臨床もする医師に戻って約半年。
つくづく最近感じることは太古の昔から言われていることの繰り返しでしかありませんが「病気を治すのは人の体自身であって、医師の治療はその手助けをしているだけなんだな」ということ。
本来治るべき患者さんの「治る」という向きのベクトルを間違いなく捕まえて、その方向に強く加速してあげるのが理想の医療行為だと思うのですが、加齢や状況によってはそれが及ばずというようなことも幾らでもあるわけで、そういう時は自分の能力や21世紀初頭の医学の限界というものを感じさせられる事になります。
願わくは「間違いなく」手助けをすることが医師が行える最大のポジティブな行為であって、医師も神様ではありませんからベストといえる医療行為が常に行われている訳ではありません。その医師の専門分野得意領域、手技、知識だけでなく、手許にあり使うことの出来る道具やシステムの違いも治療の結果を大きく左右するのも当然のこと。
ブラックジャックであろうとも、メスがなければ、麻酔薬がなければ、薬がなければ、良い介助がなければオペも何もあったもんではありません。
勘違いしないで欲しいのは私は何も「治療を頑張ってはいけない・病気と戦ってはいけない」等ということを全国紙で布教するような医師免許を持ったどこかの㋣医師のような事を言いたいわけではありませんので、、、。
病気と闘わないというのも患者さんの尊重すべき選択で、それがイケナイなどということも全くなくて、その選択により厳かに死を受け容れていかれるのも立派な生き様・死に様だと思います。しかし、「確実に助かる病気」をいたずらに時間のみを経過させることによって手遅れの状態になってしまうような発言を唱導するのは医師としては犯罪行為だとしか思えません。
患者さんが選べる生への選択肢とその希望を言葉の力で撹乱するのは可能性という光を医師自らが奪ってしまうという意味では「ドクター・キリコ」より質が悪いとしか思えません。彼の場合は現代医学で「救えない病」に対しての死への旅立ちの介助でしたから、今でいうところの安楽死の手助けをする医師の一種ですよね。
その可能性にカバーをして見えなくするような事に手を貸す連中なんて言うのはやっぱり犯罪者じゃないのかなって、、、。
昔は正しかった治療でも今だったらあり得ないというようなことになっている治療がないわけではないですけど、(例えば梅毒の水銀塗布療法等)少なくともある治療行為を行って少なくともある治療行為を行ってそれが良い結果を産むという事が明白な治療法は少なくとも医師が患者さんから隠すようなことはしてはいけないと思います、、、。
怪しい健康法やアイデアをまき散らす新聞紙上の㋣医学博士には気をつけましょうね。特に「##を食べれば全てが嘘のように!」とか言うような万能感を醸し出してる怪しい発言の載った本や意見は疑いましょう。
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