勿論、中学生から「自分で」始めるなどという子は実際は多くの場合親も関与しているわけですが、高校生くらいになってくると学校からのサポートもしくは自分から進んでそのようなキャリアデベロプメントの機会を探すわけです。
キャリアデベロプメントの取っ掛かりとしてほぼ必須のものとして、一般的にはボランティア活動やスポーツ活動が多いです。その中でも特にボランティア活動は多岐に亘るプログラムが準備されており、消防署、図書館、美術館、小学校、キャンプのアシスタント等々、ありとあらゆるものがあります。勿論、中にはいわゆる「超一流校」に入るためにしたくもないことを黙々と、淡々とこなす若者たちも居ますし、私立の高校などではボランティア自体が完全に学校教育の一環として自動的にプログラム化されているところも沢山あります。(特にプレップスクール等)
結局大切なことは、強制で始まったにしても、自分の意志で始めたとしても、将来の経歴云々とは無関係に純粋な気持ちで始めたとしても、そういうボランティアのシステムが社会の中で必要不可欠な歯車としてアメリカを支えているという事実です。また、そういう事をいやいや始めたとしても、やっているうちにその必要性に本当に目覚める子供達も少なからずいて、今度は自分から喜んでそういうものに没入していく子供達もたくさん居るということ。
そういう「チャンス」が「自然に」かつ「システマティック」に若者たちに与えられているという状態は本当に好ましいことだと僕は思います。要するにそれを選択するのはまさしく本人の意思次第!したくなければしなくていいけど、その人達は社会の中で将来リーダーシップを求められるようなキャリアを築くことは「少なくともアメリカでは」難しいと見做されてしまいます。
この国は結構そういう点ではドライで、準備の出来ていない人間には資格を与えてくれません。何のかんの言っても、時間をかけてその準備をしてきた人間にしかそのチャンスを与えないのです。ですから、物凄い能力があって、そんな事前の経験など必要なくて、一から自分で築きあげるなんていう一部の人を除けば殆んどはそういうガイダンスが必要なわけです。
実際、多くの一流大学では「勉強以外の何か」が出来ることが物凄く重要で、「勉強は出来て当然!で、それプラスアルファであなたの中で光るものは何?」というところで選択されます。一芸が強烈に秀でる、もしくは大きな夢があってそれに向かってこんなことを自分でしている、なんて言う子はトータルのテストスコアが満点の8~9割に満たなくてもやっぱり「望まれて」合格するのです。逆に言えば、紙の上のテストで満点をとっても、それだけではほぼ絶対に受かりません。何故なら、「その子に光る何か」が無いから。
SAT満点でハーバードに受からない子なんて結構普通です。そこが日本とアメリカでトップの大学から輩出されるリーダーシップを持つ人間の「パーセンテージ」が違う理由なのかも知れません。
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