2011年10月4日火曜日

渋滞が酷い

他のエリアでも色々と特定の地域で酷い渋滞が起きているのはよく見聞きしますが、リッチモンドの場合は朝夕のターンパイクが酷いです。特に夕方の渋滞は目も当てられない感じで、責任者出てこい!と言いたくなることもあるので、「よっぽど」の事がない限り、ココは夕方は特に走らないように気をつけています。
DCの渋滞なんかも自分が居た頃もひどかったんですけど、NIHを去る直前なんかはもう五年前とは比較にならないほど酷くなってました。しかし友人に聞いた所では、最近はもっとひどい事になっていて、Geithersbergの辺りは昔単なるど田舎だったのがここ数年は朝なんか車が動かないこともよくあるといっていました。どう見ても住宅開発のスピードに比べて公共交通機関が貧弱なままだったり、道の拡幅が大幅に遅かったりするので、こんな悲惨なことになるんですよね。
アメリカに来て一番不満なのは公共交通機関、特にコミューターとして最適化されたバスや電車が全然無いことです。最近でこそ相乗りを奨励するZIM・RIDEなんて言うのが大学単位であったりするんですが、、、今ん所マダマダ焼け石に水状態です。何と言っても帰宅時間なんかは自由でないと、到底研究職なんか務まりませんから仕方ない面が強いです。その点看護師さん達はきっちりしてるから良いかも知れませんね。
税金を公共交通機関に投入してくれ~!

2011年10月3日月曜日

マスコミからマスゴミへ

もともと新聞記者なんて言うのは一昔前は「羽織ゴロ」等と呼ばれておりました。つまり、金銭を貰って記事を書いたり書かなかったりということです。質の悪いのは「脅し、すかし」て人を揺さぶるわけで、それに対する対抗手段を持たない市井の人間はよっぽど意思の強い者でも無い限りは通常泣き寝入るしか無かった時代が延々と続いてきた訳です。しかし、ネットの出現で取材「する側」と「される側」の力学が決定的に変わった時代が来た事に「未だに」気付かずこれに抗う勢力も居るわけで、もう殆ど非・有視界飛行状態にあるマスコミ人も大量に発生してる現実が今の21世紀初頭の姿。まあそれは放っておいても絶滅するので、時間と言う極上のソースが彼らの存在をゴミ箱の中へ淘汰するのを待ちましょう。(質が悪いといえばあご足つきで企業取材をする提灯記者達。恥を知れ!って、、、無理です!(笑))
最近、ネットに出てくる「マスゴミ」の売文を読んでいて気づくんですが、何かこれホントにチェック受けて記事出してるの?と言いたくなるような誤字脱字のオンパレードが、年々歳々酷くなっているのを強く意識せざるを得ません。
何と言っても売文で生計を立てている輩が誤字脱字に、訂正後の単語再追加の欠落、敬語や丁寧語の間違いの連発とくれば、それを指導している上の連中のクオリティーも推測するに「当然」高くない訳で、それが続けばその下の世代の文章錬成力は更に低下することは間違いない事でしょう。
最近テレビではオバカ美人アナという訳のわからないカテゴリーで採用されている「舌噛みまくり」「漢字も読めない」アナウンサーが頻繁に登場し、各局の唱導するところの「報道?」レベルの低さを嘲笑されているのもそういった末期症状の一つなんでしょうね。若手は上を見て育つとは言いますが、、、。
最後にこの記事をここに貼っておきたいと思います。

取材に行かない若手

「あいつら、1日中編集部にいるんだよな」――。
これは某大手週刊誌の編集幹部の弁だ。あいつら、とは若手の編集者や記者を指している。電話やメールでの取材が中心で、「人と直接会ってネタを引いてくるという作業をとにかく嫌がる」というのだ。
筆者にも同じ様な経験がある。古巣で毎年新人記者が入社するたび、記者クラブで決まりものの原稿ばかり処理し、外に出たがらない若手が急増したのだ。中には、ネット上の掲示板からネタを「コピペ」し、無断で原稿に引用するような輩も現れ、社内で大問題に発展する様なケースすらあった。
筆者は、週刊誌の編集者・記者、あるいは契約ライター諸氏の大半が誠実に取材を続け、俎上(そじょう)に上る相手と日々ギリギリの駆け引きを行っていることを熟知している。ただ、先に触れたように、相手と直接接触し、感触を確かめるという基本作業を怠っている向きも確実に存在するのだ。
筆者は若手だけを指弾しているのではなく、こうした危ない記事作りを容認、あるいは黙認してしまっている編集部の体質にも少なからず問題があると考える。広告の減少と部数の減少を食い止めるため、刺激の強い記事を書く。こうした方針で各社の週刊誌は懸命に歯を食いしばっている最中だ。だが、刺激の強い記事をお手軽に濫造したとしたら、それは一層の読者離れ、ひいては購買部数の落ち込み、最終的には広告の枯渇、休刊(廃刊)という負のサイクルを転げ落ちることを意味する。
筆者は現役記者時代、取材経費を捻出するためにアルバイト原稿で各社の週刊誌には散々お世話になってきた。いまさら最上段に構えて批判めいたことを書く資格がないことは重々承知しているのだが、最近の取材の稚拙さには正直、危うい一面を感じた。週刊誌は新聞やテレビが掘り下げない告発記事、調査報道が使命だ。作り手内部の劣化は、最小限に食い止めるべき時期にきているのではないだろうか。

上の記事驚きませんか?まるで他人事。(笑)
一切の妥協を排して下を正しく・厳しく育てられない組織を待っているのは「確実な自滅」です。

2011年10月2日日曜日

失業は恐ろしい

ここ数日、清々しい朝が続いてきていたが、一雨毎に段々と気温が下がってきているのを感じる。
基本的には上り下りが続く中でやはり徐々に下がっていくというのがこの時期の気温。なんせ、もう10月ですから寒い日があって当たり前。今日はついに数週間使わなかった扇風機を屋根裏にあげて代わりにHeat Dishを持ちだしてきた。こっちの方が遥かに経済効率が良いので、家では滅多なことではセントラルヒーティングはONにしないのです。なんせ一、二階を暖かく保とうとしてセントラルヒーティングをオンにしておくと、月に7-800ドルを暖房費に取られる「リスク」がありますので。うちは富豪じゃありませんし、基本的に近未来の娘の進学費用に怯える貧乏人ですから。(笑)
貧乏といえば、日経でこんな記事が載っていた。全く笑えない記事で、周囲に居る年収数10万ドルを容易に越えるような家庭でも、明日は失業者というような所がアメリカらしいと言えばアメリカらしいところなんですが、貧富の差の拡大というのは別に日本だけの専権事項じゃなくて、ここあたりでも、ごく普通の世帯で見られることなんですね。自分の住んでいる周辺には黒人層やシスパニックの家庭は本当に少ないのでそういうものが視界の中に入ってくることは少ないんですが、通勤途上にリッチモンドに向かう途中などでは、朝からする事も無くただただバス停にボーッと座って話し込んでいるとか、ゴミ箱の空き缶を拾ったりしている人達が沢山居ます。こういった人たちの多くは貧困のスパイラルの中では最も底辺に置かれた人達で、教育があって、意欲さえあればやがて景気回復と共に再雇用の道が残されている人達とは根本的に立場が違ってるんですよね。
何しろ、教育がない、廻りにロールモデルがない、就職の道を探すコンピューターもない、そして最も悲惨なのはそこから脱出しようという意欲が「根本的に」無いということなんですよね。ですから、学歴も何も要らないようなマクドナルドでのクリーニングの仕事なんかが提供されていてもそこに応募しようという気さえ無い状態で、そういった「何かに挑戦しようという気持ち」が「長い間の貧困」(多くの人は生まれてこのかたずっと)と誰も示してくれない「労働による生活改善の過程・具体例」が人間を完全に磨り減らせてしまってます。あるのは暗い現実としての借金、そして多くの場合は子沢山でかつ、その子供達を進学させるようなお金も方法も知る由もないということ。
ごく一部の(本当に低い可能性)人達しか、そこから脱出することが出来ません。廻りのそのような家庭の親の話を間接的に娘の口から聞くことがありますが、一言で言って「将来に対する見通しが異常に甘い」人が多いです。楽観的にならないとこんな暮しやっていけないという人も多いんでしょうが、私は彼らに必要なのは現実に対する「具体的な現実の直視」とそれを改善するために受け容れるべき厳しい具体的な改善事項の達成計画を受け容れることではないかと考えます。
教育が無いということは、現代社会では本当にありとあらゆる意味で致命的です。それがここアメリカに来て現実をこうも見せつけられると、その思いは日々強くなるばかりです。人は或る時突然に貧困に投げ込まれる可能性が誰にでもあります。それは病気や不景気による失業だったりすることがメインなのでしょうが、そこを高いレベルで防御してくれる盾になっているのはどんな時でも教育と家族からのサポートだと思うんですよね。
そういう意味では教育の機会均等だけは国民に最後の最後まで提供され続けないといけないものなのですが、実際は(この国だけに限らないのでしょうが)そんな理想論とは反対に、金持ちの子は多少オツムに問題が有ろうと、日本円で数千万から億を超えるような親の寄付金や、全面的なプレップスクール(DCあたりの学校では大学の学費より高いプレップ校が幾らでもあります。)からのサポートで、超一流の大学にも行けたりします。(ブッシュなんかは日本でも有名ですが。)
そういう準備万端の連中を押しのけて進学するのはそうでない若者たちにとっては最初からフル装備で突撃してくる連中に素手で試合を挑むようなものですから、こちらが勝つにはカンフーの達人であるしか道はないわけです。(笑)頭脳が全ての徒手空拳チーム対フルメタルジャケット。どちらが有利かは普通は容易に理解できます。
貧困の固定と富裕層の固定。それが努力に見合ったフェアな(許容範囲にある)もののうちは未だ良いのでしょうが、それも度を越すと社会不安が増強してくること火を見るよりも明らかです。引き続く抗議もそういう現象の一端でなんだと思います。

2011年10月1日土曜日

Forever 21

今日は下の娘が友達の家に遊びに行きそのままKing's Dominionに行ってしまったので、その間隙を縫って上の娘と他の家族と共にForever21に服を買いに行った。
ほんの少し前までForever 21とは一体何なのかよく理解していなかったのだが、いわゆる「年頃の」娘さん達が比較的安価に自分たちのちょっとした服を沢山買いに来ているところだ。日本でもForever 21がもう出来たのかな?よく知らないんですけど、日本でも同じような感じでみんなが買いに来てるのかな。安くておしゃれな服を求めるのはどの国でも間違いなく共通ですからこんなふうに沢山の若い女性が集まってくるんだと思う。
しかし、こういうオシャレな所に居るオヤジというのは人種を問わず毎回共通で、どこに居ても「浮いて」居るし、居場所というものがそもそも無い。しょうが無いので、息子の手をひいてモールの中をうろうろするのだがそれでもやっぱり居場所はない。(笑)そう、ショッピングセンターは「そもそも」おやじの来る所ではないのです。ただ、お金を払いに来てあげるためだけに来るのでした。嫁さんには「お前の場合は2XForever 21だな~。」というとそれに怒りもせず同意してくれた。四十過ぎると達観してくれるか。(笑)
今日の買い物は来週娘がNYへの「修学旅行」に行くための準備。アメリカにも任意で(とは言っても殆ど行くのですが)行く修学旅行があって、シニアの学年で行くことが多いみたいです。他の州や学校ではどうかは知りませんが、周りはそんなセットアップが多いようです。
親が監督者として最初から大量に募集されているところもアメリカ的です。一緒に旅行についていってその安全の補佐をするところなんか実際に親がよく関与するこちらの通常の学校教育そのもので、修学旅行に関して言えばここらあたりが日本とは全く違います。親としてはただ良い思い出を作って安全に戻ってきてくれればそれで幸せです。

短所を長所に、そして収入の糧に

やっぱり世の中は広い。
今日は本当に「たまたま」ある人の動画をYoutubeで見た。ご本人には失礼だろうが久しぶりに心の底から呵々大笑してしまった。
私個人としてはアニメの声優さんが誰かなんてほぼ「ドラえもん」の大山のぶ代以外は知りもしないんですけど、この人の声は確かに相当特異。この人物は金田朋子という人で、まあ、ある種の人達には非常に有名な人らしいんですが。Wikiを調べてみると、なるほど~なというようなエピソードが満載。まあ、この人が自分の隣で生活していたら多分確実に「イラッ」とすると思うのですが、、、(笑)。見かけは実に若々しいと言うか「幼い」。
これでは確かにWikiにあるような色々と笑えるエピソードに包まれた生き方をすることになる訳で、こういった母集団の「99%」から外れるような特徴を持つ人は、その使い方、使う場所さえ間違えなければそれが逆に「実に得難い」長所に変わる劇的な例なんでしょうね。
これで38歳なのだから凄いもんです。何時までこの幼さを保つことが出来るのか、それとも可愛いおばあちゃんになるのか。まあ、興味はないんですけどwどうなるのでしょう。