2023年11月10日金曜日

能面作りに行く次女

 アメリカから一時帰国している長女も家で何だかよくわからないアート作品を毎日作っています。

仕事をしながら、遊びながら、旅行をしながら、アート作品を作りながらの日々を過ごしているのですから私のような昭和の職業倫理感を持っている人間からしたら「謎」の人生です。基本的にリモートワークの登場というものがもたらした新しい世界に住んでいる世代の仕事に対する感覚は私にはもうトンと理解できません。

さて、家にはアートを作成し続けるもう一人の人間として次女も居ります。その次女が最近私に対してある資金援助をリクエストしてきました。

それは能面製作を行う教室に通いたいというものでした。最初は?と言う感じでしたが、この前から能楽を観に行ったりしてそれなりに何らかの知識を日本の能から吸収しようとしている感じはあったのですが、最終的に能面製作も行いたいと何処かからかそういう教室があることを見つけ出してきたみたいです。

NHKカルチャーに「能面教室」というのがちゃんとありまして、日本能面工芸会主催の展示会に向けて制作していくようで、教室自体はトータルで10回ほど催されるようで、それに参加するために道具や材料・受講料が必要で、初回はやはり諸々込みで8万ちょっとかかるようです…。

今回のリクエストはその支援という事なのですが、種々の画材といいこういったょうコク関連お道具、材料といい「やすいもの」は本当にない感じですね。音楽関連の習い事にかかるレッスン料などに比べればどうなんだろうというところなんですが、アートは金が動く世界なんですかね。しりませんが。

娘のような初心者は先ずを作っていくみたいです。

まあ、翁の能面は女面のように怖さ、不気味さが大きくありませんのでとっつきやすいのかもしれません。女面は何だか家に飾ったら魂が籠もりそうでちょっと怖いですしね。w

次女が今回の経験を何らかの形で自分のアート・ワークに活かして欲しいものです。

2023年11月9日木曜日

今年は病院にも忘年会が戻ってくる模様

「遂に」というか、我々の病院に忘年会が戻ってきそうです。

今年は特に禁止令のようなものは出ておらず、我々の所属する内科病棟でも師長さんから「先生、今年は病棟主催の忘年会をしようと思ってるんですけど、何日なら空いてますか?」という問いかけがありました。

私は「あ、今年はやるんだ?当直の日以外なら何時でも良いけど?」と返事をして数秒後には取り敢えずの日が決められたようでした。

新型コロナの流行は未だ存在していて波状攻撃が続いているわけですが、明らかに低下しているその病原性とより拡散しやすいその性質の変化が新型コロナに対する社会自体の対応の変化を生み出しました。

最近は地下鉄に乗っても、ショッピングモールに行ってもマスクをしている人の数は本当に少なくなりました。特に道を普通に歩いている時にはマスクをしている人のほうが大幅に少ないという状況が普通だと思います。少なくとも名古屋では!想像に難くありませんが、長女に言わせるとアメリカなんかではしてる人なんていない…という事なんですが、最近はアメリカの日常を知らなくなっている私は彼女の言う事を素直に信じざるを得ません。まあ、そのとおりだろうと容易に想像できますけど。

とは言え病院内ではやはりコロナの院内感染が戻ってきており、看護師やその他の人間からの持ち込みのラインというのが確実に存在しているのは否定できない事実です。それでも、死者が出ていないという意味では2類であった以前の新型コロナとは別物かなと思います。

それでも忘年会という「以前の日常」を戻すべきか否かと言うのは大いに悩むところで、post Coronaという時代においてその自粛の影響が何処までも何年も後を引いて良いのか?というのも実務的な質問。医療機関だけは何時までもすべての院外活動に自粛を続けるべきなのかというのは検討すべき課題だと思いました。

一般の会社の皆さんというのはオフィスビル内ではどんな風に過ごされてるんでしょうかね?飲食関連の接客業ではデフォルトはまだまだw/ maskみたいですので、医療関係と同じなんでしょうが。

さて来年の年末は更に緩くなっていくのでしょうか。来年はこのあたりの記事を読み返して答え合わせをしたいと思います。

2023年11月8日水曜日

偏屈クソジジイの心を溶かす孫パワー

精神科病棟に「煮ても焼いても食えない」と言う表現がピッタリ嵌るような偏屈な爺さんが入院してきました。

私からすると、ただ困った患者さんなんですがその心根を考えると憎めない。しかし、インタビューをした御兄弟に言わせると「単なる学歴コンプレックスの塊で、誰からも愛されない偏屈者。大学の非常勤講師に一度ついただけの非正規就業者」等との酷い解説。w

まあ、兄弟からの言われようはこのように結構切り捨て調なのですが、この患者さんの様子を見ていると先ず根底にあるのが昭和のクソ親父にありがちな女性蔑視。そして次にあるのはレ当館の裏返しのような偏差値信仰。そして固くぶつかってくるものには激しく反発するということでしょうか。

ですから「男性・医師・主治医ではないので特に患者さんの言動を責めることもない私」に対してはそれなりに言葉の遣り取りをしてくれますが、主治医である精神科の女医さんにはもう滅茶苦茶な暴言。実際は地方のホテルなどで問題を起こしたりして警察や病院のご厄介になっておられるとの事なんですが、なんかテレビを一時賑わしたアノ「マスク男」ってこんな感じなんだろうなと思ってしまいます。

一方的に自分の考えを滔々と述べて異論は挟ませず、討論をする時に理屈の上で追い込まれると感情的になって「屁」理屈で粘るということの繰り返し。結局は周囲の誰からも愛されず増々孤立していくという悪循環。

他の大きな病院でもかなり手を焼いたようで、看護記録や医師からの診療情報提供書には服薬拒否や入浴拒否、摂食拒否などの種々の抵抗の末に身体が衰えてしまいADLも低下し続けてきたことが記録されていましたが、何と戦っているのかよく見えません。あえて言えばそもそもが存在しないプライドの保持に戦っているような?

この方もう70代なのですが、名古屋大学のXX先生とか偏差値がYYとか受験生のようなことを縷々言われるのですが、相手しているこちらは「ふーん」と言う感じ。何だか見ていて可愛そうというか愛おしくなってしまいます。偏差値教育の「被害者」なんだろうな~と感じるんですが、この爺さんの心をも溶かす相手が出てきました!

それは入職してまだ半年の私からすれば娘の世代、爺さんからすると孫の世代に当たる初々しい女性看護師です。

本当に淡々と、しかし誠心誠意対応するこの女の子には爺さんも「何故か」心を開くようで、最初はツンデレ風だった応対も次第に和らいで、固まった体も拭かせてくれて、眼脂も拭き取らせてくれて、飲み物や食べ物は勿論のこと服薬までも再開してくれるという劇的な変化を起こしました。この女の子の前では変な屁理屈も弄しません。w

偏屈爺さんのカチカチの心を氷の中から救い出したのは北風ではなく太陽だったのでした。

2023年11月7日火曜日

施設における虐待と役所の対応

役所というのは不思議んところです。

基本的に日本の役所の人間というのは与えられた仕事が明確であればサクサクっと仕事をこなす能力を備えた人達が揃っている場所だというのが基本的な私の認識。しかし、与えられた内容が自分の部署でないとか、何をやって良いのか明文化されていないことに関しては本当にヨワイ。
要するに「何をして良いのかわからない」ということなのでしょう。

もう一つ役所が嫌うことが「責任を取る案件」を取り扱うことでしょう。我々の病院でも、万一受け容れた患者に虐待の疑いが有った時には必ず、そして迅速に報告する義務があります。ところが役所は法令で決まっているこの様な虐待の可能性のある案件に関与することを避ける傾向があることを明確に感じます。

それは警察も同じ。一旦この様な案件が捜査の対象として動き出すと物凄く長いプロセスを経て書類と証拠の山を積み上げて刑事被告人を追求することになる訳ですからその想定される最終的なプロセス長は年単位のものになる事は必定。

それでも私は思うのです。必ずやれ!と。無念の思いを持ってその虐待を伝えられなかった精神障害者や精神発達遅滞の人間の想いを代弁してあげられるのは我々医療従事者と法務関係者を含む公的機関の人間しかいません。

障害のある人間、何らかの疾病を得た結果として自分の思いを表現できない人間を虐待する人間は決して許さず「何処までも」その犯罪を追求し責任を取らせる思いを決して己の内側から消す事の無いように炎を燃やし続けていこうと思っています。

虐待は犯罪。
明確な事実です。そして、医療機関から通報が有った際にそれを明確に検証しない公的機関があると感じたら私自身は個人的にであってもそれをあらゆる手段で明確に公表して追求していく所存です。

2023年11月6日月曜日

精神科医にはやっぱりなれない

 私は精神科の医師ではありませんが、精神科のドクターが周囲にウジャウジャいるのでそのため息を聞くことが良くあります。

多くの場合は「問わず語り」の話なのですが、ドクターの悩みを聞いていると(何度もこのブログには書いたセリフですが・・・)本当に「俺には精神科医とか無理だわ」と思います。

若年者の複雑性PTSDのレスキューとか、発達障害のなかでも生活保護の中で妙ちくりんで自分勝手な理屈を並べ立ててくる連中とか、朝機嫌良く甲高い声と共に満面の笑みで挨拶してきたと思ったら昼擦れ違った時にはもう鬼か能面のような顔をして脇を通り過ぎたりするような双極性障害の人とか。

病院の性質上、内科外来の廻りでも種々の患者さんが来られますが、多くは認知機能障害。その他に統合失調症、妄想性障害などの疾病と診断されている方々なのですが、そのような方々は少なくとも私にとっては所謂「慣れた方々」でありまして、ほぼ全員がみんな可愛い愛すべき対象です。

しかし、上に書いた中でも私が正直人間として普通に対峙出来ないな~というのが、知能などの問題は大きくないのに大言壮語したりオタクっぽい理屈を並べ立てるのに、実生活はデタラメで全く何も達成できず。更には朝起きられないとか言うのに実際はスマホのゲームに生保の金をつぎ込んで夜遅くまでハマり続けているせいで起きられ無いだけというのが実態。この人物、言うに事欠いて「自分のゲームの課金のためにもっと生保の基礎支給額を増やしてもらいたい」等と碌でもない発言を精神科医に言ったりするのです。

そんな発言を直接・間接に見聞するもので、私のような気の短い人間はそのあまりの身勝手かつ不見識な発言にそれを嗜めるような話をするのですが、それが気に入らないらしく私の内科外来に来たがらないような状況になったりしています。

その話を精神科の先生にしたところ「先生、普通の人と思って話をしたらダメです。先生の方にストレスが溜まるばかりで、良いことは一つもありません。障害として対処しないと」と笑われる始末。

確かに疾病としてフレーミングして観察をすれば冷静になれるのでしょうが、私は患者さんを普通の人として応対することで話を始める人なので、精神科のドクターのような「普通だったら我慢ならないようないろいろな語り」を淡々とカルテに書きつけながら対応を取るなどという事はとても冷静には出来ません。

そう考えると、やっぱり俺は精神科向きじゃないわ・・・と言う結論に至るのでした。