれないと思うとちょっとワクワクしているんですけど、実はこの方の作った刃物を直に相棒経由で注文して貰えるかもしれないという話になりました。

この方の作成している刃物は実は超一流のレストランのシェフから一生モノと言ってもらえるレベルの作品。そんな方に間接的であってももしかしたら素晴らしいナイフ・包丁を作っていただけるかと思うと胸が熱くなります。

刃物を鉄の板から研いでいく様子を見ていると、その中から現れてくる刃紋がさざ波のように見えて美しい事この上なし。自分用のキャンプ・ナイフと、嫁さん用の包丁。この二つが手に入れられればもう大満足です。相棒からは「どんな形のどんなものを手に入れたいのかよく考えて」と言われていますが、悩みは深いのです…。^^

木曜日までに考えておいてと言われました。どうしましょ…。

2026年10月3日土曜日

落花生の収穫とロスト・アーク

実は前回のサツマイモの収穫の時に畑の端っこに二株ほど「遊び」で植えていたのですが、そのうちの一粒だけを前回のサツマイモ堀りの時に見つけたからでした。
上の写真にあるように地面の上に極わずか体を突っ込むように埋まっている落花生を拾い上げて割ってみると見事な落花生が本当に薄いピンクの皮に包まれているのがよく判る状態で出てきます。

鵜沼の親父さんに話を伺ってみると、これをきちんと乾燥させたらいわゆる普通の落花生になるという事です。またお母さんに伺ってみたところ、このままでも茹でて美味しい生の落花生を味わえるよ~と楽しそうに話してくれました。

ただ、今回の落花生植えはまさに試験的なもので、一体全体「落花生」というものはどうやって育ってどうやって収穫するものかというのを観察するためのサイズであれば十分だったからです。^^

そして、その収穫を実際にしてみたところ以下のようなものが出来上がってきました。
こうやって土の中に沢山の「実の入った殻」が出てくることが解りました。何とも凄い自然のシステムですね。人間の知恵なんて軽く吹き飛ぶ進化の面白いところです。植えたものが育って人間が食べられる形のあるものになるなんて言うのは本当に感動的です。

さて、今回こうやって落花生は少量ですが収穫できました。しかし、ここで驚くべきことが起きました。落花生を収穫し終わって畑を再度眺めまわしたところ、どう考えてもこれサツマイモの葉だよね?という部分が畑の中に残っている事が判明したのです。そして直ぐに相棒と考えた事は「これってこの前どこに行ったか判らなくなった紫イモの葉じゃなかい?」という事。

そこで、数メートルに亘って生い茂っている葉っぱの根元を搔き分けてみると出てくる出てくる真ムラサキの芋!

やった~!という感じで相棒と二人で興奮して畑を掘り返すこと一時間弱。ゴッソリ出てきた紫イモに、心の中で「隠れとったか!見つけてやれんで悪かった」と謝りました。何にしろ「おっかしーなー、絶対植えたのに一体どこに消えたんや?」という感じで相棒と二人でその謎に悩まされ続けていた訳ですから、今回の図らずもその謎が解けたのは素晴らしい主格となりました。

畑の近所にある親父さんの家に戻ってその話をしたところ皆に大笑いされました。その後、近所の種苗を売っているローカル・ストアに向かい一玉384円もするニンニクを3玉購入して親父さんの畑に植え込まさせてもらいました。来年の種ニンニクにする為です。18株のニンニクが6株のニンニクを実として付ければ来年には100粒以上のネタになる筈です。それでも来年はそれをネタにしてさらに増やそうかなと折っているんですけどね!w

ニンニクがどう育つかた新たな愉しみです。


2026年10月2日金曜日

京都まで歩く????

私の勤める病院にバイトで来ている外科の先生から「あるお誘い」を受けました。

それは「京都まで160キロ二泊三日で歩くんだけど一緒に行こうよ!」というもの…。一瞬ですが、本気で固まってしまいました。w

そもそも私が散歩で一番歩くのでも家族と共にモリコロパークに行く往復の散歩。恐らくこの散歩でさえ16キロ程度です。この距離でゆっくり歩いて3時間ちょっと。その往復を二回しても約30キロでしかありません。たったの30キロ。それでは家から名古屋駅まで歩いていけばどれくらいかというと約14キロ。往復でやっぱり30キロ弱です。

つまり、家からモリコロパークへ向かって歩き、その後家まで戻ってくると名駅へ向かってま直ぐ歩くことで約21キロの道のりを終了、そしてそこから戻ってきて家に戻ってくることでやっとマラソンと同じ程度の距離。グーグルの予測時間を積み重ねるとハーフの距離で4時間半程度。往復でなんと無休憩で9時間も掛かるコースです。

40キロで9時間!朝8時に歩き出して何もせずに歩き続けて夕方の5時にやっと40キロなんですが…。( ゚Д゚)

そう考えると、仮に体力がもっと続いて日に9時間歩けたとしても120キロにしか届きません。京都までの距離をグーグル・マップで見てみると到着地点が京都駅だとして143キロ!一日に約48キロ!は歩かないと届かない事になります。しかも、この距離を歩くのにほぼ10キロ程度の荷物を持って途中は一人用テントで寝起きしようというのがお誘いの内容。

道は中山道経由でないときついと考えられます。なぜならば全部を舗装路で歩くとなると返ってくる反動は脚を壊す可能性があるからです。しかも、靴はその時に靴擦れを起こさないことが前提ですから、ある程度は慣らして履き込んでおかないといけませんし。

こういった事を全て勘案してChatGPTに対してこの道中の厳しさを聞いてみると…超上級者向きのUltra Walkになるというお話。しかも、厚底クッション・ メリノウール靴下+ワセリンで靴擦れ防止・荷物は5kg以下(可能なら送る)・  夜間歩行は避ける(危険)・  こまめなストレッチと休憩・水分は1日2〜3L・事前に40km歩行を2回以上試す、云々という長い長い試し書きが付いてきました。orz

しかも、普通の人間は1日に30キロ以上歩くと翌日は強烈な疲労や体調の問題を起こすと書かれていて、先生が主張する「出来たら60キロは行きたいな」というような距離は私のようなど素人が居ては到底無理でしょう。w(なんと、先生は「80は無理か?」等という事を呟いていましたが。orz)

何段階か練習を重ねたうえで靴やテントを試してからチャレンジしていかないと「到底」無理なことは明らかですな!

2026年10月1日木曜日

山本夏彦はやはりイイ!

先日購入した古本の中に3冊の山本夏彦の本が入っていました。

3冊の題名は①「社交界」たいがい②良心的③一寸さきはヤミがいいというものなんですが、昔から私は山本夏彦氏のファンで、その一刀両断振りは普通に考えれば諧謔と機知を超えた素晴らしい切れ味の批評の連発。

新聞屋と銀行屋と株屋の話は何時も飛びぬけて面白いのですが、氏の話が常に面白いのは世間のモノの見方とは一線を画す切れ味と裏面の真実の暴露があるから。世間の常識が如何に嘘に塗れて間違っているのかというのが次々と解りやすく示されます。

いつも彼の文章を読んで思うのは正義を標榜する人間達の胡散臭さの観察眼の鋭さでしょうか。

ものごとは裏と表から見てその評価を定めないといけない、そして人間というものを純粋な正義などと見誤らない事を何度も何度も対象とインシデントを替えて教えてくれます。そして必ず戻ってくるのは上に太字で書いたような正義を騙る人間達の裏の顔を嗤えというものでしょう。

社会の木鐸を標榜する人間達の垂れ流す道徳論を嗤い、戦前暗黒史観を繰り返し「それは嘘だった」と叩き続ける。歴史というのは書いたもの勝ちですから、正しかったことを少数であろうと書き続けることが大事。そういう意味では既にとうの昔にお亡くなりになった氏が繰り返し書き続けた数多くの文章は何時の日か大きな意味を持つことと思います。

私は彼を右翼とは思わないし、極端な思想の持ち主だとも思いません。淡々と世の中を見つめて自分の体験した世界をもとに自分の皮膚感覚で事実を記述する。なかなか出来そうで出来ない事です。

恐らく多感な時期(15歳~18歳)をフランスで育ち、その後に戦争に突入するような当時の日本に帰ってきたのが普通の日本人とは違うものの見方をさせたのかもしれませんね。

人とは違うモノの見方、常に持っておきたいと思います。(変人扱いされても。w)