2024年1月5日金曜日

コンビニ経営はリスクの塊に見える

名古屋に帰って来て「今のコンビニ」、特に夜のコンビニでは外国人ばかりだな~って感じます。

また、この前ここで書いたように近所のコンビニも栄枯盛衰は常に目の前で観察出来ます。出来たコンビニでも流行らない所はあっと言う間に勝負の世界からサヨウナラ。一体コンビニの平均的な寿命というのはどれくらいか判らないのですが、きっと客の入りが悪いパターンと従業員が集まらないパターン(若しくはその双方?)の二択で潰れてしまうんでしょうね。(あと、万引き?)

それにしても、近所のどのコンビニも夜に行くと中国人、ベトナム人、ネパール人等でオペレートされています。稀に日本人の大学生?らしいお兄さんとか、退職後のオジサンらしき方が一人で頑張っている事がありますが、忙し目の深夜のコンビニに限って言えばやっぱり外人さん無しでは成り立たない様子です。

大昔は韓国の若い女の事とかが居たような感じの頃もあったし、タイの子が居た頃もあったと思うのですが、今はそんな国の人達は見ません。あとフィリピン人の子達も見かけないのですが、病院での彼女らの遅刻ぶりや仕事の手抜き加減を見ていると恐らく長年の「実績」が彼女達をして雇わせなくなったというヒストリーがあるのではないかと感じてしまいます。飽くまで推測ですが。w

以前コンビニのオーナーに聞いたところ、ある国の子を雇うとその友達繫がりで続けて入って来てくれるというパターンが本当に多いんだそうですが、こういうパターンは海外の一部の仕事でも良くありますよね。きっとここのコンビニはX人の連鎖で成り立っている、あそこのコンビニはY人の連鎖で成り立っているというのがあるのでしょう。

しかしビックリするのは彼・彼女達の上手な日本語。遠い外国の地に来てこういう難しいオペレーションをこなす様な脳みその力が基本にある訳ですから、言葉の方も難なく吸収していくのかもしれませんが、出来ることなら更に高度なレベルの日本語も吸収して、もっと高度なレベルの仕事で日本の為に役立つ人材になって欲しいものです。

とは言えビザの問題も大きいでしょうからそう簡単には滞在の延長も出来んでしょうけど。


2024年1月4日木曜日

年明けの病院は嫌いです

本当に「目が回るほどの」というのはこんな感じでしょうか。

新年が始まってからの病院は年末年始に懸案となっていた患者さんのデータがドッと検査室から吐き出され、調子が悪いと言っていた全病棟の患者さん達の全ての検査と診察依頼が全病棟からやってきます。

この時点で内科医は2人居る筈なのですが、実際にはもう一人の先生は残念な人で使えません。理由は二つ。業務処理の速度が遅すぎることと、患者やナースとのコミュニケーションが取れないため患者さんからの診断に役立つ情報が引っ張り出せないのです。患者さん達からもナースからも苦情が沢山出て来ますので・・・。

そこで、この人に任せているのは実質的に一つの療養病棟の患者さん達のカルテ記入と別の内科病棟での十数人分の日常診察。それ以上任せようとするとあっと言う間にsaturateしてしまって、トンデモナイことになるのが既に判っているのでとても仕事を任せられません。

この人、実はある大学の医局からの「お願い人事」で医局から押し付けられてきた人間。私は前もって知っていたのですが、あちこちの病院で良くない噂を残している人間を病院の中にどうして引き込むのか?とボンクラ事務長に前もって問うていたのですが、このボンクラさんの私への返答は「そこをどうにか一つ宜しくお願いしますよ~!」という揉み手での依頼。笑ってしまうくらいボンクラ過ぎて全く使えません。w

怒りのあまり話が逸れましたが、実際にこういった状況で大量の依頼が一人の内科医に舞い込むという事は一日中PHSは鳴り続け、毎分の様に各病棟を小走りに渡り歩き、患者さん達を診察しながら次々に指示を出しながら、要請のあった様々な手技を患者さんに施してまわるという状況になります。

忙しいうちが花とは言いますが、一日が終わると消耗し尽くすほど忙しすぎるのは・・・です。ああ、誰か普通の医者が来んかなあ~。orz

2024年1月3日水曜日

今回の大地震で思った事

今回の地震がもし中部地方で起きていたらという事を真剣に足りない頭の中でシミュレートしてみました。

実際に大震災が起きた時に何が起きるのかという行政側のシミュレーションも改定され続けて出されていますが、私が考えたのは自分の病院の中の様子でした。もし、あちらこちらの家が倒壊するレベルの大地震であれば、精神科がメインの自分の病院であっても恐らくは大量に出現するであろうPTSD、抑鬱、パニック等の人達への対応で地獄の様な忙しさになる事が容易に想像できました。

ところが現実はどうかというと、自分の勤めている病院ではこれらの大災害への対応に関してはほぼシミュレーションは皆無でして、「残念乍ら」という言葉の連発をしなければならない状況です。そもそも院長が提案を行っても事務方がそれを全く実行しようとしないというレベルのシステムですので、恐らくその時が来たらドタバタだけで時間が過ぎていくのでしょう。

今度やってくる地震はまさに巨大地震。今まで数百年に亘って100年から150年程度の間隔でやって来ていた東海・東南海地震が、不気味なほど空白の時間が過ぎ続けているという事がその恐ろしさを一層増してくる要因になっています。
「必ず」来るのに備えが薄いというのは医療機関としては全くの以外の何物でもありません。そもそも公器たる病院には社会に対して負うべき責任というものがあるのですから。

今年は新春から理事長に直談判してこの対応策の作成を行っていくことを宿題としたいと思います。




2024年1月2日火曜日

連日とんでもない事が起きる

新年一般参賀が中止になってしまいました。

天皇皇后両陛下が思いを馳せられる地震被災者の事を考えたらその決定は当然で、大変残念ではあっても納得の決定ではあるのですが、午後に入ってきたニュースは本当に当直中の私を凍らせました。

滑走路で日航機と自衛隊の固定翼機が衝突し激しい炎を上げて燃えているというまさにとんでもないニュース。しかも、二重にショッキングだったのはこの自衛隊機は昨日発生した令和六年能登半島地震への支援物資を運ぼうとしていた矢先の事故であったこと。

更にはこの日航機の状態を画像で見る限りは(最終的には完全に燃え尽きていたようなのですが)大量の乗客の人命がそれこそ航空機自身の爆発や脱出前の火傷によって失われる可能性があったという事実に震えました。

JALのCAの方々の避難誘導の方法論もさることながら、もしかしたらもうここで死ぬかもというレベルの状況下、航空機の左側で巨大な炎が燃え盛り、ガスが充満し始めているような最大限の緊張を強いられるようななかで、よくぞパニックで我先に!という状況にもならず、全員が脱出できたなという驚きがありました。

正直なところ「お前だったら?」と問われた時にCAから「お待ちください」というのを何分まで我慢できただろうと考えてしまうのです。実際、無事に脱出されたあとのインタビューで乗客の方の一人が「助からないと思った」と言われているのは物凄く実感が籠っているいるなと思った次第です。

それにしても、崇高な使命のもとに被災地に向かわれていた6人の海上保安庁の部隊員のうち5名もの人命が失われたという事実に言葉もありません。悄然とするとはこの事。亡くなられた方々とそのご家族のお気持ちを思うとかける言葉も見つからないのです。

以下、既に発表されている分の管制塔の交信記録ですが、どこにも間違いがある様には思えないのです・・・。

国土交通省が3日午後公開した管制塔と日航機、海保機、空港を発着する別の航空機との交信記録の日本語訳は以下の通り(実際の交信は英語)。

17:43:02 
JAL516(衝突した日航機)
東京タワー、JAL516 スポット18番です。
東京タワー(管制塔):
JAL516、東京タワー こんばんは。滑走路34Rに進入を継続してください。風320度7ノット。出発機があります。

17:43:12 
JAL516(衝突した日航機):

JAL516 滑走路34Rに進入を継続します。

17:43:26 
DAL276(出発機2番目):
東京タワー、DAL276 誘導路上Cにいます。停止位置に向かっています。
東京タワー(管制塔):
DAL276、東京タワー こんばんは。滑走路停止位置C1へ走行してください。
DAL276(出発機2番目):
滑走路停止位置 C1 DAL276。

17:44:56 
東京タワー(管制塔):
JAL516 滑走路 34R 着陸支障なし。風310度8ノット。

17:45:01 
JAL516(衝突した日航機):
滑走路 34R 着陸支障なし JAL516。

17:45:11 
JA722A(衝突した海保機):
タワー、JA722A C誘導路上です。
東京タワー(管制塔):
JA722A、東京タワー、こんばんは。1番目。C5上の滑走路停止位置まで地上走行してください。

17:45:19 
JA722A(衝突した海保機):
滑走路停止位置 C5に向かいます。1番目。ありがとう。

17:45:40 
JAL179(出発機3番目):
東京タワー、JAL179 滑走路停止位置 C1へ走行しています。
東京タワー(管制塔):
JAL179、東京タワー 3番目。滑走路停止位置 C1へ走行してください。
JAL179(出発機3番目):
滑走路停止位置 C1 へ走行、離陸準備完了。

17:45:56 
JAL166(到着機2番目):
東京タワー、JAL166 スポット21番です。
東京タワー(管制塔):
JAL166、東京タワー こんばんは。2番目、滑走路 34R進入を継続してください。風320度8ノット。出発機あり。160ノットに減速してください。

17:46:06 
JAL166(到着機2番目):
減速160ノット、滑走路34R 進入を継続。こんばんは。

17:47:23 
東京タワー(管制塔):
JAL166、最低進入速度に減速してください。
JAL166(到着機2番目):
JAL166。

17:47:27 
(3秒無言)


2024年1月1日月曜日

明けましたが・・・めでたく無い

今日は朝ゆっくりと起きることが出来ました。

ゆるい時間を過ごし一人でベッドから起き上がりました。暫くして息子と二人で外出することにしました。時間も遅めで3時過ぎくらいだったのですが、結局行け(か)なかったお参りに豊玉稲荷神社へ向かいました。

山の上にある神社に向かって長い長い参拝の列が出来上がっているのが遠くから見えました。とは言え、この時間帯の参列は速く掃けると考えましたので、昨夜とは違って息子と二人で並ぶことにしました。風も無く、震えるほどは寒くも無かったのでその点は好都合でした。

並ぶ事一時間もしないうちに再選が投げられる状態になりましたので、息子に5円玉を握らせ、私は手元にあった250円ちょっとをサクッと投げ込み二人で二拝二拍一拝してその場を去りました。私はおみくじやお守りにはお金を使わないほうなので、神社にとっては下層の客筋でしょう。

さて、この参拝が終わって息子の手を引きながら神社の階段を降り切り数歩進んだ瞬間の事でした。アノ聞きたくない音が私のスマホから鳴り始めました。

「プアプア、プアプア、プアプア、地震です。地震です。」みたいな感じだったと思いますが、いきなり私のスマホだけなっている感じだったのですが、数秒して近くに立っていた人達のスマホからも同じ音がガンガンし始めました。

私はP波が来る瞬間を感じようと少し緊張していたところ、地面がヌルッと滑ったような感覚が伝わってきたと思ったら頭上の電線がゆっさゆっさと揺れ始めたのでした。
情報を見るとまた能登半島!確かこの前も能登半島だったよなと思いつつ、この距離でこれだけ揺れたら相当やばいなと思って数字をよく見ると震度6強でM7.4等というトンデモナイ数字が示されています。

良くない予感が頭の中を駆け巡りました。昔、当直中に経験した阪神淡路大震災の時のどんどんと時間の経過が進むにつれて明らかになっていった異常な災害の規模の事でした。マグニチュードで云うと今回の地震は当時の規模より少し大きい程度の巨大で浅い震源の地震ですから現地がどうなっているのか想像を超えています。

直ちにニュースを見てみると、津波からの避難を呼びかける緊急警報だらけ。海では白い大波が防波堤を叩き続けているのが見えました。なんだか東北大震災の時とは違う感じの津波だなという印象を受けましたが、どうなんでしょうか。

こんな寒い時期の日本海側で通行経路が寸断された陸の孤島が出現しないことをひたすら祈りながら床に就いたのですが、夜中になっても頭上の警報の入信音が消えることは有りませんでした。

余震が素早く収束し、ケガも含めた犠牲者の方々の増えませんことを。