2021年10月10日日曜日

素晴らしい効果!

この家に住み初めてこの秋で6年経ちましたが、気になっている事がありました。

それは少しずつお風呂の床がくすんで来ていた事です。常々定期的な清掃をしていたんですが、おそらくいつも行うブラッシングでは落ちない汚れが極僅かずつ重なってきて最終的に6年でくすみを作ったのだと思います。

客観的に観て汚れは全く目立つものではないのですが、最初の姿を知っている私から見ると「やっぱりくすんでる」と思える変化。もともとキレイサーモと言う床材で、汚れにくいはずですがそれでも時間の経過と使う人間の数の多さはそれに抗います。

結局、今回の掃除の勝利の鍵は使ったオキシクリーンでした。中身は過炭酸ナトリウムなんですが、これを40度のお湯を入れた風呂桶にキャップ4杯ほど入れて、かき混ぜ完全に溶かしました。

その間に排水口に水をまるまる溜めたポリ袋で蓋をして床全体にお湯を張りました。そしてこの深さ3センチほどの張った湯の上に最初に作ったオキシクリーンを溶かし込んだ風呂桶の中身を万遍なく撒いてそのまま5時間放置しました。

家族と外出して帰ってきたあとで、その床を見ると!キレイに泡が薄く汚れを包んで浮き上がっていました。その上でこの水を抜いて床を優しく擦るともともとの床の色がスーッと見えてきました。思わず微笑んでしまいました。シャワーを掛けてさーっと流してしまうとビックリするほど美しいオリジナルの床が再登場!

これほどの変化を見せつけられたら今度は床だけでなく壁の方にもこれを使ってみたくなりますが、それはまた次回以降ということでネットで調べてやってみようと思います。

いやあ、アメリカにもいろんなタイプのオキシクリーンありましたが、綺麗になるもんですね~。素直に驚きましたし、何よりも自分の心がカラッとしました!週末のジョブとしては最高ですね。


2021年10月9日土曜日

両極端な人々(清潔と不潔のハザマ)

テレビの人気企画でいわゆる汚屋敷に住む芸人の部屋を掃除好き芸人が綺麗にしていくという企画があります。

その企画は嫁さんに初めて番組として見せられたときに「凄い綺麗になるもんだな~」という驚きと同時に、そうなる変化の前提を作り上げた驚くほど汚い部屋に住み続けている老若男女を見ていると「片付けができない」という次元を超えて、よくまあこんな部屋で人間としての生活が出来るなと単純にアゴが落ちます。

部屋に住んでいると言うよりも、雑多に突っ込まれたゴミの塊の中でインスタント食品や買ってきたお惣菜を食べ散らかして、そのゴミの脇に残る狭いスペースで寝るという毎日は既に人しての何か大事なものがぶっ壊れているとしか思えないんですが、似たような人の元祖は恐らく葛飾北斎ですよね。この人も確実に家族も含めてぶっ壊れていたようですが、天才だから許されますか。

このゴミ屋敷の住人以上に私が「壊れてるな~」と感じたのは清潔側に極端に寄ってしまっている芸人達の姿。これも以前からカメラを家に設置してその異様な潔癖症を画像に残していますけど、完全にOCD(Obsessive Compulsive Disorder)だなって思いますね。

シャンプーをめちゃくちゃ使い続けて体や髪を洗い続けたり、部屋に入る時に素っ裸になって家の中を何度も何度も掃除機とモップっで拭き続けたり、部屋の中に入った時に外から持って帰ったものを全て風呂場で洗うとか、家を汚さないためにそもそも一切人を家に入れないとか。

その正当性を誇らしげに語る病人もいれば、己の様子を画像で客観的に見て自分を「きもい」と改めて言う人間もいましたが、何れにしてもその特徴は自分の意志では止められないこと。

これらの深刻さには家族の関与がある場合にはよりデカくなるようなのですが、こんな人の配偶者になるような人は大変でしょうな。(相手がいればですが・・・。)

生物として生きていくということは「清潔と不潔」の間を往来しながら生活するわけです。口からものを入れても必ずそれは無数の大腸の菌からの処理を受けて最後は糞となってでてくるわけですが、それを体内に抱えつつ一生を送っているのに外はアルコールをシューシューやってと言う生活。

今回のコロナ禍で、この素因を持っていた人達は発症したり余計に症状が酷くなったというような人も「大量に」いるでしょうね。単純に可哀想な人達です。治療も可能なんですが、その頑固さと個人史次第では治らない人もいます。

医者の中にも普通におりますので、驚きはないんですが・・・。(因みにその方々は配偶者フリーです。)


2021年10月8日金曜日

震度5強!

7日の10時過ぎに10年ぶりの震度5強が関東で発生しました。

震度5強というのがどれほどのものかと言うのを調べたところ、
●人の体感・行動 
 大半の人が、物につかまらないと歩くことが難しいなど、行動に支障を感じる。 
●屋内の状況 
 棚にある食器類や書棚の本で、落ちるものが多くなる。テレビが台から落ちることがある。固定していない家具が倒れることがある。 
●屋外の状況 
 窓ガラスが割れて落ちることがある。補強されていないブロック塀が崩れることがある。据付けが不十分な自動販売機が倒れることがある。自動車の運転が困難となり、停止する車もある。
とのことです。

関東大震災は震度6となっていますから、そのひとつ下のレベルですね。尤も、この震度5とか6とかにはそれぞれ弱・強がありますし、その地域における建物などのインフラのセッティングの差によってマグニチュードが同じでも、被害状況は大きく異なりますが。

10年前の東北大震災のときも首都圏では大量の帰宅困難者がでましたが、今回も同様に帰宅に困る人達がたくさん出た上に、首都高の全面閉鎖で一般道は長い駐車場状態と言えるほどの大渋滞に見舞われた様子が映し出されていました。中にはエレベーターが止まって悲惨な目に遭ったタワマンの住人である芸人が自分の住む高層階まで筋トレさせられたとかいう話も。

わたし自身が経験した地震で最大のものを調べてみたところ、自分が五歳になる前日に経験した地震で、1970/7/26に日向灘沖で発生したM6.7(震度は5)のものですが、母方のおばあちゃんの家(勿論、平屋の木造家屋)で凄い揺れに遭遇したのを覚えていますが、あれはチビだった私に強い記憶として50年後の今でも残っています。

大都市は普段便利だけど、一旦大規模災害が発生したときの被害の状況はその人口密度と建造物の高密度ぶりから、他の田舎とは文字通り桁違いのレベルになりがち。今回の地震が更に大規模な地震に繋がる何らかの前触れで無いことを切に祈るものです。


2021年10月7日木曜日

100歳超えの人々を診る

長寿者とは何歳からそう呼ぶのでしょうか。

病院や在宅で100歳超えの方々を診察することもありますが、そのレベルの方々は今の人類のあらゆる標準的観点から見ても長寿者でしょうが、私が生まれた昭和の半ば頃は70歳でも十分にかつ明らかに長寿者に入れてもらえる程の平均寿命。

しかし、令和の今時だと60代で亡くなっても「何かご病気でも?」と言われてしまう程みな普通に70代、80代まで生きます。事実私のフツーの両親ももう83にまで届きました。取りあえずは二人共まだなんとか支え合って自立した生活を送っています。私もこの歳になってくるとそういう歳で自立して支え合っている両親の偉大さに普通であり続けることの凄さを感じます。

70歳でヨレヨレの人もいれば90超えてもしゃきっとして呆け一つ感じさせない人もいるわけで、還暦を過ぎてからの生物学的老化の速度の差は本当に大きいと思います。
生活歴の差は年をとってから大きくその表現系に影響を与えるようで、出鱈目な生活を送ってきた人達は年取ってからやはりその「おつり」を体に貰っているように思います。

しかし、そういった生活歴にあまり関係なく90にはいってまだ元気な人達というのはやっぱり遺伝子のレベル、そして怪我や事故などに遭わなかったという意味で「選ばれし人々」なのでしょう。分子生物学的にはおそらくテロメアが長いし、遺伝的エラーの修復に関連した抗酸化遺伝子の集団が立派に働き、P53がもりもりと仕事をしてくれているのでしょう。

そして極めつけは100歳超えの人々。いくら超長寿者と言っても90を超えてくると一年一年が違います。櫛の歯が抜けるように「来年は居られない」というような感じなんですが、そこを超えてくるのが百寿者。

私が診させていただいている100歳超えの方々の中には「いや、70代でしょう?」と言うような方が居るのです。どう考えても生物学的な奇跡としか思えません。息子さんや娘さんでさえ70代後半とか言う感じですからびっくりですよね実際に会うと。

天寿という言葉がありますが、何歳であっても充実した人生を送った方であればそれは立派な天寿。長く生きて天寿を全うする方々もいれば、濃密な中身で世界にエネルギーを放ち続けて生物学的には短い時間で天寿を全うする若者も居るわけです。

今後も日本で百寿者はどんどん増え続けますが、きっとまだまだ私を驚かせるような若々しい百寿者が目の前に現れるのでしょう。

2021年10月6日水曜日

(日系アメリカ人の!)ノーベル物理学賞

ノーべル賞受賞者発表の季節になりました。

秋の夜長にニュースの画面をつらつらと眺めていると、スウェーデン語を喋るおじさんが何か日本人ぽい名前を読み上げました。ネットで確認すると「真鍋淑郎」というプリンストン大学の先生が受賞されたとのこと。

いわゆる「日本脱出組」の方々の一人ですね。私のように何となく国外に行って好きな事やるぞ!と言う感じではなくて、恐らく米国においてはまだまだ反日の感情も強く、敵国人として日本人と戦った実戦経験のあった人達も中堅どころとして沢山日常生活の中にいた頃のアメリカで研究を始めた先生。マスゴミの連中のように間違ってはいけませんが、南部先生等と同じで日本生まれのアメリカ人です!

先生御自身がインタビューで答えられていましたが、日本では「和」を大切にするというような事が多くて、それを先生御自身はネガティブな意味で捉えられていたいたのにニヤリとしてしまいました。正にその通りで、研究内容に関して「空気なんか読まない」と言うのは超一流の先駆的研究者には必須の資質ですが、先を読む研究を自分でほとんどイチから作ってそのリーダーになって、その結果が世界に影響を与えるなんて言うのは研究者にとっては正に冥利に尽きるというものでしょう。

しかも研究費も潤沢で、言いたいことが言える世界であれば日本のように師弟の間で余計な忖度をしなければいけない事もありませんから、実力があれば素晴らしい世界です。

先生御自身は天空を翔ける翼をお持ちになっていた方ですので、どの国であろうと恐らくは大成されていたのでしょうが、やはり研究費の潤沢さやその研究を理解する人間の多さから言えばいまだにアメリカがベストだと考えます。

クラフォード賞、ベンジャミン・フランクリンメダル等の次に、最終仕上げという感じでノーベル賞が来ましたが、世界は既に先生の存在を遥か以前から始祖として崇め、「発明」の恩恵を毎日毎日十二分に利用しているわけで、先生御自身にとって今回の受賞は間違いなく「+1」程度の感覚だと思います。

それでも、こういったモデルを構成し、それをシミュレーションで実世界の解析に充てて世界の未来を予測するという仕事をきっちり仕上げ、世界中の後輩達に膨大な仕事と研究課題を残した功績は正にノーベル賞の輝きを持ちますね。

それにしても、この分野の研究が物理学賞を獲得するというのは個人的には意外でした。逆に言えば、物凄い仕事で世界に影響を与えていても、それがノーベル賞の選択エリアになければそれだけの話です。

代表例が数学のフィールズ賞みたいな世界ですが。まあ、超人・天才には本質的に第三者の評価は関係ないんですよね。研究そのものを楽しむ頭脳とそれをいじり続ける知的体力がありますから。純粋にそのセレンディピティが羨ましい限りです。