趣味の陶器集めにも関係してくる話なのですが、ここアメリカに住んでいて日頃長い間不思議に思っていたのは、日本には何故大規模で組織的なスリフトショップが無いんだろうということでした。
ネットで検索してみると、形態は違うものの日本でも「リサイクルショップ」がその中古品売りという意味では似たような役割を果たしているんですね。二十年近く日本に居ない間にリサイクルショップが大きくその地歩を固めているのに驚きました。
ネットで検索をかけると、比較的大きなリサイクルの店がポコポコと引っかかってきます。(勿論、ここで私が論じているのは質屋ではありませんし、質屋はここアメリカでもちゃんとpawn shopとして独立して存在していますので、それとは違います。昔これが質屋と知らずに一瞬ポルノショップと間違えていた恥ずかしい過去がありますが、、、。(´・ω・`))
しかし、、、よくみてみると、これらの日本のリサイクルショップといわれるところは基本的に物を査定して買い取ってから(要するに不要品などを中心に企業や個人客から物を買い取ってそれを高く売るという普通の商行為)それを店頭に並べ直しているというもの。もしそうだとすると、日本にあるリサイクルショップというのはアメリカ版のスリフトショップであるサルベーション・アーミーやグッドウィルとは全く別もんだなと言うことになってしまいます。
ですから自分がイメージしたスリフトショップというカテゴリーへの強引なはめ込みはまあ間違っているわけで、、、。純粋なアメリカで使う意味でのスリフトストアって一体どれくらいあるんでしょうか。
その2つのシステムの大きな違いは、アメリカ版のスリフトショップが基本的に「ドネーション(寄付)」をベースにありとあらゆるものをただで受け入れてそれに値を付けて売りに出しているということです。寄付によって寄付をした人が得られる見返りといえば、年度末の税金からの控除なんですが、沢山寄付の品々を持ってきたところでその控除額なんていうのは実際は結構微々たるものです。本来そこを純粋に狙ってこれらのスリフトショップに物を持ってくる人達は基本あんまりいないとおもいます。あくまで個人的な感触ですが。というのも、寄付の品を降ろした後なんかに貰うカードとかの証明書もあるんですが、それを受け取る人あんまり見ませんし、、、。
じゃあ、その他にはこれらのスリフトショップは一体どうリサイクルショプと違うのかというと、基本的に多くのハンディキャッパーの職の受け入れ場所となっているのです。ハンディといっても身体、精神障害に限らず、犯罪歴があるために定職に付けない人、シングルマザー、リタイアした軍人などなど、様々な意味でハンディと呼ばれるものをバックに背負った人に職業訓練を施し社会への更生と送り出しをしている機関といってよいでしょう。
本当にびっくりするのですが、日常的に次々に車が裏口に停まっては要らなくなった食器、服、おもちゃ、本、電子機器、レコード、CD、家具などありとあらゆる物をを次々と下ろしていきます。なかにはわざと高級なものを高く値付けされることを狙って置いていく人達も当然居ます。(こういったものはスリフトストアの中でもガラスケースなどの別コーナーに置かれたりします。)
そういうことですから、これを売るスリフトショップの方の元手は通常タダなんですね。これにプライスタグをつける作業がバックヤードで行われて、更にそれを棚に並べられて利益が出て行くという仕組みです。
日本にあるんでしょうか。いいと思いませんか?こういう仕組み。しかも大規模で全国津々浦々に散らばる仕組みが。もし無いんだったら始まってもいいような気がします。それが社会の「真の」弱者に「自立する手立てとしての訓練と職業と自信を与える」という営みを通じて助けているのであれば。
政府の方も訳の解らない宗教団体やNPOに意味不明な優遇をするよりよっぽど目に見えた賛同を受けられると思うんですけどね。
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