子育ては難しい。
赤ちゃんが生まれる前のマタニティー教室なんていうのもあるけど、育児のことを知っている実家の手助けがある家は必要ないと思う。しかし、核家族として育ちそういう祖父母ぐるみの育児を見たことの無い断絶された世代には必要なのかとも思う。(そんな手助けを受けられる若い世代がどれだけあるのか少し興味がある。自分の周りではほぼ確実に出産の前後一ヶ月は何かと親が傍にやって来る、もしくは住んでいて何となく手助けしてくれているパターンばかりなので、そうでない人達の事が良くわからない。)また、育児書なんていうものは最初から読む気もないし読まない。大体、その道の権威とかいわれる社会科学系の人間の書いた本の胡散臭さは肥溜めに首を突っ込むほどのいかがわしさに満ち溢れているし、、、。あの手の本は100%嘘ではないにしろ物事を客観的に見ることの出来ない人間には危険な読み物になる可能性は無いだろうか。おばあちゃんの知恵を超えるものでは無いものが殆どのような気が。
あのスポック博士の育児書で育てられた世代の中にある悲惨さに対する反省は今あちこちにあるようですが。
さて、自分の子供を育てる事に戻ろう。
ひーひー言いながらも一人目を育てて、子供の育て方に少し自信がつく。二人目が産まれて随分自信を持って育てられる。三人目が生まれてきたときは本当に余裕を持って育てる事が出来る。そして一人目の子供が成長してきてその難しさに再び気付く。
我が家は今、この2サイクル目に入っているところである。第一次反抗期は皆普通に過ぎた。今はそれよりも複雑な問題が多くなっているが今は自分がどんな人間であるのか試されるときに来ている。
親としてだけではなく人として。
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