2026年1月5日月曜日

娘達はAIを全く使わない

私はAIを使ったいろいろな仕事の進め方をする事に大きな反対の気持ちは持っていません。

私の家では長女はAIの過度な利用にはあくまで反対派。自分の脳で考えて、自分の腕で産み出して、自分の眼で考えた基準で選んだものを信じるという人。逆に言うと人の言う事(親のいう事も!w)も「参考にはする」けれども、それに靡いて物事を決める人ではありません。

AIに関しては私の娘達が今現在日本でやっている事はAIとは全く反りの合わない仕事がメイン、かつ別の仕事も長女にはAIを使った方が良いのかなというような仕事「も」しているのですが、そんなのを使わなくとも十分に仕事をスイスイこなしているようなので、実際に問題ないのでしょう。

それともコッソリ使ったりしてるのかな~?w

次女も何かに憑りつかれたようにず~~~~っとiPad1に絵を描きつけるような日々ですが、参考にするのは自ら足を運んで観に行った美術展や展覧会、そして国内外のアマゾンで選んで買ったある種の美術関係の参考文献を良く脇に積み上げている感じです。

しかし、私の場合は最新のデータに基づいた知識と系統立てた理屈が仕事においては大変重要ですので、薬の探索やデータに基づく病名の推定、更には症状に合わせた除外診断等もいろいろとAIを使います。

しかし、そう言った基本的な使い方は今まではネット検索をいろいろとしてその幾つものサイトをまわった後に最終的に得られたものでしたので、その効率性の高さにはいつも驚かされます。しかし、実は医師としての仕事はその先にあって、提示された病名や薬を疑っていく事も大事。

言われたままの病像が患者さんに出現している訳ではなく、あれやこれやと観察しているうちに「あ~、これはこっちの方が正しいな」と線引きを変えることも良くあるのです。AIのsuggest自体も誤った知識体系や不正に作られたデータから得られた間違った結論から推定されるものが沢山ある訳で、所詮は人が作ったデータベースから「尤もらしく」話を作成しているだけの話。

AIに恋をしてとか、AIが作ったリポートを投稿してその投稿をまたAIに読ませて感想を書かせるとかいうもう何というか本当にポンチ絵が描けそうな事をやっている連中も居る訳で、そんなことやってたらお前ら自動的に職場からeliminateされちゃうよ!っていうのを今から強く警告しておきたいと思います。^^

AIを上手く使うというのと、AIに使われるというのは対極の世界。

AIに依拠した挙句に使われるというのは知的活動における自殺行為ですわな。

2026年1月4日日曜日

間違った事をしてしまった!w

実は夜にトンデモナイ間違いをやらかしてしまいました。^^

夜になって久しぶりに永谷園の「お~いお茶」の粉末を溶かして緑茶を飲んでリラックスしようと思いました。パッケージが二つあって一つは全くの未開封で、もう一つは「極僅か」と思っていたもう一つの開封済みの袋でした。

実際に底の方を覗いてみても、袋を振ってみてもそれほど重みを感じませんでした。

そこで…その袋全体を傾けて400ml程度のコップの中に氷と共に叩き込んだのですが、意外とそのパウダーの量が多く、傾けた直後にパウダーは無くなってくれると思っていたところ、「これで終了!」と思っていたところから更に数秒粉が落ち続けました。orz

あ~、やらかした!とは思ったのですが、まあ取り敢えずこの濃さでどんなもんか飲んでみるとパウダーの多くは下に沈んでいましたので、それほど濃くも無く普通に飲めたのですが、最後のほうは極悪なほど濃くなって…orz

そこで、そのめちゃくちゃ濃い所をもう一度薄めて作り直すとマア普通に飲めました。ところが、調べてみると100mlあたりカフェインの量が玉露は160mg、抹茶は60mg、コーヒー は60mgとなっているので、それを数百ミリリットル飲むという事は「やっちまったな~」という事。

これから後が大変でした。以前ベトナムの(通常のアラビカ種と比べてカフェインが三倍濃い)コーヒーを飲んでしまった時と「同じ事以上」の事が起きてしまいました。

夜は勿論、朝薄明かりが見え始めても、そして完全に朝になっても全く眠れない!これほど「不眠」という事に悩まされたのは一生のうちでこの前のベトナムコーヒー事件振り。w

眠れない!というのがこれほど辛い事だというのが初めて理解出来ました。とは言え、今日になっても眠気というのが無い為幸いにしてそれほど日常の仕事には問題がありませんでした。

今後は緑茶にも気をつけんとあかんなと思った一晩でした。

2026年1月3日土曜日

ホンマにやったんか!

やっぱり、歴史に学ばない者は愚かな過ちを繰り返しますね。

力による正義というのを21世紀でもこれほどまざまざと見せつけられるのかと驚きの連続です。ベネズエラというれっきとした主権国家に宣戦布告無しで突っ込んで行って大統領夫妻をかっさらってくるなんてとてもとても今の日本には有り得ない選択枝。

確かにアメリカに対してとんでもない量の麻薬を国家ぐるみで流し込んで碌でも無い連中が運営している国家で、国家の内部は崩壊しており殺人事件は異様なレベルで高い治安最低のトンデモ国家である事は普通に国内外に知れ渡ってはいるものの、それでも~ですよね。

現代のアメリカ政権のモンロー主義の復活という事に関してちょっと前に書き込んだ覚えがありますが、もう全くそれを隠そうとはしませんね。まあ、中国もアメリカもロシアも結局のところは自分の建前の下にやりたい放題の事をするという事が再度明確になっただけの話なんですが。

国連などというものが表面的な、道徳上の正義の維持という面では全く機能していない事がこれほど明確になってくるとみているこっちも無力感で切なくなりますね。結局、核を持った国の脅しに皆が黙るという構図。碌でも無い国家であっても、例え相手がならず者であっても、結局は頭に拳銃を突き付けられたら何も言えないという事。勇気を奮って何かを言っても引き金を引かれたら一瞬で終わるというギャング映画そのものの世界。

モンロー主義は200年前の世界の出来事ですが、またその亡霊が地球の表面を這いずり回っているのを見ると、人類はなんにも学んでないなって思うんですわ。しかも、背後に持っている拳銃に当たる武器が当時は大砲程度だったものが、今では核ミサイル。

アタマに立っている連中も漫画に出て来るような判り易い悪人面。

これからの10年、本当に核戦争が起きない、台湾進攻が起きない、NATOとロシアがぶつかり合わないというような状況が続くんでしょうか?熱狂のなかで始まった戦争が巨大な疲弊の中で双方の国民を枯らしていく事は大昔から繰り返されてきた人類の歴史ですが、テクノロジーが進んでも政治がこれでは…。

どこまで時代が進んでも、個人の欲望が国家のトップに現れる形で出現する時歯止めを付けるシステムを探し続けるしか人類の生存は約束されない気がしますが、本当に間に合うのか心配です。

2026年1月2日金曜日

最悪のコンディション

やはり旅の疲れが出たのでしょうか。

帰国後から喉が少しイガイガしていたんですが、連日の深夜までの種々の作業、それこそ夜更かしそのものの生活が続いていたことが免疫力を下げてしまったものと思われます。

熱発なんかはないんですけど、体は怠いし痰絡みの咳は出るしで「絶不調」そのものです。久しぶりの風邪症候群というやつですが、水洟と喉の痛み、くしゃみや流涙などとくれば小青竜湯の出番かなと思いこれを服用し始めました。

とりあえず、抗アレルギー剤も一粒追加して加療開始したのですが、体調がどこまで戻るかはまさしく免疫の力次第だなと思っています。

という訳でこんな状態なのに正月1日から日勤当直。とりあえず体が持つことを祈ってはいたのですが、幸い呼び出しと言えるような呼び出しもなく寝当直と言えるほどの静かな当直となりました。

薬の処方をちょっとだけ行い、注射箋を検討し書き込み。

さっさと寝るに越したことはなし。w



2026年1月1日木曜日

明けましておめでとうございます

なんと20年目のブログ書きに突入しました。

こんな糞のような記録の集積でも20年経つとその時々に何が起きていたかどんなことを考えていたのか、家の中の行事は何だったのか等が「ある程度」思い出せます。しかし、昔の記録を読んでいて思うのは「オレって進歩がねえな~」という一言に尽きます。orz

20年の間にあった種々の由なし事も終わってみれば懐かしい思い出、命が消える事なく「取り敢えず」は駄馬の如き人生を生きることが出来ています。気づけばこの前5000回記念などと書いていたのに、今回記録数のカウントを見てみたら6000を大きく超えておりました。

やはり20歳までの人間としての仕上がりがその後も基礎にある訳で、大きな可塑性は無い様な気がします。様々な体験を通してこれをこうしたらこうなる確率が高いとか、危険を回避する能力は年々歳々発達していっているような気がしますが、だからと言って敢えて回避しない様な間抜けな所は20代の頃の肉体的年齢の若い時のまま。要するに大本の所では変わらないのです。

まあ、それは兎も角、実は30日の朝にベトナムから戻って来て名古屋に着陸した後、少しだけ休んでそのまま4時過ぎにはアメリカから二週間ほど一時帰国されている旧知の先生と今年も名古屋駅で再会し旧交を温めました。

リッチモンド界隈の現状と種々の付帯したお話はなかなか興味深いものだったのですが、ここではそういう事を書くことは出来ませんので取りあえず「なるほどね」という感じの話だったことだけを記しておきたいと思います。何にせよ時間が経過する中で今のアメリカの科学は予算的にだいぶん酷い目に遭っているようだという事は確認できたこと。更にはそのような状況の中でサイエンスに向かう若い人達が「更に」減り続けているようだという事がうっすらと見えてきました。

アメリカというのは移民と科学技術のイノベーションで世界を引っ張ってきた国だと思っていたのですが、一昔前に私が持っていたようなアメリカの科学、特に医学生物学に対する幻想はかなり痛めつけられているような気がしました。

取り敢えず、今年もこれ以上は戦争が拡大しないような世界であって欲しいと思う正月でした。