2009年1月31日土曜日

学生の指導

今日は学生の指導で、ガックリする。
解っていたと思ってやらせたらやっぱり駄目。(笑)
山本五十六は「やってみせ 言って聞かせて させてみせ 褒めてやらねば 人は動かじ」と言われたとの事ですが、同じようにやっても元帥の様には上手く行きませんね~。やっぱり国情の違いか、言葉の壁か、理解力の限界か、私の能力か、、、。人を育てるのはとんでもなく難しく、思った以上に「自分」を試されるのだと言う事にいやでも気づきますね。
学生のせいにする事無く、こちらも頑張らねばなりません。少なくとも、私が学生以上にやっている事を示してから彼らの事を鼓舞しなければならないでしょう。
それには、まあこちら側の負担もかなり大きくなるのですが、新米指導者としてはそれも致し方無しと言うところでしょう。

2009年1月30日金曜日

ヒートアップ

二人の学生の実験の様子が良い感じで加速してきた。
やはりこの短期間で物を仕上げるにはどこかの時点で死ぬほど働かないといけないという単純な事実にようやく気付いてくれたようで、ここ一週間ほどは眼の色が変わってきているのです。なかなか良い兆候です。

今まではいろいろと言い訳の多かった男子学生だが、最近は本当に変わってきたのを感じる。まあ、世の常で指導している私の方へは色々と不平不満はあるのだろうし、それが普通と思っているが、私にしてみればきちんと一生懸命働いて結果を出してくれるのであればそれで何の不満も無い。どちらにしても審判と指導者は文句を陰に日向に言われる(言われている)のだろうと思っています。(笑)自分がそうだったのでこの手のことは実際に見聞きはしていなくてもプレッシャーをかけ続ける限りは不可避なものだろうし。
本当のところ、私が裏方としてかなりの手助けと土方仕事をしているのですが、まあ彼らには最終的に感謝されれば御の字ということにしておきましょう。まあ、実の親と一緒ですね。(笑)

2009年1月29日木曜日

またかいなと思った

日経の記事を見ているとこんなことが書いてあった。

介護に外国人を導入することに関して垣間見えるどうにも胡散臭い裏話の解説であるが、この「介護」という仕事においてはこのインドネシアの人たちやフィリピンの人たちの需要はかなり高くて、多くの国ではかなりの数の人達がそれぞれのお国出身の人間として働いていたと記憶している。
日本にも組立工以外の本格的な労働者輸入が始まったのかという感じだが、記事を見るとその裏ではまたこれはとんだシステムが準備されているようで、相変わらずの出鱈目振りが垣間見えるのだが、これって形を変えたピンハネ以外の何物でもないような気がするのだが、私の思い過ごしか?こういうことに対するより深い解説が報道機関から追跡記事として出たこないのはなぜだろうか。(まあ、いつもの能力論になりますが)
麻生総理の漢字の読み違いを云々して紙面やニュース枠を埋める前に、介護にまつわる問題とその解決に向けた取り組み、そしてこの問題の裏で蠢く政府関係者も含めた恥知らずな斡旋屋の存在が詳らかにされるのが本筋であろう。

2009年1月28日水曜日

敗戦

いつかは来るかもしれないと思っていた瞬間が昨夜遅くやってきた。
バスケットの試合で我々のチームがホームゲームで敗退したのだ。ジンクスを信じたいと思っていただけに残念。まあ、神社のお守りレベルの効力しかないのが解ってはいたのだが、実際に9時から始まるレートゲームで11時半頃に敗戦が確定して家路に着くのは気分も体も非常に重かった。
昨夜の試合は徹底的にリバウンドが悪かった。しかし、最終的に統計を取ってみると31-33で相手のリバウンドに負けたというくらいで、普段の我がチームと比べてということだが。もう一つより大きな原因を挙げるとすれば、コートの上に審判という六人目の敵が居たことだろうか。二人の黒人審判と一人の白人主審が居たのだが、この主審のジャッジの出鱈目振りには会場全体から怨嗟の声と非難の声が静まらないといった状態であった。試合の均衡や質というのは選手同士のぶつかり合い以外にも、審判の質と密接につながっていることは前にもここに書いたが、CAAの審判には時々酷いのが来る。相手チームでさえ、何で彼らがアドバンテージをもらったか理解できないで、とりあえず手を叩いて喜ぶ奴らがいるような始末で、もう唖然としてみていた。トラベリングの判定の不公平さにはただただ、小学生のバスケット審判かと見紛うばかり。

NORTH EASTERN今に見ていろ。

2009年1月27日火曜日

教授会

学生の半期毎の評価の為の会合が行われ、多くの教授の口からそれぞれの教授の受け持つ各学生の講評が行われた。私の場合この手の講評に出向くのは初めてで自分の受け持ち学生に関する講評もまとめてあったのだが、日本の教授会の雰囲気はいざ知らず、今回出席してみて解ったことは、アメリカでは義務教育でもそうだったがこの手の高等教育であっても退学勧告、もしくは卒業延期、はたまた博士課程からの撤退などの勧告等に対しても一切情け容赦なく行われるということだった。
詳しいことは守秘義務があるので当然一切書けないが、どんなに頑張っていても結果が伴わなかったり、人柄が良くてもやはり仕事が駄目であればそれらの人物は放校になるということ。いわんや努力をしない、データを作らない等という様な輩は、もう端から問題外だということなのだ。
自分の意思を持って来ている以上、その目標を達成するのは本人の意思以外には有り得ないということをこの国に居るとありとあらゆる所で見せ付けられるのだが、今回もその延長線上の出来事の一つだった。この国では自分を護るのは自分しか居ないのだ。

私も自分の受け持ち学生にこのような勧告をしなくて良いように最終段階まで持っていきたいものだ。