この前娘たちからメールがきました。
それによると名古屋をこの夏訪れた時に食べたいものの一覧を既に準備しているということなんですが、二週間の滞在で一体どれだけのものを喰いまくろうというのでしょうか、、、。お父さんの財布が持ちましぇん。orz
奴らが送ってきたリストの元になっているのはどうやらこれのようで、名古屋名物といえるものをほぼカバーしきっておりまする。
でもこうやって改めて一覧表を眺めてみると、昔、名大に二年間いた時期と今回のわずか半年でこの中のかなりのものは胃袋にの中に収まっていることが確認できました。w
未だ体験していないのは味噌おでん、名古屋コーチン、あんかけスパかな〜と言うくらいですか?
あんまり外に食べに出かけたりしなかったし、今もほぼ外食なんてしていないのにやっぱ家族で居た時にスポットスポットには食べに行ってたのかもしれませんね〜。
ここには書いてありませんけど、名古屋もビックリするぐらいエスニック系の料理店、しかも現地人が自分の郷土料理を展開してるような所が多くて驚いています。
これも一種の日本の国際化なんでしょうかね?まあ、アメリカのエスニックだらけに比べれば数分の一以下ではありますがそれでもこういう感じの多国籍化は個人的には幾らでも有りだと思ってます。
チョット話は逸れちゃいますが、もう、なんていうか日本の中で日本のルールを守り仕事をする人達なら私は外人さん大歓迎です。ただし、排他的なコロニーを作って日本人を中に入れないようなのはチョット「ゴメン」と言う感じですが、、、。移民というのは結局現地の人間がしないような最下層の仕事から入ってきて次の世代でステップアップというパターンが多いですね。それはアメリカに行った昔の日本人も全く同じ。
逆の例で言えば、日本人はアメリカとか行っても現地人化する上に変な権利要求とかしないし宗教も非常に他宗教に寛容であることが幸いして、好かれたり尊敬されたりすることはあれ嫌われたりすることは「ごく一部の国の人達」からを除けばほぼありません。w
そういう意味ではそんな「他人や違い」に寛容なバックグラウンドを持った人達なら日本の中でも一緒に過ごしていけると私は思ってます。
ああ、それにしても娘二人の好奇心に満ち満ちた胃袋がこの名古屋で炸裂するのかと思うとお父さんはビクビクです。w
2014年7月13日日曜日
2014年7月12日土曜日
宴の後
今日は朝起きてからちょっとした異変が、、、。
それはお腹でした。
何となく具合がわるいなーと感じていたら案の定お腹が緩くて朝からトイレに二度座り。orz
駅には千葉のA先生が私と一緒に名古屋に新幹線で向かい、そこの高速バスターミナルから出るバスに乗らなければならないとのことで急遽タクシーを拾って大阪駅へ向かいましたが、その車内でも一抹の不安を抱きつつの移動でした。w
取り敢えず無事に駅についておみやげをつかむ暇もなく発車二分前の新幹線に飛び乗って何となくグッタリ。
やはり京都を通過したあたりからお腹が、、、、と言う具合になってまいりましたので初の新幹線内での「大」となりましたが、これがまた結構ムツカシイ!
車内では余り感じない揺れも便座に座って使用していると結構な「揺れ」及び「遠心力」を感じるんですよね。
結構手摺に捕まっていないと体を持って行かれそうで、、、。
尾籠な話でもうしわけございませんでした。w
さて、アッという間に名古屋に到着。
先生が直接東京へ向かって千葉へ移動する方法を取らなかったのは途中の路線が今回の台風八号の影響で寸断されたと言う箇所があり、バスを使ってアプローチするのが最善とのことで私と道中が一緒になったのですが、名古屋まで到着して一安心、ネットで予約されていた切符をすぐに本物の切符に切り替えてそこでお別れとなりましたが、今度は横浜で会いましょうということになりました。
次は餃子漬けかな?
それにしても俺って韓国焼肉食べたあとほぼ確実に腹が緩くなっちゃうんですよね、、、。
キムチかなんかにアレルギーでもあるんかな。韓国とは相性悪いしな〜。w
それはお腹でした。
何となく具合がわるいなーと感じていたら案の定お腹が緩くて朝からトイレに二度座り。orz
駅には千葉のA先生が私と一緒に名古屋に新幹線で向かい、そこの高速バスターミナルから出るバスに乗らなければならないとのことで急遽タクシーを拾って大阪駅へ向かいましたが、その車内でも一抹の不安を抱きつつの移動でした。w
取り敢えず無事に駅についておみやげをつかむ暇もなく発車二分前の新幹線に飛び乗って何となくグッタリ。
やはり京都を通過したあたりからお腹が、、、、と言う具合になってまいりましたので初の新幹線内での「大」となりましたが、これがまた結構ムツカシイ!
車内では余り感じない揺れも便座に座って使用していると結構な「揺れ」及び「遠心力」を感じるんですよね。
結構手摺に捕まっていないと体を持って行かれそうで、、、。
尾籠な話でもうしわけございませんでした。w
さて、アッという間に名古屋に到着。
先生が直接東京へ向かって千葉へ移動する方法を取らなかったのは途中の路線が今回の台風八号の影響で寸断されたと言う箇所があり、バスを使ってアプローチするのが最善とのことで私と道中が一緒になったのですが、名古屋まで到着して一安心、ネットで予約されていた切符をすぐに本物の切符に切り替えてそこでお別れとなりましたが、今度は横浜で会いましょうということになりました。
次は餃子漬けかな?
それにしても俺って韓国焼肉食べたあとほぼ確実に腹が緩くなっちゃうんですよね、、、。
キムチかなんかにアレルギーでもあるんかな。韓国とは相性悪いしな〜。w
2014年7月11日金曜日
大阪で喰って呑んで・・・
今日は午後から上司の先生に病院の患者さんをお任せして大阪へ向かいました。
目的は大阪で焼き肉を食べ美味しいお酒を呑むことです。
リッチモンドにいた頃に研究でつるんでいた三人のドクター仲間+その先生の連れのドクター一人と大阪の乳腺外科学会が撥ねたあとに落ち合おうということで大阪へ。名古屋からはアッという間のアクセスで驚くほどです。
三時過ぎに病院を出たのに大阪の目的地周辺の駅には余裕で二時間前には着いてしまいました。w
仕方ないので近隣散策です。
散策開始して直ぐにここらあたりが天満宮の参詣道付近であることを確認。
太鼓の音のなる方へ近づいていくと、ド~~~ン、ド~~~ンという威勢のいい音とともに若い衆が六人一組で櫓の上に座り込んで太鼓打ちの練習をしていました。
時期的に、この夏の祭りとかに奉納するものかなと持ったんですが、近隣のそれっぽいおじさん達が集まってきていて、その練習を熱心に眺めていました。
更にそこから出て行き際にきづいたのはここには繁昌亭という寄席があるということでした。
本日の夜の部は桂福団治一門の寄せだったようですが私は今日は残念ながら時間がありませんでしたので、ここは泣く泣くスキップ。
また更に歩いて行くとこれはこれは、、、、と言いたくなるような懐かしい昭和の風景が出てまいりました。
所謂アーケード街です。ここは天神二丁目の天満宮参詣道通りのアーケード街のようでしたが、二人乗りの若い男女の自転車、切り売りのスイカ、道にはみ出した日常用品の即売、美味しそうなコロッケの屋台とその脇で大きな団扇で立ち待ちで並んでいるお客さん達に風を送っているオジちゃんなんかを見ていると、やっぱり住む機会があるんなら東京よりは圧倒的に大阪が良いな〜と思いましたね。
さて、この写真をとったところからチョットだけ進んだところにあったのが今日のターゲット万両です。
千葉大学のA先生、新潟大学のN先生とそのお弟子さんの女医さん、そして横浜市立のホープY先生と落ちあいましてこの中へスルスルと入りびっくりするくらい美味しい焼肉とお酒(マッコリ込み)を呑みながら二時間半の楽しい宴を過ごしました。
やっぱりアメリカで知り合って肝胆相照らす仲になった連中は日本に帰ってきても(・∀・)イイ!!ですわ。
次回は横浜ですな!
目的は大阪で焼き肉を食べ美味しいお酒を呑むことです。
リッチモンドにいた頃に研究でつるんでいた三人のドクター仲間+その先生の連れのドクター一人と大阪の乳腺外科学会が撥ねたあとに落ち合おうということで大阪へ。名古屋からはアッという間のアクセスで驚くほどです。
三時過ぎに病院を出たのに大阪の目的地周辺の駅には余裕で二時間前には着いてしまいました。w
仕方ないので近隣散策です。
散策開始して直ぐにここらあたりが天満宮の参詣道付近であることを確認。
太鼓の音のなる方へ近づいていくと、ド~~~ン、ド~~~ンという威勢のいい音とともに若い衆が六人一組で櫓の上に座り込んで太鼓打ちの練習をしていました。
時期的に、この夏の祭りとかに奉納するものかなと持ったんですが、近隣のそれっぽいおじさん達が集まってきていて、その練習を熱心に眺めていました。
更にそこから出て行き際にきづいたのはここには繁昌亭という寄席があるということでした。
本日の夜の部は桂福団治一門の寄せだったようですが私は今日は残念ながら時間がありませんでしたので、ここは泣く泣くスキップ。
また更に歩いて行くとこれはこれは、、、、と言いたくなるような懐かしい昭和の風景が出てまいりました。
所謂アーケード街です。ここは天神二丁目の天満宮参詣道通りのアーケード街のようでしたが、二人乗りの若い男女の自転車、切り売りのスイカ、道にはみ出した日常用品の即売、美味しそうなコロッケの屋台とその脇で大きな団扇で立ち待ちで並んでいるお客さん達に風を送っているオジちゃんなんかを見ていると、やっぱり住む機会があるんなら東京よりは圧倒的に大阪が良いな〜と思いましたね。
さて、この写真をとったところからチョットだけ進んだところにあったのが今日のターゲット万両です。
千葉大学のA先生、新潟大学のN先生とそのお弟子さんの女医さん、そして横浜市立のホープY先生と落ちあいましてこの中へスルスルと入りびっくりするくらい美味しい焼肉とお酒(マッコリ込み)を呑みながら二時間半の楽しい宴を過ごしました。
更にその後も二次会、更には3次会と河岸を変えながら飲み食べ歩きをしましたが最後には投宿先のAPAホテルへと帰投し熱い湯に浸かって沈没と相成りました。
次回は横浜ですな!
2014年7月10日木曜日
やっぱり時代は進んでいるな〜
少しづつではあってもやっぱりマシンやシステムの進歩というのは確実に進んでいますね。
それを感じたのが今回病院のラボで購入したTaKaRa-BioのThermal cycler DiceというqPCRマシンでした。
qPCRマシンというのはごく簡単に言ってしまうと遺伝子の発現の様子をRNAレベルで定量化してしまうシステムのことなのですが、RNA抽出、それのcDNA化、そしてそれを使っての遺伝子定量を簡単に行えるシステムです。
アメリカにいた頃はPerkinElmerの7500シリーズを使っていたのですが、実験が走っている途中に操作をするとソフトが停まってしまったり結構不安定なところがありました。
しかし今回使い始めたタカラのシステムの堅牢なこと、、、。当たり前のように何をしても停止したりはしません。
実際にマシンを使いはじめる時にソフトウェアを立ち上げて検討する対象のプライマーやオブジェクトを入力する段階でもやはり時間の経過に伴う「磨き」がかかっており、使いやすさには段違いの進歩が感じられました。
当然のように解析のレベルでもそれは当てはまっておりまして「素晴らしい」の一言でした。
本当に機械やシステムの便利さの進歩というのはとどまるところを知りませんね。
早く、簡便に、正確にそしてその結果を解釈するアシストシステムの進歩。
十年、五十年、百年、、、今我々がやっているようなことは高校生が当然のように授業中にちょろちょろっとやってしまうようなことになるのでしょうし、そうでなければなりませんよね。
アメリカの高校に行ってる娘たちも生物の授業で普通にPCRのことを習って実際に授業で実習もしますからね。
私達の高校生の頃とは雲泥の差ですよ、ほんと。
それを感じたのが今回病院のラボで購入したTaKaRa-BioのThermal cycler DiceというqPCRマシンでした。
qPCRマシンというのはごく簡単に言ってしまうと遺伝子の発現の様子をRNAレベルで定量化してしまうシステムのことなのですが、RNA抽出、それのcDNA化、そしてそれを使っての遺伝子定量を簡単に行えるシステムです。
アメリカにいた頃はPerkinElmerの7500シリーズを使っていたのですが、実験が走っている途中に操作をするとソフトが停まってしまったり結構不安定なところがありました。
しかし今回使い始めたタカラのシステムの堅牢なこと、、、。当たり前のように何をしても停止したりはしません。
実際にマシンを使いはじめる時にソフトウェアを立ち上げて検討する対象のプライマーやオブジェクトを入力する段階でもやはり時間の経過に伴う「磨き」がかかっており、使いやすさには段違いの進歩が感じられました。
当然のように解析のレベルでもそれは当てはまっておりまして「素晴らしい」の一言でした。
本当に機械やシステムの便利さの進歩というのはとどまるところを知りませんね。
早く、簡便に、正確にそしてその結果を解釈するアシストシステムの進歩。
十年、五十年、百年、、、今我々がやっているようなことは高校生が当然のように授業中にちょろちょろっとやってしまうようなことになるのでしょうし、そうでなければなりませんよね。
アメリカの高校に行ってる娘たちも生物の授業で普通にPCRのことを習って実際に授業で実習もしますからね。
私達の高校生の頃とは雲泥の差ですよ、ほんと。
2014年7月9日水曜日
看護師さんの夜勤
自分たちは当直で看護師さんの夜勤と重なることが有ります。
休日の夜勤などは結構支払いが割高になるらしいので看護師さんでもう少し稼ぎたいという人、子供さん達がお金のかかる進学の時期であるといった人なども結構夜勤に入れてもらうことが多いようなのですが、、、。
自分の当直の時に夜勤の看護師さん達と業務が重なるわけですが、夜に入る時間帯はともかく真夜中、そして朝の四時、五時という頃の看護師さん達の顔の変化というのはやはり疲労の色が深いです。
どんなに若い看護師さんでもやはり朝方会うと顔がつるつるに光っていたり、眼の中が赤く充血していたりというかんじです。ましてや中年以降の看護師さん達にとっては相当きついはずなのですが、、、。
こういうのは夜に強い人というのがいて確かに夜勤で疲れが余り出ない人というのは居るようなのですが、それでも重症者が多い日の夜などは業務も大変、一瞬たりとて仮眠をとることが出来ない夜なども有ります。
これを二十年、三十年と続けていくのはやっぱり健康には良くないと思うんですが、ということで長年にわたって夜勤を続ける運転手、警備員、看護師さん達の健康への影響と総合的な寿命への影響の調査が行われた研究を見てみると、、、。
ちゃんとありますね、そういったことを書かれているページが。
結局、色んな意味でありとあらゆる方向から「良くない」という事がわかりますよね。
特に病院毎にことなるナース・ステーションの脇にある休憩室のレベルが色々と違うので、疲れが取れないような作りになっているところであれば看護師さん達の健康は甚大な影響をうけることになります。
大変だよな〜、、、と言いながらそういったことをいい歳こいてやっている自分もいるわけですが、、、。
休日の夜勤などは結構支払いが割高になるらしいので看護師さんでもう少し稼ぎたいという人、子供さん達がお金のかかる進学の時期であるといった人なども結構夜勤に入れてもらうことが多いようなのですが、、、。
自分の当直の時に夜勤の看護師さん達と業務が重なるわけですが、夜に入る時間帯はともかく真夜中、そして朝の四時、五時という頃の看護師さん達の顔の変化というのはやはり疲労の色が深いです。
どんなに若い看護師さんでもやはり朝方会うと顔がつるつるに光っていたり、眼の中が赤く充血していたりというかんじです。ましてや中年以降の看護師さん達にとっては相当きついはずなのですが、、、。
こういうのは夜に強い人というのがいて確かに夜勤で疲れが余り出ない人というのは居るようなのですが、それでも重症者が多い日の夜などは業務も大変、一瞬たりとて仮眠をとることが出来ない夜なども有ります。
これを二十年、三十年と続けていくのはやっぱり健康には良くないと思うんですが、ということで長年にわたって夜勤を続ける運転手、警備員、看護師さん達の健康への影響と総合的な寿命への影響の調査が行われた研究を見てみると、、、。
ちゃんとありますね、そういったことを書かれているページが。
結局、色んな意味でありとあらゆる方向から「良くない」という事がわかりますよね。
特に病院毎にことなるナース・ステーションの脇にある休憩室のレベルが色々と違うので、疲れが取れないような作りになっているところであれば看護師さん達の健康は甚大な影響をうけることになります。
大変だよな〜、、、と言いながらそういったことをいい歳こいてやっている自分もいるわけですが、、、。
登録:
投稿 (Atom)




