2014年5月11日日曜日

寝るということ

人生の約3分の1は寝て過ごすのが平均的な人ではないかと思います。

赤ん坊の頃はその一日の殆どを、幼少時から小学生の頃もやはり長く寝る。中学になってくるとテスト勉強なんかで寝る時間を惜しんで勉強するということもありますから更に睡眠時間は短くなります。
その傾向は高校も続きまして、多分受験をする人にとってそういった短めの睡眠時間が多かったのではないかと思います。(まあ、その分高校の授業中にこっくりこっくりするなんてことも多かったのでトータルではどうなんだかよくわかりませんが。w)

しかし、どういうサイクルで寝起きするにしても、睡眠時間を「健康と言える体調」でざっくり削れるのは二十歳から三十歳前後までではないかと考えてます。
この時期を過ぎてくると明らかに翌日に調子の悪さが残ったり、週末にグッタリ来てやたら長く寝たりなんていうことがだんだんと増えてきて、風を引いたりとかいうことも、、、。

しかし仕事をしていると、この時期から四十歳を超えた当たりまでは実際の日常の仕事では「多忙」ということが増えてきますからなかなか寝る時間が取れないことも多くなってきて、その結果老化を加速、、、なんてことになっていくんだと思います。

このジレンマを乗り越えるにはメキシコの片田舎でのんびりと川魚の漁師でもすればいいのでしょうか、、、。 いや、そこではそこの生活の厳しさがある訳で、、、。 まあ、文句を言わず淡々と働きます。w

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2014年5月10日土曜日

坂の上の雲

昨日今日とネットで坂の上の雲を観ています。

いい時代になったものです。いつでも少し空いた時間に何かをしながらモニターの横で次々に一話、二話と観ています。
しかし、それにしてもこの前後の時代の日本の激動の振幅のデカさといたら空前絶後と言う言葉でしか表せないほどのものですね。司馬史観に基づく小説とはなっていますが、その記述はその中において概ね真実。

「国家の存亡」を賭けて戦うということはこういう事なのかと、胸が熱くなります。
負けたら占領され、やっと芽吹いてきた近代国家の萌芽が全て摘み取られるという真の恐怖に追い立てられての必死さが全編から震えるように伝わってきます。「自分の愛す美しい国」が無くなるという事がどういう意味を持つのか本当に皮膚感覚で理解していたのはこの時代の人達だったのではないでしょうか。

この時代に多くの事が日本人の手によって奇跡のように成し遂げられたかの様な事を言われますが、実際はそれを成し遂げることが可能となるだけの「人的資源」が十二分に揃っていたということがその成功の第一要因であったことは誰も否定出来ないでしょう。

今も昔も、この日本は人的資源こそが第一等の宝。資源が無くとも、人と教育とが正しく存在する限りこの国は前に進み続けることと思います。「正しくある限り」ですが、、、。
先日も書いたような、Oさんの様な人間がシステムの上の方で跋扈するようになってきたらその輝きにも陰りが出ようというもの。厳しく排除していくしかないでしょう。

それにしてもポーツマス条約の真実を当時の民衆が理解するのはほぼ不可能だっただろうな、、、。

本当の軍人は戦いの本当の悲惨さを最もよく知っている人達。その一発が何をもたらすかを知り戦火の火蓋さえギリギリまで切らないものです。戦争を知らないどこかの国の指導者が不正から国民の目を逸らすために仮想敵を作ってそのベクトルを曲げようとする愚かさを悔いる時が来ないことを切に祈るのでした。

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2014年5月9日金曜日

銀行の印鑑

銀行の印鑑がどれか判らなくて困っています。

なにせ20ほど前に名古屋に来た時にセットアップしたもので、通帳は東海銀行がまだ入ってくる前の東京三菱銀行となっています。こういう古いものですから、6−7本ある自分名義の印鑑のうち一体どれが自分がこの銀行のセットアップに使用したものか思い出せず、カード会社との間で手紙のやりとりを繰り返しています。

何というかもう本当に勘弁してくれと言いたいのですが、どうしても印鑑文化の日本だとこういったことで躓くことになります。サイン文化のアメリカから帰ってくるとこの印鑑文化の異様さに辟易するというのが正直な所。
郷に入っては郷に従えということで、日本に帰ってきたからにはこれに従うしかありません。orz

ああ、また近所のUFJに詣でて自分の印鑑を確認してこなければなりませぬ、、、。

もう一つカード決済に関する愚痴。
アメックスを使う日常なのですが、この日本のアメックスがアメリカとは似ても似つかぬ不便な代物なのです。基本的にウェブ上での簡単な決済ができない!本当に出来ない!ビックリするのはこのクレジットカードにおけるウェブの役割は基本的にはどこで何時いくら使ったのかを示す「ウェブ上の通帳」としての役目のみで、使用金額と次回のお支払い額の指示のみ。
あとはしょうもないポイントの表示やイベントの案内などがあるにはあるのですが、最も大切な銀行口座との接続による随時の支払い機能がないというのは痛すぎ。これって小切手の文化が無いからかな〜?

アメリカのアメックスサイトのように、支払いから何から「全て」ウェブ上で済ませられるように是非、そして至急にサイト構築してほしいものです。

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2014年5月8日木曜日

Oさんの事

今回のSTAPの事は発見というよりも結局のところSTAP騒動とかSTAP捏造事件という名称で長く記憶されるような出来事になりそうな予感。

結局、理研の方も遂に最終の報告書を出してきたが如何にも遅すぎた感は否めない。理路整然とOさんの論文とその捏造、反論に対して一々切り返しはしたものの、途中で審査委員会の面々の中の論文自体にも疑義が挟まれることとなり「Oさんの論文のイカガワシサ」とは別の次元で問題が変な方向に行き、こうやって結論を出すのがおくれてしまうという体たらく。
メガトン級の金を使って組織を走らせている割には組織の中の人達のポリティカル、エティカルな対応の貧相さが目立った、「極めて日本的な」幕引きとなってしまったのが残念でならない。

前にもこの件に関して述べた通り、今回の事件は本当に日本にとって科学の質を高め、褌の紐を締め直す千載一遇のチャンスだったのに結局はそういう風には今回の危機を使えなかったということになってしまいました。

あとに残ったのは結局、後味の悪い幕引きの余韻と、今後やってくるであろう科学予算への冷遇、そして更にはその中で更に冷や飯を食わされることになると思われる30歳から40歳前後の若手科学者たちへの厳しい予算配分。
それにもまして最も長期的に影響を受けるであろうことは「サイエンス」に対する日本の少年少女たちの漠然とした拒否感なのではないかと危惧しています。

特にこの最後の部分に関してはかなり「破滅的」な破壊力をもたらしたのではないかと感じるのですが、、、。orz

Oさんのやったことは、我々から見るとサイエンスの質としては実際には目も当てられないくらい酷いものですから、既に1ヶ月前の時点で勝負はついていたことで今更議論することでもないお粗末なものですが、社会的影響とサイエンスへの影響の大きさを鑑みると全く洒落になっていないです。本当に。

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2014年5月6日火曜日

昔のラボに行ってきた

今日は連休の最終日。

今までの懸案だった昔のボスの居る名大のラボに行くという目標を達成することにしました。
という訳で、朝の回診を終了させた後バスと電車を乗り継いで10年振りの鶴舞公園へとやってまいりました。
昔々の大昔、このすぐ脇の狭間町というところに住んでいました。
長女も長男も小さくて、次女など影も形もない頃でしたが、当時は長男がここの池にやってきてはフルチンで泳ぎ遊びまわっていたのを覚えています。w
それから既に15年以上経ちましたが、こうやって名古屋に帰ってくるとは思ってもいませんでした。やっぱり何か縁があったのかな。

上の写真の噴水の脇を通り抜けて直ぐに病院の方へいきました。昔はまだ病院の折り鶴の形も両翼が揃っているわけではなく、向かって右側の羽の部分があるだけでした。

基礎棟のビルもすっかり新しい姿になってしまっていて、入り口がどこかも最初はわかりませんでしたが、そこらあたりを歩いている若手の研究者っぽい人に元教授の名前を言ってXX教室は今どこかということを伺ってビル内に入って行くと、部屋の中には何と昔大変にお世話になったK子先生がいらっしゃいました。
先生御自身も驚かれましたが、私も懐かしさの余り思わず二人で熱く語り合ってしまいました。そこに暫くすると昔お世話になった教授も帰ってこられて更に話はヒートアップ。どれくらい話しに時間を費やしたかわかりませんが、気づいた時には腹が減ってしまうのを実感するまで続いて、最後には皆で近所の蕎麦屋に揃って行った挙句そばを奢っていただきました。w

それでもまだまだ話すネタは尽きず、また話をしようということになりました。

今日はゴールデンウィークの最終日でしたから、元ボスの教授も「もしかしたら」居ないかもしれんな〜、もし居なかったら「トッツァンも堕落したな〜!」等とほざいて帰ろうかななどと考えていたんですが、(内心では99%の確率で居ると思っていましたが。)やっぱり確率的に私のベットは勝ち目がなかったようです。

やっぱりこういう生真面目に淡々と働く人間が居る限りは日本のサイエンスはまだまだ大丈夫かな、とも考えるのですが先生方の話を伺った所、どうも日本のサイエンスの未来はそう単純に明るいものではないというのが先生方御自身の実感であるようで少し暗い気持ちにもなりました。

帰りには少し名古屋駅の方へ足を伸ばし、高島屋の11階にある三省堂で医学書を買って家へ戻りました。

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