2013年11月5日火曜日

ボストン出張記・4日目

(きのうのIrish Barからの続きです。w)さて、酔っぱらいの三人組は寒空のもと再び南駅へと歩いて戻りました。

駅舎の中に入ると相対的な気温差から随分中が暖かく感じます。返ってきた時点ではまだ乗り込みまで数十分ある状態でしたので、酔って既に意識が途切れがちのN先生に代わってY先生が飲み物とちょっとした食べ物を調達してきてくれました。

そうこうしているうちに列車乗込みの時刻が迫ってきました。列車の乗車口には3つの扉からアクセスするようになっていたのですが、そのうちの一つに並んでいたインド系の兄ちゃんが「このラインで皆待ってたんや~!」等と一人ブツブツ文句言ってました。待合の皆で一気に列を作って出てきたばっかりの皆誰もが「???」てな感じだったんですが、とりあえず揉め事を起こさないためにも揃ってガン無視。w

車内に乗り込んだ後はN先生はそのまま沈没。Y先生と僕も一日中歩きまわっていたボストン美術館の疲れでダレていたので、いきなりのリラックスモードです。
とは言え、決して快適とはいえないアムトラックの一般座席が災いしてか、こんなに疲れた状態でも余り眠ることは出来ません。薄ぼんやりした感覚のまま、時間だけが過ぎていきました。
こんなに格好良い車両もあるのに俺たちの車両ときたら、、、。
行きも帰りも冴えないタイプでしたよ。orz
多分通勤(コミュート)用だと思うんですが、DC界隈ではこんなピカピカの2階建て車両も走ってました。
時々大都市の停車駅に来ているのは気づくこともあったのですが、基本的にはもう頭は働いていません。ボケーッとしながら朝日が昇ってくるのを待ちました。w
次第に近づく我が懐かしのバージニア!何度見ても美しい、、、。
実は、このアムトラックに乗っていた時にiPhone対応のGPS Kit Freeというソフトを使って、列車の速度や標高を位置情報とともに監視していたのですが、面白いことがわかりました。
少なくともDCから南の区間においては75マイル(120キロ)以上の速度は出さずにピッタリそこに速度を貼り付けて走る区間が多かったことです。これがアムトラックの定めている法定最高速度なのかな?などと考えたのですが、どんなもんなんでしょうか。 
あと、リッチモンド周辺の標高は大体平均して海抜60メートルだというのも理解出来ました。
(書き忘れていましたが、アムトラックには普通に無料の電源とWiFiがついていて、この点は快適でした!!)
リッチモンド到着直前の車窓から撮ったVCUのメディカルビルディング。
普通、こういった角度からは見ませんから珍しいのでパチリ。
やっと到着!次の街へ移動する前にアムトラックをパチリ。
帰ってきたのは11時前くらいでした。N先生の奥様が駅まで三人を拾いに来ていてくれたお陰で死なずに済みました。w
運転して家に帰り着いた後はシャワーを浴びて暫くしてベッドへ、、、。三時間ほど寝た後は夕食をとってゆっくり過ごした午後となりました。

今回の気のおけない仲間同士での野郎ばかりの旅。「たまにはこういうのも良いなあ」と思った初冬のボストン旅行でした。

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2013年11月4日月曜日

ボストン出張記・3日目

とりあえず昨日までで今回のボストン訪問の「公式な」目的は達成。

いろいろな意味で得るものの多いボストンでのミーティングでした。
ハーバードのキャンパスを訪問したのは初めてでしたが、キャンパス自体は他に幾らでも美しいところが有るのでそう印象的では無かったんですが、そこにいる人達のオーラというものを感じた様な気がしました。
要するに情報として前もって知っている「ハーバードのもつ力の源」である、政治、科学、経済、人脈そして大学自体の持つファンドの巨大さ等を鑑みた時に感じるフォースとでも言いましょうか、、、。

UJAとしても今までは人の集まりがないことと、メーリングリスト上での私的な意見の交錯でナカナカ決まらずに困っていた種々の議題が一気に幾つも決まり議事の分担も叶ったことで、組織としての仕事の見通しがつき、未来に向かって大きく先に前進できたと感じました。

それはさておき、朝のボストン。この時期は既にリッチモンドなどとは大きく違う寒さが都市全体を包み込んでいます。昨日までの比較的穏やかな感じの気候が一気に様変わりして、少しでも風が吹けば両腕の先がかじかむほど。往来を歩く人達が手袋をつけたり頭全体をスッポリ隠すような毛糸のフードを被っていても全く違和感がありません。

朝シャワーを浴びた後、ホテルをチェックアウト。
一階のロビーから外に出た瞬間に思わず小雨と寒さでウッとなりました。もしかしたらそうかもと思っていたことも有り、予め取り出しやすいように突っ込んでいたもう一枚の上着をダウンの下に着込んで傘をさして行動開始。まずは先日も行ったクインシー・マーケットで朝の腹拵えです。

巨大なベーグルにスクランブルエッグを挟んだものを注文し、レモネードとともにマーケットの中で食べた後、三人揃って近くのスポーツショップでレッドソックス関連のおみやげを買い込み家族へのちょっとした楽しみを仕込みました。
ここからの帰りしなについ数日前に設置されたばかりのボストン・セルティックスの伝説のバスケットボールプレーヤーBill Russellの銅像の前で記念写真をパチリ。
実物大の208センチの銅像ですが、その前に立った時の我々の小物感と言ったら、、、。こんなに大きくて、あれだけ物凄い動きをされたらちょっと普通の人間には努力で追いつけない才能の差と言うものの存在を感じ、虚しさを感じるんではないかと言う気もしたんですが、、、。

皆、靴の右側に自分の足をおいてそのサイズを比べてるんでしょうね。w
意外なことにそう飛び抜けて大きな足では無いな~と思いました。
普通の人でこれより遥かに脚のデカイアメちゃん達たくさん居るので、、、。
同じスポーツショップの帰り道、クインシー・マーケットの横には同じくこれまた伝説のラリー・バードの靴のブロンズもおいてありました。
この後はいよいよ(ミーティング以外での)メインイベントであるボストンのMuseum of Fine Artsを訪れました。
かの有名なゴーギャンのWhere Do We Come From? What Are We? Where Are We Going?です。
実物を見て感激しました。
入館料は大人25ドルで、DCやVAの様にこの手の美術館が入館無料ということはありませんでしたが、展示物はいずれをとっても素晴らしいものばかりで、解説などもガッチリ書き込まれていてそれぞれの来歴などが理解できかつ、勉強することが出来るようになっています。
アチラコチラに「あ、これ知ってる!」的な作品がさり気なく置かれているのも( ・∀・)イイ!!驚いたことに、ここの美術館はフラッシュを焚かない限り写真撮影は常識の範囲で自由に撮れます。
特別企画のフラワーチルドレン華やかりし頃の服の展示会も有りました。
これ面白かったですね。合わせ鏡を使った現代アートです。
これも超有名なゴッホの郵便配達夫ジョゼフ・ルーランの肖像です!
ここに君が居たのか!というのがジョゼフ・ルーランでした。本当に我が目を疑うほど驚きましたが、いい味出してる絵ばかりで感激一入でした。
そうこうしているうちにN先生が「今日は日曜日。もしかして開館時間が短いんじゃないのか?」という至極当然のヤバイ疑問を発しました。w 恐る恐る閉館時間を調べると4時45分!その時点で既に我々の時計は四時半直前でした!一階のギャラリーを丹念に見て回り、二階のギャラリーもまだ半分強しか済ませていませんでしたから、瞬間的に激やばモードに突入です。
特に私にとって問題だったのはここの収蔵する優れた東洋美術関連の展示物、特に日本のものをほぼ何も見ていなかったことでした。瞬間的にワープ6!と言う感じでその日本の美術物の展示コーナーまでマップを頼りに駆け込みまして、一安堵。残りの十分程度の時間で仏像、版画、服飾、刀剣などのそう沢山は置かれていなかった日本の展示物コーナーをさらっと舐めて美術館を後にしました。いや、しかし3人の男で6時間以上もじっくり展示物を見ながら美術鑑賞をする経験というのは稀有の経験だったかもなどと今になって思いますね。

最後は焦りましたが、寒空の中を歩きながら「ああ、大後悔しないで済んで良かった~!」と、時間のことに気づいてくれたN先生に感謝しつつNorth Eastern Universityの脇を通り、帰りのアムトラックの出発地、ボストン南駅へと向かいました。

ここで問題になったのは唯一つ「未だボストン名物クラムチャウダーを喰ってねえ!」と言う事実。w バッテリーの残り少ないiPhoneの電源を入れ、今まで一度も使ったことのないFourSquareを使って酒が飲めて腹を満たす事ができるようなレストランを探すこと数分。
比較的近いところにIrish Barがみつかりましたので、ナビを時々確認しながら店に突入。メニューに有るビールを三人で片っ端からランダムに注文し、飲みつつ食いつつのバカ談義。w 今後とも長く忘れぬ良い思い出になるのだろうなと帰りの道中にフト考えました。

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2013年11月3日日曜日

ボストン出張記・2日目

11時頃にはHotels.com経由で予約していたボストン・コモンのすぐ傍にあるホテルにチェックイン。

余りに早いのでチェックインさせてもらえるか心配だったのですが、受付の女性に笑顔でスンナリ受け容れてもらえましたので、三人で十階まで上がり早速順番に三人ともシャワーを浴びました。
これで疲れが随分ととれて気分サッパリになりましたので、そのまま9時ちょっと過ぎまではベッドの上でのびていました。

我々はそれこそホテルの予約時点では「全く」知らなかったのですが、地元のボストン・レッドソックスがワールドシリーズに勝利してチャンピオンとなったためこの日に偶然我々が彼らの行う優勝パレードを見る機会が発生したということ。なんという幸運!

とりあえず少し時間があったので、あの有名なクインシー・マーケットへと移動して朝の食事を胃袋に詰めることにしました。
二年ほど前に娘の大学訪問でボストンを訪れた時以来久々にやってくたクインシーマーケット。
さすがに時間も早く未だ大道芸などは行われていませんでした。
マーケット脇にある数々のお土産物屋さん。
驚いたことに本物の消防士さん達がチャリティーで帽子やワッペン、シャツなどを売っていました。
活動中の事故などで亡くなられた方々の家族などの支援に使われるファンドの資金集めに使われるのでしょう。
中ではちょうどいい具合にセットアップの終了した店が食べ物を売り始めていましたので、幾つか迷った挙句シーフードのラップを食べてお腹を膨らませました。
マーケットを出た後、周りの警官その他から入ってきた情報によると、優勝パレードはホテルのかなり近くの道を通ることが判ったので、そのルートの一つである市役所前の大広場の道へ出て選手たちの通過を待つことにしました。
ところが、人の集まり具合はこの小さな町の中央部を含めて100万人以上が参加すると広報されていた通りの大混雑で、なかなか厳しい状況での待機になりました。
ビルの壁に吊るされたお祝いのバナー
市役所の前でもギッシリと詰まる人人人、、、。
彼氏から肩車をしてもらい見る「いかにも」のアメリカンスタイル。
前のお姉さんのお尻が目の前に展開するという目のやり場に困る展開に、、、。何とも毛深い背中でした。w
結構な日差しが射す中での待機は、冬のボストンとはいえ結構暑いものがありました。しかも周りの若い兄ちゃんなんかはウイスキーのラッパ飲みをしながらのハイテンション状態。おまけに自分と一緒に来た女の子達と喧嘩まで始める始末。もうメチャクチャです。それでも11時半くらいには地鳴りのような音の接近が選手たちの出現を知らせます。
ダックボートという水陸両用車に乗り込んだ関係者や選手たちがズンズン目の前を通り過ぎていきます。
トラックにそのまま靴の形をかぶせた記念のダシ。
日本人選手二人を載せたダシ。こちら側に田代選手。向こう側に上原選手!!
遂にお目当ての優勝の大殊勲者上原を載せたダシが目の前を通りました。一緒にいたのは田代選手。彼はアメリカからそのキャリアをスタートさせた新種の日本人選手です。
ハーバードへの移動途中に見かけた橋の上で選手を待つファン達。
ダックボートに乗っているからこそ選手たちはそのまま乗り換えずに川の中を進んできます。
暫くしてパレードが全部通り過ぎると、三々五々散っていく多くの人のうねりを掻き分けながら地下鉄の駅へと急ぎます。ハーバードで行われるJSPS主催の会合とUJAのミーティング出席のために12時半までには行かなければなりませんでした。
今まで一度も来たことのなかったハーバードですが、今回は完全にお仕事。まずは入り口に入ってハーバードの彫像の前で記念写真を撮りそのままバイオロジー・ビルへ移動しました。
ハーバード真下の地下鉄駅です。
数々の国際的大学比較で幾つもの分野でトップランクを争うハーバード。
彼の足先に触って運を分けてもらう入学希望者は沢山いるようです。w
調度よい具合に三々五々人が集まり始めた頃に到着し、そのまま会議スタート。JSPSの資金援助を受けて留学している諸君が50人ほど自己紹介を兼ねて、手短に自分の仕事紹介をしました。そのあと、BrandeisのPIである吉田先生とシンシナティのPI佐々木先生のお話。五時過ぎから七時までは皆が別室に移動しての軽食パーティーを行いました。

このあとは本日のメインイベントであるUJAのミーティングが始まりました。議論はN先生がタイピングして完璧に仕上げてくれた問題点と議論の詰まった素案をもとにズンズン進み、終わったのは予定を一時間超えた十時過ぎ。
途中で会議に入ってくださった東大法から派遣されている若手のホープG准教授も法務の専門家としてのアドバイスをして下さり、法律などとは全く縁のない生活を送ってきたド素人の中に鋭い提案を投げ込んでくださったおかげで、決められずに数ヶ月悶々としていた議題がいくつも成立しました。

このあとは皆で歩いてハーバードで有名な若手日本人経営者の営む「夢を語れ」というラーメン屋に移動。物凄く沢山の人が店の前に待っていたのですが、幸運なことに最後のお客さんの団体として受け容れてもらえました。
一杯16ドルの超ボリュームのあるラーメンを必死で掻きこむ「自分との闘い」を行いました。既にラーメン店到着時には沢山の付き出しとビール、ワインで腹のこなれていた私にはギリギリの勝負でしたが、吐き出すこともなく少なくとも具と麺だけはすべて書き込むことに成功し「グッジョブ!」との掛け声は頂きました。w (汁まで完食するとPerfect!と言ってもらえんたんですが、、、。)
20歳ちょっとくらいではないかと思われる物凄く若い経営者のお兄さんでした!
頑張って、将来は自分の夢を店の名前のごとく夢を語ってほしいものです。
とりあえずホテルまで帰って皆シャワーを浴び、そのままバタンキューとなりました。

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2013年11月2日土曜日

ボストン出張記・1日目

今日の夕方からボストンに一泊四日というかなり年齢の割りには無理目の出張となりました。w

兎に角仕事はラボとオフィスで昼までに終了させ、間違いなく蓄積するであろう疲労に備えるべく家へ一旦戻って食事を摂りシャワーを浴びました。
五時半には集合地点であるいつもの駐車場で一緒に行く後二人の若手ドクターN先生、Y先生の二人とランデブー。N先生の奥様の運転する車に乗り合わせて近くのアムトラック駅であるMain Street Stationまで連れて行ってもらいました。乗車は6時半でしたので少しだけ構内で時間を過ごしましたが、いつもは娘を大学に送り出すためだけに使うこのアムトラックの駅に、まさか自分が乗り込んで使う日がこんなにすぐ来るとは思ってもみませんでした。
いよいよ乗り込みです。写っているのはVCUの鑑真和上ことY先生の後ろ姿。
一体全体アムトラックの乗車システムがどうなっているのか全く知らないままで乗り込んだのですが、とりあえず持って行ったのはウェブ上で予約した時に送られてきたPDFの乗車チケットのみです。
適当に車両を選んで自分の席を「自分で」決めて座ります。暫くすると車掌さんがやってきて印刷した紙や携帯電話のQRコードを次々とスキャンしていきます。そのあと、手持ちのスキャン・マシンから吐き出された紙のチケットを、我々の頭上の荷物棚の前部にある小さなスリットに挟み込んでいき「確認済み」の代わりにしていきました。
この作業は主要駅の幾つか、例えばワシントンやニューヨークなど乗り換え地点などに当たるようなところなどでも確認されることもありましたが、結局は合計でも追加で一回くらいしかされませんでした。

何分にもマメで仕事の確実な若手の二人の先生が一緒に来てくれましたので、私のような生来怠け者の爺さんは、何もせずに彼らにおんぶに抱っこということでお任せいたしました。
道すがら今回のハーバードで行われるUJAミーティングにおける議題に関する討論を再度詰めてまとめ直し、会議への備えはほぼ万端となりました。

何にせよ我らの旅は半日以上続きます。彼らは私より一回り以上若いのでマダマダ疲労の蓄積量も少ないでしょうが私ときたらやはり尻の硬さ故かなかなか寝付くことも出来ないまま時間だけが過ぎ去っていきます。
車両に乗り込んでから我々はすぐに家から作ってきた手弁当を互いに振る舞って腹はくちたのですが、直後から右前の黒人女性二人組の方から異様な臭いがしてきました。
何だろうと見てみると、驚いたことに母親らしい50絡みの女性は両手に長さ10センチほどの爪がありそれを真っ赤に塗っているのですが、それをネイル用のヤスリでシャコシャコシャコシャコと研ぎ続けているのです。更にはそれに真っ赤なネイルの液を塗りつけるものですから強烈な有機溶媒の匂いが「ブワーッ」周囲に拡がります。
隣りに座ったY先生と二人で「常識の欠落と教育の問題だな~」などと小声で愚痴を言うくらいでしたが、アメリカという国はこんなことをする輩が本当にいるんですから大変です。あんな母親の隣りに座ってた20歳前後の娘がまともな訳もありませんし、それなりの「衝突多き人生」を送るんだろうなと可哀想にも思えました。

途中でもう1個起きたハプニングは電源落ち。w
さすがアメリカ、何でもありです。w
なんと、走行中にイキナリ電源停止してそのまま一時間以上待たされるというハプニング。
我々の遥か後ろに座っていた酔っ払い気味のおっさんは大声で「ハロウィン列車かよ~」などと喚いていましたが、それを聞いてこちらはただ苦笑です。

途中ボルチモアを通過するときにはそこで勉強している上の娘にテキストを送り「ボストンに行って来ま~す!」と挨拶を送ると、「何しに行くの?」と聞いてきたので手短に説明してさようなら。
それにしてもどうにも寝る姿勢が決まらずほぼ眠れないままの長旅となりました、、、。
降りた時に撮った我々のアムトラック。何ともオンボロの車両でしたよ、これが。
最後のほう、ボストンに近づく頃には多くの駅で明日行われるワールドシリーズ優勝パレードに向けてのレッド・ソックスファンが乗り込んできて各シートが一個も空きがないという状態に、、、。朝にボストン南駅に着いた時は頭が妙に冴えてはいたのですが、身体は疲れているという状態でした。これが一泊四日の一日目でした。

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2013年11月1日金曜日

ハロウィーンの夜

今日はハロウィーンでした。

だからといって、私の子供達も嬉しそうにキャンディーを集めて回る歳では無くなっているのですが、下の娘だけは同じ高校のクラスの同級生と彼女の近所の家々を一緒に廻って例の「トリック・オア・トリート」を繰り返すために学校から家には帰らず、コスチュームを着込んでそのままその子の家を起点としたパーティーをしていたようです。

しかし、迎えに行って驚いたのはその子の家が深い森の中にあるトンデモなく遠い所で、家から来るまで片道40分近くかかるという(考えただけで精神的にも!)疲れるような距離にある場所だったのです。

リッチモンド国際空港から更に随分と分け入った田舎道だったのですが、日本でいうお隣さんのイメージとは全く違って、一軒一軒の距離が来るまで廻っても1-2分あるようなところです。
すべてが終わって娘をピックアップした時に「お前どうやって近隣を廻ったんだ?」というようなことを聞いたら、何と該当も何も全く無い真っ暗な田舎道を歩いて次々廻ったけど、10件ちょっとで疲れ果てて家に戻ったというではありませんか、、、。

もう、それを聞いて呆れ果ててしまいました。
何と言っても、ちょっと街の真ん中から外れたここらへんの田舎道は、日本で言うど田舎よりも更に何のインフラもないタダの舗装路が敷いてあるだけという所が殆どで、反射板、カーブミラーは当然のこと、ガードレールや街灯も当然ゼロなんていうのがデフォルトですからねえ、、、。

そんな中を女の子達だけで数マイルにわたって何時間もウロウロしたとか、保護者的には有り得んですよ。事故とか事件とかに巻き込まれたらどうすんねん?と言いたいところなんですが、ご本人達は至って普通の事だと思っていたようで。

アメリカ生まれ、特にアメリカの広い空の下で育って銃が家の中にあるのがデフォルトみたいなエリアで育った田舎生まれの子供達のメンタリティーは到底平均的な日本人の理解の及ぶところではないですな、、、。改めてそういうことを考えたアメリカで16回目のハロウィーンでした。

実はハロウィーンの日というのは、我が家のヨーキーの6回目の誕生日でも有りましたので、帰りがけに娘のリクエストに添って美味しい缶詰のドッグフードを買ってあげてそれを一緒に持って帰ってあげました。 :)

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