2016年10月15日土曜日

お婆ちゃん危ないよ〜!

夜の道を車で走っていたときに魂消る出来事がありました。

前回この手のことに遭遇したのは朝の出勤時のことで、そのことはちょこっとブログで書いたのですが、今日遭遇した景色はやっぱり「ヤバイぜ」と思わせるのに十分出来事でした。

今回の出来事もおばあさん。右の方に有るストアから”イキナリ”横断歩道でも何でもない道を思いっきり突っ切って渡ってくる黒の上着と白いシャツ、そして灰色?のズボンの白髪のお婆さんが見えました。対向車線の車も思わず停まるし、当然の如く更に向かい側の車線に当たる私も停まる事態に。

お婆さんはゆっくりと渡っていった後、歩道から私の方に会釈をしてくださったのですが、そんなことはどうでも良いんですお婆さん。そんなところをこんな薄暗い宵闇の中で渡ったら”かなりの確率で”跳ね飛ばされちゃいますよ〜!って心のなかでビビって叫んでましたよ、ホンマに。

全然洒落になってなかったです。愛知県では交通事故死の約6割がいわゆる高齢者だというのですが、もしこういった人達、もしくはこれに類するような行動を取る人達が犠牲者だというのであれば、申し訳ないのですが跳ねてしまった人達の方の人達には”お気の毒”としか言い様がないなと私は思います。

勿論、跳ねた事自体は過失という言葉で表現される類のものなのですが、道脇から飛び出して来る鹿を避けることは一般の人にもプロの人であっても、相当のレベルで”無理”だというのが私の偽らざる見解です。
正直な所、跳ねられたお年寄りは当然のごとくお気の毒ですが、跳ねてしまった方もこれほど後味の悪い不幸な出来事はないと思います。

やっぱり高齢者がこうやって道路を横断することの多くなった時代にはドライブレコーダーとインテリ・セーフシステムは必須だとしか思えません。加害者には絶対になりたくないものですが、万一は万一・・・正直怖いなって思います。

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バイリンガルの就職先は?

そもそも我が家の長女の場合は日本大好きとは言うものの、日本の企業やシステムに就職しようという気はちっともないような感じなんですが、バイリンガルの人たちはどの言語のバイリンガルであれ、どういう感じで日本や海外での就職を考えているんでしょうかね。

21世紀の今時、言葉だけ話せてもそれは単なる”何かをする為のツール”なわけですから、それ以外に何かしっかりとしたウリがなければどうしようもないことはアホでない限り理解ができそうなものですが、日本からの語学留学生とかの話をブログとかでチラリと読んでみると日本でもどうしようもないレベルの生活をしてるのに、アメリカ来てどうすんの?と一時間位説教してやりたいような連中が”いまだに”多いことに腰が抜けますよ、オジサンは。w

これだけ情報豊かにその手の人達の悲惨なその後の人生が語られているサイトが沢山有るのに(まだ語るだけの能力と継続性の有る人なら未来はあろうというものですが!)それらを無視して国外で話せるようになればなんとかなるなんて思っている人たちは所詮その延長線上のレベルでの未来しか無い訳なんですが・・・。

日本語が達者でない人間が外国語に切り替えたからと言って中身のある話が出来るように成れるわけでもなく(言葉を切り替えると発想の様式が少々変わることは私自身ありますが)、スカスカの人はそのスカスカぶりを別の言語で表現するのみで、仕事を新しくする能力が備わったわけでもありません。(純粋な通訳者も、両言語のバックグラウンドにそれこそ”精通”していて初めて成功の第一歩を得る”資格”を得るのみでしょうから。)

また、日本の独特な就職における習慣も海外で小さい頃から成長してきた娘には多分全く合わないでしょうし、年齢が異常に偏ったリクルーティングが主である日本の企業の就職事情もアメリカの常識しか知らない娘にとっては到底受け容れ難いものが有ることでしょうから、ここらあたりはまた別の意味での”参入障壁”かも?w

ヨーロッパの人間であれば、数か国語を方言レベルでネイティブとしてハンドリングできる人間は掃いて捨てるレベルで居るわけですから、多言語話者と言っても面積の小さな国が複雑に入り組んだ地域ではそれがデフォルトだったりすることもあり、特に何のアドバンテージもないわけで他に何かプラスアルファの能力がなければ厳しい世界でしょうね。

また、日本と違って例えばアメリカの場合は年齢ではなく、能力、知識、経験などというものにお金を払いますから、年令に関係なく高給を取る人はたくさんいますし、性別、人種、年齢、宗教を聞くことさえタブーもしくは法で禁止されたりしています。日本と大きく異なるのはまず履歴書に顔写真を貼る欄自体が無いというか、そんなの”あり得ない”ということでしょう。多分、アメリカ人にそういった話をしたら???という反応をされるはず。For what?って。

いろいろとまとまり無く書いてみましたが、こう書いてみるとやっぱり日本語と英語が出来るくらいでは今時屁のつっぱり程にも役に立ちそうにもありません。語学留学で数年間の現実逃避を考えているような人達は頭をもう一度冷やして、そもそも日本語のスキルや他の能力を磨くことを考えたほうがよっぽど堅実な未来が待っていると思うんですが如何でしょうか。

もともと何もない人は住む場所を変えても殆どそのまま、もしくはそれ以下の現実しか待っていないのだという冷然たる現実を直視すべきでしょう。特に根性のない人や継続能力の低い人には国外ではより厳しい世界が待っていると思ったほうが良いのではないでしょうか。文法の危うい酒場のブロークンな英語(外国語)を身に着けたところで、酒代は払えても誰もあなたをrespectはしてくださいませぬ。

結局、今時の若人はバイリンガルであることはただ便利な道具であるということくらいに考えておくべきで、何かそれ以外の能力を持ってこそのアドバンテージだと考えるロートルのオジサンの独り言でした。バイリンガルであることを充分に使われて仕事をされている方々には失礼極まりな文章ですかね。その点は申し訳ない!w

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2016年10月14日金曜日

両親田舎へ帰る

一週間にわたる両親の名古屋訪問が終わる日になりました。

基本的によく解っていない母ちゃんの方は来た当初「嫁さんと孫」が居ないことに失望していることを親父の方に話していたのですが、そんなの来る前から判っとることで、こういう認知機能低下の炸裂ぶりにはがっかりさせられることもありはしましたがとにかく休日を間に一日挟んでのちょっとした親孝行ができてまあ良かったかなと・・・。

今日は午前中にシャカシャカと仕事をして、各病棟の師長さんに内線で三〇分ほど時間をあけることの連絡とほかの内科の先生にその間ご迷惑をおかけすることを連絡、家で待つ両親を拾いに行きそのまま藤が丘の飛行場行きバス停まで送り届けました。

その短い時間で車内で後ろの座席に座る両親と話をしたのですが親父の方は例によって少し涙もろさが出たようで余りこっちを見て話をしませんでした。w(毎度のことで私としてはまたかいな〜!なんですが。)

バス停では親父とは握手、母ちゃんとはハグをしてお別れ。写真を数葉撮った後のお別れとなりました。基本的にこの歳になってくると同級生や同い年周辺の人でも両親とも今はもう居ないとか片親は亡くなられて既にいないという方は極普通ですので、私にもそういう日が近々くるのかもしれません。(順番通りになればのことですが・・・。)

老いていく両親とは昨日の食事時にも”万一の時のお別れの考え方”や”どちらかがどうにかなったときの私の考え”というのを淡々と話す場を設けることが出来、これはこれで現実を直視し、近未来に起きるであろう今後のことを考える良い機会になったと思います。

こんな両親、こんなバカ息子でもお互いに出会ったからには少しでも良い時間を過ごしたいと思うのは自然ですよね。 :)

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2016年10月13日木曜日

この年寄り達と来たら・・・

昨夜は藤が丘の寿司屋に行きましたが、今晩は同じく藤が丘のモツ鍋屋に行きました。

本当にギリギリ上着を着なくてもいいと思える気温だったのですが、帰宅前に風邪をひかれると困りますので、爺様婆様には一枚づつ私の方から上っ張りを貸し出して来ていただくことに致しました。しかし二人共元気によく歩きます。来る前には”老いぼれ振り”をこの眼で確かめてやろうと考えていたのですが、この点に関してはいい意味で空振りでした。今のところは車椅子やシルバーカーは準備しなくても良さそうです。

モツ鍋屋では熊本直送の馬刺しや各種串焼き、そして勿論モツ鍋を食べて全員が腹一杯。チビ助(150センチに遥かに届かない)の母ちゃんは一滴も飲めない親父と違って実にうまそうにビールをグイグイと空けていきます。
あんまり飲ませたら帰りがヤバイかもということで、ジョッキの二杯目は私も少し母ちゃんの分を奪って呑むことに。ところがそれを見咎められてしまいました。w

モツ鍋も底まで掬って食べましたが味は良いもののモツ自体の量が少ないのがちょいと不満でした。うまかっただけにもう少し本場の博多風に沢山具を入れてくれろ〜!と心のなかでは思ったのですが、、、等と言いながらこの店は二回目です。

二、三時間ほどで家まで帰りましたが、帰りがけがもうね、何というか当てられっぱなしで、、、。おいた二人がおかしな掛け合い漫才のよいうにお互いに文句を言いながら、二人のツンデレ野郎達は帰りの夜道を手を繋げてゆっくり私の後をついてきます。

若い頃はあんなに毎日毎日大喧嘩をしていた両親が、結婚五十年を過ぎてもこんなに仲良く過ごせるなんて言うのはチョット不思議なもんだなと”心のなかで”思いました。そんな両親には写真を取るたびに「どれが遺影になるかわからんから良い顔して〜!」と憎まれ口を叩くのが精一杯の私でした。親父はゲラゲラ、母ちゃんはと言えば「まこっちゃが」(その通りだ!の意味)と言ってこれも笑っておりました。

帰り着いて両親から「あー美味しかった!」と言われた時は素直に嬉しかったですな。明日は午後に両親とも九州に戻ります。

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2016年10月11日火曜日

アメリカの長女からの就職相談

夜中、寝ようとしていた頃にいきなりLINEが鳴りました。

嫁さんからかな?等と考えながら画面を見るとなんと長女から。何だろうと思いながら文章を読むと「仕事の件で悩んでる」との文章が打ってありました。「直接話す?」と返すと直ちにLINEが鳴って久しぶりのアメリカの娘の声。

一体どういう点で悩んでいるのかと聞いてみると、いろいろとインタビューを受けてほぼ100%のジョブ・オファーを受けているらしいのですが、以前もここで書いたように、仕事の内容抜群でも給与が満足できなかったりとか、ちょっとしたことでいろいろと気になって将来に繋がるようなリサーチ関係の仕事がしたいとのこと。私から言わせると就職一年目にして贅沢すぎ。ただし、最初が肝心という言葉もありますし、娘的には正しい選択と悩みなのでしょうね。

彼女のHopkinsでの専攻は社会学と認知科学でしたので、それらを生かせる仕事ということでかなり贅沢な悩みに翻弄されているようです。取り敢えず今回は二件の内どちらを選択するかで悩んでいるとのこと。レジュメもバッチリ書けていたのは確認しましたし、GPAも他と比較して何も問題にならないレベル、また、サマーインターンをしたラボのUCLAの教授からも有り得ないような極上の推薦文を頂いておりましたので、そういう意味では就職戦線は気負いなく戦えているのでしょう。

現在の悩みはシンクタンクにするか、それともヘルスサイエンス系のガバメントからの助成をされた巨大ファンドのアシスタントプログラムアナリストをするかということだそうです。後者は初の就職とは思えない給料もビックリの額なのですが、自分のしたい”研究”ではない、前者はバッチリしたい仕事そのものなのですが、現時点では詳細なヘルスその他のベネフィットを含んだ情報が開示されていないいということで、後者は今月24日から仕事を開始して欲しいし、前者は来週の14日までにオファーの仮内定から本内定への進行があったかどうかの返事が来るということでした。

私からの返答は「おまえならどちらでも問題なく次のキャリアに繋げることが出来るから心配せずに気に入った方を選びなさい。来週頭までに研究職の方のオファーが本決まりになったら少し位給料が低めでも将来のこと考えたらそれでも問題ないと思うよ。どっちにしろ何れを選んでもWINだ。」というものでした。

彼女の場合は日本と違って転職するごとに給与は年額でボンボン上がっていくシステムに乗っかっていますが、今後のことを考えると、仕事に関連する領域で”研究上の人的交流や政治的コネクション”を増やせるような所であるワシントンDCでの仕事は何を選ぼうと将来的にはポジティブに働くことでしょうし。

私は内心、Teach for AmericaとかUnited Nations当たりから仕事を取ってくるのかなくらいに思っておりましたので久しぶりに聞いた娘からの仕事の話は「ナルホド」とは思いつつも意外な感じがしなかったと言えば嘘になりますか。

まあ、そんなことは実に言うと更にどうでもよくて”健康で前向き”な生活をおくってくれているだけで私にしては最高に幸せなホッとする久しぶりのコールでした。w

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