さだまさし原作の「アントキノイノチ」というのを偶々観る機会があったんですが、映画を観終わっても演技とか何とか言うもの以上に、ストーリーの中で一部頭の中で繋がらない事、過剰すぎる展開、煮え切らない細部の詰め等などが不満として残りました。
偶然ではあったんですが、嫁さんが日本語学校の友人からこの「アントキノイノチ」の原作本を借りてきていたので、その本をパーッと読んでみました。疑問になっていたあたり、なんとなく腑に落ちないなと思っていたあたりを一読したことで全ては氷解。なるほどこれはこういうことで、あそこはああなってとよく筋立てが見えるようになりました。細部端折り過ぎ、おまけに物凄く本質的に大切なところで結末なんかを変更しすぎ!原作の良さが完全にブチ壊されてしまってました。
原作読んだら、もうそれこそ「コレコレ!」と言う感じの展開と結末で、映画監督が許した脚本改変は大失敗だなと思いました。さだまさしもこの映画で満足したのでしょうか、、、。(ネタバレは嫌なので内容は一切書きませんが。)
今回はたまたま「アントキノイノチ」に関してこういった原作と映画の間での齟齬を来した例にぶつかりましたが、実際色々と原作本、映画を比べると殆んどの例で原作本に勝つような映画化作品というのは出てこないのではないかなと思います。(アクション自体が観る目的となっている活劇的なもの以外は。)
007なんかは中学の時に、英語の先生が「映画はまあ愉しめていいけど、原作は死ぬほど退屈~」等と言っていたのが未だに印象的ですし、インディージョーンズやターミネーターの原作というのものがあっても、それが映画を上回るとは少し想像し難いところもありますよね。あれはアクションを愉しむ映画ですから。
しかし、人の心の襞の機微を描くような作品は、自分の感覚的な評価ではこの逆の場合が殆どで、原作を超えるような映画を作る事はなかなか無くて、有るとそれはもう名作と呼ばれるようなものになっている気がします。
こういった作品は、本当に監督の力量と役者さんの能力、才能に負うところが大きいように思います。具体例で何かを挙げろと言われてもちょっと適切な例というのが直ぐには挙がらないんですが、例えば「東京物語」なんかはそういったものに当たるのかも知れません。
同じ題材を扱っていても、先に映画を観たか、それとも先に原作を読んだかでその作品に対する想い入れも沢山入り込んできますから、こういう事って一概に決められませんね。ほんと難しいです。予算をかけずとも素晴らしい映画が出てくることの多い「アメリカ発以外」の映画に、今後とも期待大です。w
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