2014年4月6日日曜日

ボルチモアに行ってきました

今日は大学に行っている上の娘に会うためにボルチモアまで行ってきました。
久しぶりのボルチモア突入
というか、大きな理由の一つは家族の面々がカニを食べたがったからでした。w
本当に数カ月ぶりに会う上の娘には、昨夜二時間程かけて準備した2013年度の税金の処理を済ませた書類を手渡して、来年彼女が友達と一緒に住む家の契約に先ず向かわせました。

それが終わった後、一時間程ドライブして到着出来るいつものHarris Crab Houseに行きました。去年のブログを調べてみたところ、実は去年の四月五日にやはりカニを食べにボルチモアへ行ってる事に気付きました。
またまたやって参りました。
実際には別のカニ屋に行っている訳ですが、やはり年中行事の様に食べに行っていますね。w 結局、嫁さんは再び生ガキをいきなり1ダース分食べました。その後はMとLサイズのカニをお試しに半ダースずつ注文し、それに基づいて今度はLサイズのカニを1ダース注文し、みんなでバリバリ食べました。
帰りがけには、娘を大学の寮の前で降ろしてそのまま家まで更に3時間ちょっと運転して家に着きました。
合計で約九時間の運転。流石に疲れましたね、、、。

人気ブログランキングへ

2014年4月5日土曜日

テキサスから家まで

テキサスについて先ず気付いたのはファイナル4のロゴやグッズがあちこちにあると言う事でした。
実際に下の写真の様に出ている訳ですが、私にとってのカレッジバスケはもう今年は終わってしまっておりますので、、、。orz
テキサスっていうのは本当に何でもやたらとデカいですね。w
テキサス、Dallas Fort Worthを飛び立つまでには4時間前後の空き時間がありましたが、この間にいろいろと雑用をまた済ませましたのでこれも無駄な時間ではありませんでした。結局、リッチモンドへ出発するボーディングゲートもC16からC24へといつの間にか変更になっていて慌てて移動。おまけにクレジットカードもポケットから落としていたようで、呼び出しまで喰らってしまいました。

リッチモンドにランディングしたのは5時半ごろでしたが、自然と頬も緩んできます。w
出口に行ってみたのですが、結局は直ぐには見つからず荷物をピックアップするエリアでたまたま息子と嫁さんを見つけました。
やっぱりアメリカでの再会は堂々たるハグでした。キスは無し!
上の写真が私が持って帰ったお菓子類等の約7割です。
最大限に詰め込むために自分の着替え一着も持ってきませんでした。嫁さんには笑われましたが、、、。中央上部の緑っぽいエリアは日本にある多くの「抹茶云々」というような抹茶ベースの何らかのお菓子類をこれでもかと時間をかけて集めていた物です。(ちょうど三十種類!)これは嫁さん用でしたけどね。

時差もあまり影響はない感じで家までは着いたのですが、、、やっぱりこの後眠り込んでしまいました。ほぼ24時間かけての帰宅でした。

人気ブログランキングへ

2014年4月3日木曜日

アメリカへ向けて出発

アメリカへ向けての一時帰郷は結局余り眠れずじまいの夜でした。

夕方に三時間ほど寝た後に今度は夜中の一時に寝てそのまま5時前に起床してシャワーを浴び、まっさらの下着と上のシャツに着替えての出立となりました。 私にしては珍しく二日前から予約しておいた名鉄タクシーがマンションの下に来ているかどうか少し気になったのですが、取り敢えずは5分前に顔を出して下を確かめたところ既に待機されていたので慌てて23kgギリギリまで詰め込まれた2つのスーツケースを下に下ろし始めたところ、実家の父と同じくらいの感じの歳のお爺さん運転手さんが一緒になって下ろしてくれました。

申し訳ないというかなんというか、「こんな重いもんは実際に運んでほしくない」と思ったので、こちらから強く遠慮して「結構です〜!結構です〜!」と繰り返すものの、実際にはお爺さんのほうが実際に言うことを聞いてくれずに、結局ヨタヨタしながらも一階まで運んでくれました。 二人共朝からフーフー言いながら汗かいての出発でしたが、バスの始発駅にはすぐに付きました。タクシー代も短距離で安かったため、何だか気の毒で申し訳なく、早朝からのお仕事に感謝するために懐に有った最後の現金である500円玉をタバコ代としてお渡ししました。 

飛行機は成田まではあっという間に到着。この国内線に乗るときに気づいたのは、タービンブレードの形状が何だかモダンでカッコ良いことと、翼端部のウイングレットのサイズが小さいにもかかわらず綺麗な傾斜が付いていることでした。機内に乗り込んでパンフを見てみると、、、あのバッテリーコゲコゲ事件でスッカリ有名になった787−8。w しかしこの飛行機、印象的だったのは離陸時のエンジン音の静かさです。滑走路をタキシング後、スーッと加速するものの何のドラマティックなエンジン音の上昇も聞かせないままふわりとリフトしました。こんなところに技術の進歩を感じましたね。 

成田に着いたら着いたで、嫁さんたちと約束していた最後の買い物である菓子パン類をごっそり買い込みトランクに詰め込みました。最後に手荷物検査で怒りのワンミス。名古屋の空港内で買って詰めておいた名古屋名物「つけて味噌、食べて味噌」が液状物ということで取り上げられたのでした。このミス、数年前にも業務用マヨネーズを取り上げられてムッとしたことが有ったのに、国内線で問題ないからといって乗り継ぎの国際線にそのまま入るということが今まで無かったことからスッカリこれが駄目ということを失念しておりました。値段は780円でたいした損失ではないのですが、己の愚かさにガックリ。orz 

さて、さすがに成田から乗り込む段になると外人率が急上昇、オマケに乗るのはアメリカンエアでしたのでANAのDC行きなどとはその率が段違いです。 ダラス経由でしたからヒスパニックがワンサカいて、アナウンスも英語日本語だけでなく当然のようにスペイン語も入ってきました。しかしよく考えてみると、アメリカを出て以来、スペイン語を耳にするのは久しぶりであることに改めて気付きました。 

機内では予想通りの激マズメシの連発でしたが、胃袋もそれを前もって覚悟しての乗り込みでしたので取り立てて問題はありませんでした。日本側からの出発であってもこれほどマズイ飯を提供できるなんて流石はアメリカンです。w 
ラッキーな事に機内では二人がけのエコノミー最前列部で、隣に人が座っていないという幸運にも恵まれました。しかし、ガックリなのは機内のビデオサービス!どの映画を見ても画像が途中からキレキレでまともに再生してくれませんでした。あーあ、いつも機内の映画は楽しみにしてたのにな〜、これじゃマイナス点です。 そうこうしているうちに777-200はアッという間にテキサスへとアプローチしてランディング。
トータル時間では短いもののダレスで降りて車で二時間運転しなければならない12時間のフライトと、乗り継ぎはあるものの取り敢えず最長のフライトでも10時間のフライトからリッチモンドへのちょっとしたフライト乗り継ぎで済むこのテキサス便では最終目的地に付く前の「一旦休憩」と言う意味ではえらく感覚的に疲労感が違いますね。焦ってない限りは休み休みつくほうが心にも体にも良いと思います。

 さて、テキサスに着いてからの続きはつかれたのでまた明日。w
人気ブログランキングへ

アメリカ帰国前日

アメリカ出発前には上司の先生にお願いして2週間前から転院・転棟・退院と言う形で絞り始めていた為に、受け持ち数が数人にまで減らされていた私の担当患者さんのひとりひとりに、明日からアメリカへ一時帰国する旨をきちんと説明して回りました。

数日前からその予告はしていたのですが、年老いた九十過ぎのお婆ちゃんは「寂しい、寂しい、寂しくなるね〜」と言って声を出さずにオイオイ泣いていました。
私もそれを見ていて少々グッと来るものが有ったのですが、お婆ちゃんには「泣かんで良いよ!二週間もせんで帰ってくるよ〜」と説明してお別れしました。具合が悪かったら、置いていけないところですが、、、。

午後は実験材料のセットアップを終わらせて上司の先生に引き継ぎ、少し早めに病院を退出させて貰い、最後の準備と片づけそれと洗濯を済ませて一度風呂に入り早めに数時間床につきました。

夜中に起き上がってこうやってタイピングをしているわけですが、特にすることも無く、どちらかと言えば「時間ずらし」的な行為といったほうが正解でしょうか。

取り敢えず明日からのフライトと旅が安全無事なものでありますように安全祈願して寝ます。
おっと!明日の朝は燃えるゴミを捨てていかねば!!危うく忘れるところでした。帰ってきたらショウジョウバエの館とか嫌ですからね〜。w

人気ブログランキングへ

2014年4月1日火曜日

思った通りの幕の引き方 w

エイプリル・フールとはいえ、こんな酷い終わらせ方は無しでしょう、理研さん。

今回のSTAP”騒動”で最も大切な事は何だったかと言われれば、それは偏に日本における科学研究の不正のリスクを劇的に減らし、万一そのようなことが起きたらどのようなリスクを個人と研究所が背負い込むのか、そしてそれに対してどのように出処進退、刑事的民事的処罰を含めた処分を含めての厳罰が下されていくのか、更には論文における共著者の責任とそこに名前を入れることの厳しさというものがどれほどのものなのかを示す「最高のチャンス」でした。

しかし、今までの経過を見ていると、理研はそのチャンスを尽く潰しにかかっているようにしか思えません。
代表が出てきて、細かく説明をするのではなくて「御本尊」が出てきて説明をすべきであって、研究者としては既に終わった某Oさんも、自らが泥を塗った日本の科学への信頼性への改善の起点に成るためにも是非自分で表に出てきて、今までの経緯を「自分の言葉で」説明すべきでした。

しかし、多分これは両者の思惑の一致が有ったのだろうと思わざるをえないような理研側のみの一方的会見。挙句の果ては某Oさんには「驚きと憤りで一杯」「承服できない」とまで文書で言い切られる始末。
一体これで誰のメンツが立つというのでしょうかね。状況的にはほぼ全員が諸共に討ち死にと言う状況を出現させてしまった感があります。(本人達は逃げ切りの一手を打てたというぐらいに感じているのでしょうが。それは手前味噌もいいところでしょう。)

一体全体こんな「ミットモナイ」状況を容認できる業界というのが未だにあるのはアカデミアのアカデミアたる所以でしょうか。しかし、ここのアカデミアは「日本のトップ」のはずなんですがね、、、。ミットモナイこと対して腹を掻っ捌くのが侍の伝統では無かったか?研究費という金をもたらす甘い蜜のためにはシャイロックの名に甘んじようとも我関せずか?

李下に冠を正さずと言う言葉の意味をもう一度噛みしめるべきはnobles obligeを持ったトップの人間の根源的責任だと私は考えます。ウソばっかりの理研の会見。信じることが出来る輩がいるとしたらそいつは少なくともサイエンスには向かない奴ですな。w

人気ブログランキングへ