2024年2月5日月曜日

中国人の看護師さん

勤めている病院には既に数か国の異なる国からやって来ている看護師さんやヘルパーさん達が居ます。

今まで一番多かったのはフィリピン人のヘルパーさんだったのですが、結構な割合でターンオーバーを繰り返していきますし、時間にゆるい人が多くてなかなか日本の風土には馴染めないというのが私の見立て。

他にはネパール人のヘルパーさんが一瞬だけいましたが直ぐに消えてしまいました。やっぱり若い子達は職場で働く仲間が少ないと余り続かないみたいですね。ベトナム人の集団も居たのですが、今はほぼ無し。タイ人は皆無。

そして今、病院の中でメインの外国人として働いてくれているのが中国人の若手看護師さん達です。他の県や他のエリアの他の病院がどうなっているのかは正直知らないんですが、少なくともこの看護師さん達は基本的に「真面目」な若手が多いです。

ビックリするほどの日本語速習能力はその若さと真面目さ故か?そして仕事の内容の把握も早くて正直な子が多いです。患者さんに対する応対・接遇も名古屋弁のみならず、いろいろな田舎の方言でボソボソ喋るお爺ちゃんお婆ちゃんの質問にもきちんと答えるのを見ていると本当に大したもんだわいとオジちゃんは感心するのでした。

その中国人看護師さん達の一部はこの春節に田舎に帰る子が少しだけ居るんですが、主に瀋陽からきている子が多いようです。数日帰る子も居れば、3週間の休暇を取る子も。中国で正月と言えば基本的に今でもしっかり旧正月が基本であって、西洋諸国の正月など基本どうでも良い感じ。

何と言っても「数は正義」ですから、中国人といわれる世界の人口の約二割を占める人達の習慣はいろんな意味で標準の一つになってしまう訳です。そんなこと言ったらインドもほぼ中国と同じ人口になってしまいましたので、この二か国で世界の人口の4割弱になってしまうという恐ろしさ。w

21世紀はしばらくはこの二か国の割拠の時代が続くんでしょうね。

さて、この中国人の看護師さん達。近未来に日本に住み続けるのだろうか?というのが私の最近の小さな疑問。いい人達なら日本の国籍とって住んで貰って全然良いと思うんですけどね。



2024年2月4日日曜日

患者さんを切り捨てる時

バイトに行っている在宅診療の病院で極マレではありますが、病院側から患者さんに向けてお別れを言う事があります。

何のことか良く解らない方もいる方も居ると思いますが、これは病院に定期的な在宅医療の診察を依頼してきた患者さんに対するサヨナラ告知なのです。一般的に病院側は一旦受け入れた患者さんを特別な理由も無しに切り捨てたりする事など有り得ません。

そこはまさに紳士協定のようなもので、診療が大変な患者さんであろと病院側としては患者さんとその家族には最大限の誠意を尽くして少々の困難があってもその方から「お断り」等というこれまた稀なリクエストが入らない限りは患者さんの事を見捨てることはありません。

それが結局は病院の信頼というものに繋がる訳で、そういう一軒一軒からの依頼の丁寧な診察と評判が最終的には病院全体への信頼と評判を築いてゆく事になります。

そのような事を考えると、通常は病院側から見て「困った人だな~」と思えるような患者さんであっても、本当に実務上の我慢の限界まで我々は我慢するのですが、常軌を逸したクレームによる継続的な非難中傷、薬やアルコールでラリった状態で延々と病院に電話を掛け続ける人、いわゆる精神的な疾患が理由なんでしょうが被害妄想をもとにあり得ないような話を語り続ける人、不安障害などが盛り上がって、直ぐに、そして何度も救急車を自分で呼んでは救急隊やその搬送先の病院に迷惑をかける人などは院内で責任者が集まった上でサヨナラの告知をしているようです。

「しているようです」というのは最後のステップのサヨナラの電話や通知書の送付のところには私は関与した事が無いから。

ところが、こう云うnoticeを出すと、半狂乱になって「患者を見殺しにするのか」とか「法的な根拠も無く我々を切り捨てるのは違法だ」等と電話口で延々と怒鳴り続けたり興奮状態になったりする人が居るらしいのですが、病院はその重大決定に至る迄に十二分にそこに至った経緯や経過を書き込んでいますのでまず何の問題も起きません。

訴えてやるという捨て台詞を残して電話を切る人も居れば、明らかにソレと判る人からのウェブ上での書き込みなどがある事もしばしばなのだそうですが、実際に訴えられた事はありませんし、理事長はその手の書き込みなんて言うのは屁とも思っていないようで完全無視なんだそうで…。

世の中「変な人」って思っていた以上に沢山いるんだなというのがバイトに出てきて理解した新鮮な発見でした。w

2024年2月3日土曜日

字が下手で下手で・・・

字を書く事にコンプレックスを感じる人は一定数居る筈です。

ココにも何度も書いてきましたが、自分が字が下手でどうしようもなくその事が嫌だという事を何千回と自分自身で日々感じさせられる日々です。

病棟でも学校でも、周りに美しい字や達筆では無くとも魅力的な字を書く人が居ると思わずその字体に見とれてしまいます。必ずしも達筆でなくとも魅力的な字を書く人は世の中たくさん居るというのが私の考え方なんですが、その何れにも引っ掛からない碌でも無い字しか書けません。自分で見ていてテンションが落ち続けるような字と言えば言いのでしょうか。

世の中には良く「いや~、本当に私って字が下手で恥ずかしいです」とか言う人居ますけど、私にしてみれば嫌味にしか聞こえません。恐らく私の字は字が書ける人間の中で下手な人の中の下から1%位じゃないかと思ってるんですけど、何ともならんですね。

死亡診断書を書く時だけは物凄く慎重に丁寧に心を込めて書くのですが、それでも出来上がった診断書を見直して「下手だな~」と改めて思うばかりです。

ササッとペンを取って素晴らしい達筆であらゆる文章を書き連ねる人を見ると「何だか生物としてのランクが違うorz」という感じ。自虐的ダメ人間感の炸裂です。w 正直物凄く羨ましいし、次に生まれてくることがあれば美しい字を書ける人に生まれ変わってきたいです。

丁寧に心を込めて書けば如何なる字も何とかなると思いたい私ですが、目の前の紙に書きつけられる己の悲惨な字面を見ると心を乗り越えて覆い被さる我が手の悲惨さよと改めて心折れるのでした。

PCで何でも済ませる時代になってもやっぱり手書きの字の味というのは永遠の宝物だと思います。(それを持っている人にとっては!)


2024年2月2日金曜日

別の新年会を連続で開催

今日は昨夜に引き続いて病院の事務系職員等を連れて栄で新年会をしました。

若手に「新年会をしましょうよ」と言われたので、それじゃあという事で私の方からあるもつ鍋屋を提示したのですが、彼の方からは別のもつ鍋屋を示してきましたので、そちらのアイディアに乗りました。

事務方の重要人物二人と他のディビジョンの中堅と飲みましたが、栄のもつ鍋屋に行く為に私自身はまず病院をさっさと出た後に家の車庫に車を収めて家に一瞬だけ戻ってから藤が丘駅に向かいました。バスの停留場の傍に待っている彼らを認めて手を振るとササッと走り寄ってきました。

さあ行こう!という感じで地下鉄に飛び乗って栄へ一直線。降りてそれほど離れていない所にその店はありました。お店に入ると直ぐに生チューを頼んで即乾杯。ドでかい鍋のもつ鍋も直ぐにやってきました。
そこで始まった話は新年会には直にはそぐわない様な病院における種々の問題に関する真剣な討論と対応の方法論の検討。彼らの現時点での院内の現実の把握のレベルと今後に対する対応検討へのアイディアは聞いていてなかなか良く現実を切り取っていたし、対処法もかなりリアリティがあって頼もしく感じられました。

あとは院内に残っている仕事の出来ない退職間近の「名ばかり上司」の妨害をどうやって排除するかという一点に問題は集約される感じですね。こういうdominant negativeの存在はどういった組織にも存在するものですが、組織を完全に滅亡にまで導くレベルの奴からその存在が組織によって速やかに排除されるものまで種々のパターンがあります。

結局は組織のトップの見識と器がその長期的運命を左右するのでしょうが、私の勤める病院は10年後にどうなっているんでしょうか?

期待と不安が入り混じる…というのはこの事です。

この後は二次会にも行って少し飲み食いを重ねましたが、今度は一次会とは違って打ち解けた話に花が咲きました。しかし、二つとも私の全払いだったので少し財布が薄くなりました。w

あと、家に帰ってきてからよく考えたら手袋を無くしてしまった事に気がつきました。仕方ないですが。

2024年2月1日木曜日

合格祝いと昇進祝い

今日は突然でしたが夕食を焼き肉にしてお祝い会を開きました。

病棟で仕事をしていたところ、昨年から働き始めた若い男の子の准看護師が声を掛けてきました。「先生、何時お祝いをして頂けるんでしょうか~」と。

彼が正看護師になるための学校に合格したことを少し前に直接伝えられていたのですが、その件に関して食事に行こうか?と軽く言っておいたのですが、彼自身は何も言わずに随分待ち望んでいた様で、その場で藤が丘の焼き肉に電話をしてみたのですが、誰も出ないので検索をしてみるとGoogle Map上で「閉店」の告知が・・・。

おやおやと思い直ぐに何時も良く行く別の焼き肉店をコールしてみると幸いにも木曜だからなのでしょうか店が予約出来ました。ところが、この一連の手続きを脇で見ていた師長が「先生、私の師長就任祝いは未だなんですけど~」と横からリクエストを入れてきました。仕方ありませんので彼女も一名追加という事で焼き肉屋を6時30分集合で予約。

寒空の下三人とも仕事を終えてそれぞれが車に乗って店に馳せ参じました。

肉とご飯とソフト・ドリンクを若い彼がありったけ注文し、それを焼きながら近況や未来の希望に関して話を聞く良い機会となりました。しかし、しかしというのが話の落ち。

師長のほうの話は大したことのない至って普通の苦労話だったのですが、物凄かったのはその正看護師になるための学校に合格した子の苦労話。何というかもう自分の育ってきた今までの生活背景からは想像もつかないような暗くて救いの無い話のオン・パレード。

師長と話を聞く側になりましたが、それを陽気に話す彼の姿を見て何も言葉を返せず部屋の一点をじっと眺めるだけでした。こんな重い、暗い、救いの無い話をよくこんなに明るく話せるなと彼の顔を見ていて思ったのですが、一言「よく笑って話せるね」と尋ねたところ「いやあ、もう笑って話しでもしないととてもやっていけませんもん」との返答。

なるほど、そういう対処法もあるねと心の中で感じたのですが「この子は意外と魂の根っこのところで根性があるのかもしれん」と彼を見直した瞬間でした。今後とも彼の事は陰でじっと見つめてその成長に期待したいと思います。彼の良いところは常に患者さんに優しく寄り添えること。きっとその優しさと強さがリンクした時に良い看護師が生まれるのではないかと思います。