2018年7月5日木曜日

久しぶりに眠れた!

奇跡的というか、一週間ぶりに五時間以上眠れました。

働き方改革法案等とは無縁の生活を送っている私達医師ですが、実際は皆さんが思っている以上に献身的に働いているつもりなのですが、なかなか納得してもらえませんかね。

慢性閉塞性肺疾患(COPD)の患者さんの呼吸状態が思わしくなく、ありとあらゆる手を使ってはみるものの、もう残っている肺自体がほとんど無い状態の上に、間質性肺炎も酷い状況。呼吸をすること自体が生きている行為の全てになっている状況で、本当に診ていて辛いです。

煙草を吸う人の多くがその害悪を知らぬままに漫然と喫煙を続けているわけですが、病院の職員の中にまだまだたくさんいる喫煙者(加熱式タバコ類も含む)達にその末期の状態がどれほどきつく大変なのかを説いたところで全く耳を貸さない人間がたくさんいるのですから世話ありません。

中にはそういった患者さんを日々世話しているのに拘らず、やっぱり吸う人間も居るのですから私には正直「頭おかしい」のか「現実を見る目が曇っているのか」それとも「将来に対する想像力の欠如」なのか・・・という味方しかできないんですね。

21世紀の今も「自分のことだから放っといて」なんて言う奴も居そうですが、人生の最後では多くの場合そういった患者さんは多額の税金を消費しながら最後の数年を過ごすことになるわけですから、学習効果のなさはほとんど非喫煙者に対する積極的なオフェンスにしか思えないんですけどね、こればっかりは聞く耳持たぬ人には言葉も通じず効果は無いようで。

話はちょっと脱線してしまいましたが、現在の高齢者の若い頃というのは大人になったらタバコは自然と吸うものと言うのがごく普通の時代でしたし、医者でもプカプカ公衆の面前で吸ってる時代でしたからね、この患者さん達には罪もありません。

それでも、今の若い人達にはしつこく言いたい。嫌われても関係なしに言いたい。

「喫煙は健康に良い事なんて何にもないよ!」

2018年7月4日水曜日

Independence dayも遠くなりにけり

アメリカを離れて四年半。

アメリカの独立記念日というのも全く他所の遠い国の別の出来事となってしまいました。
日常の生活の中心が本当に医療行為が中心となってしまったため、アメリカの事で考える事といえばアメリカに住む娘達のこと位です。

やっぱり自然とそうなりますよね?w

なんと言ってもこの時期のアメリカというのはAMERICA THE GREAT!と言う感じで、アメリカ中が国旗で埋まってアチラコチラで花火が上がるイベントが開催されるというのが定番でした。

日本では建国記念日はどっちかというとただの休みですし、一部の人達以外は特に国旗を家の前には飾らない時代になりましたしね。私が小さい頃はまだまだ家の前に小旗をおいたり、紙に印刷された国旗(その多くは新聞の広告の中に挟まれたりしていました)付きの飾りを貼り付けたりする家庭は沢山ありました。

アメリカなどと違って、どの日が建国の起源なのかがわかりませんが、wikiによれば
建国神話(日本神話)を基に、建国を祝う日として「建国記念の日」が定められた。2月11日は、日本神話の登場人物であり古事記や日本書紀で初代天皇とされる神武天皇の即位日が、日本書紀に紀元前660年1月1日 (旧暦)とあり、その即位月日を明治に入り新暦に換算した日付である。
となっておりますので、いわゆる神武天皇の神話がその元になっているということですね。

アメリカのみんなが明日はワイワイウキウキ。一方日本に帰ってきてこんなに時間が経った私はもう日本の日常生活でヒーヒー言ってるだけの忙しいオジサンであります。

アメリカは遠くになりにけりですかね・・・。

2018年7月3日火曜日

外国人の患者さん

あるアジアの国から来られた患者さんが亡くなりました。

娘のいる日本に遊びに来ているときに、未治療の心房細動から脳梗塞を起こしそのまま重度の意識障害と右の上下半身の麻痺を持った状態で入院されてきた方でしたが、同時に若い頃から一日60本ほどのタバコを吸い続けてきたヘビースモーカーだったことも有り、両側の肺野はほぼ全面的に肺気腫・COPDの状態でした。

困ったことに奥さんがご主人の状況のシリアスさを全く理解してくれておらず、看護サイドに無断でジュースや食べ物を食べさせようとしたりして誤嚥の状況を作り出しては酷い肺炎を作ることを繰り返させてしまう困った方でした。

看護師の中から日本語と中国語のネイティブな人を連れてきて、いろいと対応していたのですが、その助けが得られないときはgoogleの翻訳システムを使って会話を行い、一々内容の理解度を確認しながらの慎重な対話でした。

アメリカのように通訳サービスがデフォルトで使えるような国ではないのでなかなか大変ですが、それでも今は病院内には英(自分自身)、中、韓、タガログ、スペイン語、ポルトガル語、ベトナム語等の話者は居ますので、その場合の通訳には事欠きません。

それでもやはり外国で病気になるというのは大変不便で不安なことです。
幸いなことに前民主党政権下で外国人が容易に生保に組み入れられて助けられる仕組みができましたので、この方々にはほとんど金銭的負担はかかりませんが・・・。こういうことに対する保険は通常自己責任であるべきなのですが。

内心では「なんだか俺達の税金がこういう風に使われる意味ワカンナイ」という気持ちも残っております。(無論、患者さんの治療にはバックグラウンドにかかわらず全力を尽くしますが、国外では医療保険に入ってから出るべきは当然ではないかという考えはまだまだ一部の国の人達には常識ではないようです。)

さて、亡くなられた患者さんの部屋には20人ほど!の日本国内に住む親族の方々が集まり、その国の風習にのっとった死に装束を持参されておりましたが、国が違えば死への準備がこれほどまでに違うのかと驚かされることばかりでした。

意を尽くした説明と治療、お亡くなりにはなりましたが、最後には親族一同の方々から感謝をされて御遺体のお見送りをさせていただきました。

それでも、、、微妙なことが伝えられないもどかしさは医療者、患者側も強く、医療行為における言葉の壁はやはり厚いです。近未来にはもっとハイレベルなAIトランスレーターが登場することを祈るばかりです。

2018年7月2日月曜日

オッサン軍団散ってしもうた・涙

ジャパン、ベルギーの前に砕け散りました。

いろいろな見方は有るでしょうけど、下馬評の低さに反して結果は立派という以上の”勝負師”としての側面を見せてくれたグレート・マッチだったと思います。
あんなに短期間にあれだけボロボロだったチームでここまで勝ち上がってきたのは監督の手腕以外に何が有るんだろうかという気がします。

ここまで勝ってきた素晴らしい日本チームには悪いけれども、他国のスター軍団を擁するヨーロッパや南米のチームと比べれば”明らかに”上背や筋力などの面で劣る選手達を使ってこうやって勝ち抜いたのはどう考えても監督の采配。

無論、いろいろ言われはしましたが、試合の中身を見てもいろいろ「この選手でいかざるを得んのか」等と残念なとこがある中での戦闘でしたので、これ以上何を彼に求めれば良いのでしょうか?勝負にタラレバはなく、結果有るのみです。

一部の人達からは「プロなら負けは負け」とか、「結果は十人相手に1勝しただけであって残りは負け」とかいろいろ言われてますが、監督は言い訳も言っていないし、選手達もまた然り。セルジオ越後のような激辛コメントもアリはするのでしょうが、少なくともこうやってトーナメントを”賢く”くぐり抜けてきたことで、今試合を見ている少年達が、「次は僕が!」と考える子供さん出てくれるだけでも素晴らしいことだと思います。

振り返ってみれば、Jリーグが出来てからというもの、日本サッカーの底上げは当初に比すれば比べるべくもない物凄い充実ぶりであって、カズ、ヒデ、ケイスケという各世代を代表するようなスタープレーヤーを作り続けてきたのみならず、各チームは海外からも目標とすべきレベルのレジェンドも連れてきて世界のレベルというものを日本に見せつけ刺激を与えたのみならず、その差を少しでも埋めるべく多くの有名無名の日本人が海外に雄飛するのが日常である時代となりました。

このまま若手の育成が継続されれば、必ずや日本もベスト8を”常に”狙うような時代がやってくると私は信じてます。もしかしたらその頃に活躍する選手達はまだ生まれてさえ居ないのかもしれませんね。

それにしても川島の次のGKはどこに居るんだろうか・・・。

2018年7月1日日曜日

両親が名古屋へ遊びに来た

私の母親が発起人となって親父に頼み込んで名古屋に再びやってきました。

母親は内心も何も直接隠さず私に言います。「もう、私もあと何年生きられるかわからんしね。」お金をいくら使ってでも会いたいんだそうです。特に孫に。

なんというか、私のことはどっちかと言うとスキップしてる感じで、孫と話すのが楽しくてたまらないようです。おまけに最近は孫に向かって「あんた達の子供も見てみたい」等というなんとも贅沢で恐ろしい希望も口に出したりします。

親父はそんな母ちゃんを見て苦笑い。「何を言っても言うこと聞かん」との諦めが有るみたいです。

今回やってきた両親、ついに母親は80歳になりましたし、親父も来月には80歳。母ちゃんのほうの認知症はそれほどまだ進んでいない感じで、MCI・脳血管性認知症なんだろうなと言う感じですね。相変わらず勝手放題のこと言って孫と嫁さんを笑わせています。

オヤジの方は若い頃に潜水で痛めた難聴の影響が更に強くなっているようで、かなり大声で話さないと聞こえませんね。頭脳の方は問題なさそうで、母ちゃんの服薬管理から道案内まで全てをそつなくこなしているようです。

親父いわく「俺の予定では俺がはよボケて、これに面倒見て貰う予定やったのにな〜。(笑)」てな感じです。
若い頃はあんなに激しくぶつかり合ってた二人なのにこんなに仲良くなっちゃった上に、支え合って生きるなんて。まさに割れ鍋綴じ蓋って感じでしょうか。

息子なしでも彼らは嫁さんと孫と充分に名古屋の滞在を楽しんでくれそうです!