2026年8月31日月曜日

教授選考の時期

再び教授選の季節が巡って参りました。

毎年毎年、日本全国でいろいろな大学のいろいろな教室が教授募集をかける訳です。文学、理学、医学、哲学、農学、その他諸々の科目の数えきれない程の教室で多くの人物達が定年退官を迎える事でその空きを埋めるために多くの人物達がそこに応募をかけていく訳です。

応募した人物は徹底的に、かつ多角的に人品骨柄を見極められることになる訳ですが、医学部の場合は少なくとも周りの教室との関係性、医学部長や前任者の意向、応募してくる大学間の力関係、その教室が保持する病院の数や規模、そしてそれらの病院に関連する大学の入り乱れ具合など訳が分からないほど複雑な要素が絡まってきています。

勿論、とてつもない業績があれば否が応でも教授なんかにはなり易いのですが、とてつもない業績があっても人間がとんでもない…というパターンも稀ならず有って、そこら辺りが教授選考を別の方面から難しくします。

しかも、医学部という所は恐らく他の学部以上に自分の大学出身者を「なんとか」優遇しようとしますので、Cellを二報first authorとして書いた人よりも、誰も読まないような国内雑誌や学内報を沢山出しているような人が選ばれちゃって学内からも「おい!w」というような事が行われることもしばしば。なんやかんやと屁理屈をつけて学内出身者を優先し続けるような日本の大学はこうやって沈んでいくのです。

他の大学と交流せず、おらがとこの大学を出た奴を先ず第一にしとかんと、次の教授選考もその大学から人が流れてくるかもしれんし、いずれ関連病院をそいつの出身大学の連中が乗っ取るかもしれん、等と言う名目でそういう「やらかし」を続けるんですね。

今の時代、教授になるメリットなんて老後に割り充てられるどこかの病院長くらい。気苦労多く、自分の教室に魅力が無くて人が来なければそれで終わりという時代です。

昭和の時代の白い巨塔のような事は今の時代、もう無いんです。

日本医師会のトップにいるような芸者好きのバカ男達がやるような政治ゲームが好きな連中はほぼ100%医学的実力や実績なんて何もない連中で、己の財布と老後に貰う政府が呉れる勲X等何とか章とかいうメダルを葬式の時にその棺の前にメダルと賞状を飾りたいだけの屑ばっか。w

本当に医学に貢献する連中は何とか会の会長とかで時間を潰す暇なんてありません。

一流の人間は研究と臨床と教育という巨大な三本柱に毎日自分を捧げて実力に磨きをかける事で精一杯。皆さんの命を預けられるのは「何とか県医師会」の会長様達では無くて、いつも大学や病院で走り回っている人達のほうです。

そんな一流の人達の中で、研究・教育・臨床の三本の柱を磨いて次代の人材を養成し、エリアの臨床レベルを底上げしたり治療法を改善できる人達であればいくらでも教授になっていただいて、人類を救って欲しいものです。

そうでない人で、名誉が欲しいだけの人なんかは手を挙げないでね。^^

理由は簡単、そんなヤカラが教授にでもなったら、その後に広い範囲で周りが長い間迷惑を被るからです。是非。身の程を知っておやめください。

2026年8月30日日曜日

劇団四季:オペラ座の怪人を次女と一緒に観に行きました

実は今日生れて初めて劇団四季の公演を観に行きました。

実は誕生プレゼントにと言って2か月ほど前に「パパ、もしチケット買ったら行く?」と殊勝な事を言ってきたので二つ返事で「行く行く~」と返事をしました。

こんな事を次女からオファーされるなんて事は先ず滅多にない事なので、それだけで私はウキウキ・モード。ところが、実はここからが大変だったとの事でした。暫く前にあった名古屋の劇団四季専用劇場の杮落しから後、本当にギチギチに先の先まで埋まってるような状態なんだそうです。

これは熱いファンが何度でも観に来るし、初めて観に来るような名古屋の人達もまだまだたくさんいるのだと思います。更には県外の熱心なファンの方々は距離など関係無しに名古屋くらいならいくらでも観に来るでしょうし、今回名古屋に作られた劇団四季の専用劇場自体を視察に来たい熱いファンがおられるでしょうから、暫くはチケットを取るのは大変だと思います。
生れて初めての劇団四季、生れて初めてのオペラ座の怪人。行く前にAIにオペラ座の怪人のポイントを聞いていきました。(次女には呆れられましたが。w)劇団四季と言えば私にとっては浅利慶太と世田谷一家殺人事件の犯人が出始めて日本でやっと本格的になり始めたばかりのネット・システムでの四季のチケットの検索をしていたことが記憶に残っています。

さて、現場に到着したのは30分ほど前でしたが、駐車場があまりなくて5分ほど車でうろうろした後に最終的に意外と近くに発見して娘と直ぐに劇場内へ。
開演前は写真を撮って良い実に短い瞬間でした。
娘が電子チケットを提示してくれて何の問題もなく中へ。別に持ち込みのペットボトルもそのまま持ち込めました。
本日のメインの出演者達。
18番の12、13という結構良く見える席で期待が高まります。その上で今日はどういった導入で始まるのだろうとジッとしていたら、会場がスーッと暗くなったかと思ったら直ぐに始まりました。
始まると圧倒的な声量で豊かに表現されたそのストーリーは期待をある意味大きく超えて素晴らしいものでした。これなら会員になって何度も来る人も当然いるだろうし、涙を流す人もいるだろうなと自然に思えるのでした。全体の粗筋を把握したうえで行って良かった。そして、四季の公演を観る事が出来て良かった~。^^(NYとかのThe Phantom of The Operaも観たいなと素直に思いました。)

帰りの車の中では娘に一言「ありがとう!」と素直に言えました、珍しく。w

2026年8月29日土曜日

そろそろ夏休みの宿題は?

私はこの時期になると夏休みの宿題を思い出します。

私は今も昔も根っからのズボラで、夏休みの宿題は夏休みの初日にほぼ半分を済ませ残りはほったらかし。8月27日くらいから超焦りだすのですが体は動かず。8月30日くらいになって残りの分を「なるべく」済ませます。

なるべくと書いたのは毎年必ず間に合わずに始業式に行われる宿題回収では先生からげんこつを頂くというのが毎年恒例の夏休みの儀式になっておりました。それでも実はその宿題サボりにもコツがありまして、厳しい先生の宿題はなるだけ頑張って済ませる事。図工の宿題はしていないと点数が付かないので頑張って作る(どっちかというと好きだったので苦にはなりませんでしたが)というのがコツ。w

小学生なりの傾向と対策とでも言いましょうか、9月も4日くらいになると次第に先生自体も夏休みの宿題の事など忘れ気味になってきまして、何も言わなくなってきます。それまでは毎日毎日出していない宿題の科目の先生の授業時間が来るとびくびくびくびくしていたものですが、流石に4日や5日になると先生のほうも「まさか出さないまま夏休みを終わってしまった生徒」がおるとは思ってないのか、もう宿題の事は言わなくなります。

ここまで来ると私の勝利。実際は宿題をしない事で勉強をせずに割を食うのは自分自身なのですが、そこは知恵の足りない愚かな小学生であった私。苦しみから逃げた事でラッキーという事になって楽しかった遊び満載の夏休みの終了となりました。

日本中の「宿題を済ませていない小中学生諸君」の事を考えると実に当時の自分の事を思い出し、かわいそうになります。アメリカにいた時には娘達には休暇中の休みなど全くありませんでした。そう考えると、夏休みだからと言っても休むことを許されない子供たちはなんだか気の毒に思えます。

宿題済ませてなくてもまあ、死ぬほどの事はありません!大人になった時に先生も含めてそんな事誰も覚えておりません。w

2026年8月28日金曜日

同じ看護師なのに

当直をしていると、日勤夜勤に関わらず電話がかかってきます。

しかし、業務の忙しさ自体も、電話のかかってくる頻度も日によって大きく異なります。その変異要素の多くは実は病棟のイベントの差ではなくて病棟に勤めている看護師さん、そして最も大きなファクターは当直の師長に因ります。

その差はびっくりするほどのもので、本当に自分のほうで判断して種々の問題を解決するタイプの看護師さんや当直師長であれば、当直の時間中に本当にいろいろな自分自身の雑務をこなしたり、病棟の残り仕事を片付けたりできるのです。

ところがどっこい、その反対の方々の時は…。

本当に自分で判断する訓練をしてこなかった人間のすることは、どの職位にあろうと残念なレベル。緊急性を要する判断は当然医師にその責を負わすことが必須ですが、それは通常誰にでもできる事。ところが、判断能力を養ってこなかった人達は「なんでも」投げつけてきます。まさに何でも。

しかも時間も全く関係なし。少なくとも今聞くことでは無いよね?という事を時間に関係なく問いかけてきたり、逆に「それ今になって問いかけてきたら遅いでしょ!」なんて事を平気でやってくれることに。どうして?とこちらから強く問いかけたいくらいですが、残念ながらこういった人達には教育効果というのがほぼ無い事は繰り返された痛い経験から学んでますし、逆にこちらから指導を入れた事がパワハラ風に曲解されても嫌なので「はいはい、それで?」と対応して終わり。

要するにこの手の看護師さん達に対するこちらの対応パターンもほぼ決まっています。最も摩擦を生まない、しかもシンプルな対応。しなければならない事は事務的に済ませ、患者さんへの対応は誰で漏斗真剣に行うというパターンです。

常々、当直が開始される時点で、その日の担当者名を前もって把握できますので「お、今日はスムースに行くな」とか「あちゃ~」とかなる訳ですけど、そもそも最近は当直自体が月に一回か二回程度に減らして貰えてるので大した問題ではありません。

仕事をする上で、パートナーになる人の当たり外れって大きいですよね。^^

2026年8月27日木曜日

親父も米寿‼‼‼

遂に親父も数か月前の母親の米寿に引き続き無事に米寿を迎える事が出来ました。

自分の親顔90近くまで「二人とも」病院に入らずに生きるなんてそもそも想像もしていなかったんですが、実際生きているので凄いとしか言いようがありません。w

そもそも長生きで元気でいる事は素晴らしい事なんですが、流石に90近くなって一人で親父が暮らしている事自体は危ない事だなと感じます。母親は20年ほど前に心房細動由来の脳梗塞で大脳半球の片方全体が詰まるインシデントを二回起こし、二回とも近くのカテーテル・スペシャリストの先生の手で再開通し、無事に助けられましたが、それ以来ゆっくりと脳血管性認知症が進んでしまいました。

しかし、それも年齢なりの病気なりのある程度は仕方ない事。それでも、何のかんの言っても両親とも少なくとも88まで生きているというのは凄い事だと思います。

一体これがどの程度の確率なのかという事をAIに問うてみました。すると…回答は以下の通り。「今の日本において男性が88歳まで生きる確率はおよそ3〜4割程度、女性が88歳まで生きる確率はおよそ6割前後。そして両親が「平均的な日本人の男性・女性」で、互いに独立とみなして計算すると0.35 × 0.60 =0.21程度。つまり、両親ともに88歳まで生きている確率はざっくり2割前後」との事でした。

という事は俺のような人間は2割程度居るのかと言いたいところですが、実際はそのような夫婦の中で「子持ち」の世帯は日本においては57%程度とのことですので先ほどの21%に57%を掛けると、凡そ12%程度との事でしょう。

しかしながら、実際には、子供がいる夫婦のほうが健康行動が良い傾向があり、子供がいる夫婦は結婚年齢が早い傾向がある、子供がいない夫婦は高齢まで働く割合が高い、出生コホートによる寿命の差などがあるため、実際の値はもう少し高い可能性があって、恐らくは12〜15%程度まで上がるのではないかというのがGemini先生の推定となっています。

要するに俺のような人間の7~8人に1人は良心ともに米寿を迎えるという事なんでしょうな。

そんでもって今88歳の両親が2年後にともに90歳を向開ける確率はというと、生命表から88歳男性が90歳まで生きる確率:およそ 75 〜 80 % 、88歳女性が90歳まで生きる確率:およそ 80 〜 85 %となっているので、0.7X0.82程度とすると6割弱の確率で両親が90を迎える事になりますぞ!凄い。w

親父に仕事がひと段落着いた昼過ぎにLINEで連絡を入れると元気に出てきてくれました!

お互いに88まで無事に、元気で迎えた米寿というものを寿ぎました。あの恐ろしかった親父も親父自身が信じられないような88歳を超えて滅茶苦茶優しい爺さんになってしまいました。特に嫁さんと孫には有り得んような優しい爺さんに…。

嫁さんにも孫にも怒ったのを見た事が無い。俺には?w

9月になったら温泉に行こうな!これからも健康で元気でいてください。