2016年8月9日火曜日

強い日差しのもとで溶けそう

先日、ポケモン収集を兼ねて刈谷の方まで行ってきました。

ハイウェイ・オアシスというのに行ってみれば、人も沢山いるし変わったものもゲットできるかなという目論見込みもありました。刈谷にはアッという間に到着し、確かにそのオアシスにはステーションも沢山あって、人が遊べるようになっていました。

もともと、道の駅とかハイウェイ・オアシスとかいう名前がついたものが一体どういうところなのか、まず行った事自体がないのでほとんど何も知らないというのが本当のところでしたので、高速道路の脇にドデカイ観覧車が見えた時には驚きました。

スマホ片手にオアシス内をウロウロする人達の多いこと多いこと!本当に笑ってしまうくらいポケモン狩りをしている人達で一杯でした。老若男女特に30代前後と思しき男女がスマホ眺めながらウロウロウロウロ・・・・。ガイジンさんも居ましたね〜。ヒトが多いところにはポケモンも多いというのは本当みたいでした。

ところが・・・この日は猛烈な暑さ。茹だるような暑さとはこんな感じというのが正しいのですというような暑さでした。二時間ほど園内をウロウロして結構な数のポケモンを収集したのは良かったのですが、その間に飲料水を購入した数の半端ないこと。w
後で計算してみたら約二リットルほど飲みきっていましたが、その間に一度もトイレには行きませんでしたので、その摂取量に近いレベルの大量の発汗があったものと推測されました。

家に帰り着いて風呂に入る前に肌を見てみたら上腕と首の周りが激しく発赤していて思わずニンマリしてしまいました。

これじゃあ、熱中症の発生件数が日本中でうなぎのぼりなのも納得だなと体で体験して思えた一日となりました。

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2016年8月8日月曜日

陛下の「お気持ち」表明

今日は診療中に陛下の「お気持ち」表明の時間が重なりました。

三時から始まった陛下のお人柄を表すような、訥々としかし本当に選びぬかれた言葉を紡がれるのは毎度のこと。単に陛下ご自身の件にとどまらず、今後の皇室や天皇制自体にまで大きな影響を及ぼす可能性のある今回の「お気持ち」表明は、実に日本の今後の歴史を変える言葉である可能性があるわけです。

象徴天皇として存在される陛下は、当然の如く政治に関与することは出来ないシステムに成っておりますので、生前退位に関する”熟慮”の後の今回のご発言は到底政治の側でも無視できるものでは有りません。

陛下のお考えのもとになっているのは、父君である昭和天皇・裕仁の大喪の礼等の「もがり(殯)」の記憶と崩御される前の長い長い沈み込みの記憶を持った日本。陛下は激しく、長く、厳しい各種大量の国事行為を行う”天皇”という役割をキチンと全う出来るだけの知力・体力を持つものがその任を果たすべきだ、と考えられていると私は私なりに解釈いたしました。

今上天皇は美智子皇后とともに支えあい、まさしく「日本」の為に個人の存在を消し、全てを日本の為に捨てて下さった長い人生を送られてきました。わたしは、個人としてはもう十二分に日本のためにその力を使ってくださったと考えております。

もう、徳仁親王という素晴らしい人格者が後継として育っておられるのですから、その大任の襷を渡されても何の支障も無いのではないかと考えます。高齢化する日本の中で陛下ご自身も高齢化されるのは当然のこと、今後の事を考えても、お二人には、そろそろお二人で愉しまれる時間を持っていただいても何の問題もないのではないでしょうか。

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2016年8月7日日曜日

息子も二十歳になりました

今日は息子の二十歳の誕生日でした。

私にとって息子がこの世に生まれてきて初めて彼を己の腕に抱いた瞬間はまだまだ本当に昨日の事のようです。嫁さんの体から出てきて未だ粉を吹いていた息子を見た瞬間思ったことは”そら豆”のような頭の形をしてるナ〜、ということでした。

この形は間違いなく俺の遺伝子より嫁さんの遺伝子のほうが”濃い”んでないの?と思ったものですが、顔の方は見る人がみな私の方に似ている、というかそっくり等と言われておりました。自分の腕の中でゆっくりと手足を動かして、初めて見る珍しい世界の空気を吸っている我が息子を見て手足の先がジーンと来るような甘い感覚に襲われたのを今も新鮮に覚えています。

未だにあの不思議な感覚は忘れません。最初に娘が生まれてきた時もこの感覚に襲われましたが、人は本当に感動すると何か不思議な物質が体から出てくるんだろうなって言うことがよく理解できました。βエンドルフィンとかそういうものなんでしょうかね?知りませんが。

あれから20年。本当に色々なことを夫婦で経験しながら長男の成長を見つめてきましたが、息子が優しい女の子二人に挟まれてすくすく育つ様を見てきた20年は一言では言い表せない時間でした。言葉の発達の遅い息子に障害があるんだろうなということは夫婦が互いに話さずとも何となく解っていましたが、最終的にアメリカでautism(自閉症)であると最終的に診断されても、私達夫婦にとっては息子は息子。それこそ望まれて我が家に神様から選ばれて送られてきた子だということに何の変わりがあるわけでもなく・・・。

むしろ息子の存在は、我々にとってのみならず二人の娘達により大きな影響を与えたようで、その生き方や発想、将来の仕事や興味にまで強く強くその人格形成の土台になったようです。

言葉にすると安っぽくなってしまうので、その影響を縷々述べるようなことはここではしませんが、彼の存在は確実に娘達を人に優しい、しかし、差別には猛然と反対する”静かに戦う人間”を作ったと感じています。また、我々夫婦はアメリカ社会の素晴らしいコミュニティの皆さんに公私にわたってこの子の子育てに関しては大変なお世話になりました。
障害があることをものともせず包み込んでいくサービスの存在と、人はだれでも一個の自立した存在として認められてしかるべきという考え方のなかで育った子供達はまさにアメリカと日本の文化のハイブリッドと言って良いと思います。

アメリカに戻った時にいつも恥ずかしそうに私を迎えてくれる息子に会う度に私の心と体は甘い気持ちに包まれるのでした。後10ヶ月ほどは嫁さんが息子を守ってくれますが、その後は私もその環の中に加わってしっかりと彼とともに成長を続けたいと思っています。

息子よ、お父さんとお母さんのところにやって来てくれてありがとう!次に生まれ変わって新しい家族になってもまた俺の息子になってくださいって、こんなみっともない親父じゃ嫌かもな?w

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2016年8月6日土曜日

懐かしい先生と再会

名古屋大学生化学教室100週年ということで、招待されてはおりましたが私などが行ってもしょうもあるまいということで、出席はご遠慮させていただきました。

名大の生化学は知る人ぞ知る「ミカエリス・メンテン」の公式の産みの親であるミカエリス先生が四年間を教授として過ごされたところです。この公式を知らないで医師や薬剤師になったという人は(例え内容は忘れていても!)居ないはずで、もしそうでなかったらその方はモグリと謗られても致し方無いというほど有名な酵素の速度反応論の大原則です。(知らなかったのですが、この先生は名大からはホプキンスに移って教授を続けた後、ロックフェラーでその教職人生を終えられているようですね。)

とまあ、そんなことは私にとっては何の関係もないことで、私は名大に一年半ほど滞在し、この大学の生化学教室に移ってきたある教授の教室立ち上げをお手伝いさせて頂いたのですが、その当時の同僚の一人で、今は名古屋にある大きな病院の内科ですっかり偉くなってしまった先生と二次会のみ待ち合わせという形で、ほぼ19年ぶりに再会しました。

待ち合わせ場所は高島屋の金時計したという名古屋人にとっては”ベタ”な場所。w 通常は多くの若人たちが恋人や友人と待ち合わせをする場所ですが、まあ、オッサン同士20年弱の月日を経て会うということで、そんなベタなところを選んだのでした。

飲んだ店はこの前から続けていっている牛たんのお店「かわせ」。(どちらかと言うと、一度行った店に連続で行き続けるのが私流です。工夫がないと言われそうですが・・・。)店の中に入った後は、つらつらと昔語りをしながらいろいろな話が盛り上がりました。今の仕事の話などお互いにほとんどせずに、互いの家庭の事や、昔の生化学教室にいた野郎共の話などを面白おかしく話しての三時間弱でした。

家が途中までは同じ方向でしたので、一緒に東山線に乗ってまた途中までいろいろな話をしました。みな努力をして頑張っているのがよくわかりました。私も再度ガソリンを注入されたような感じになりました。

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2016年8月5日金曜日

ビクつきながら飲むお酒

今日は有る精神科の病棟からのお誘いで納涼会がありました。

私の勤めている病院では精神科の病棟が沢山あって、その中の薬物中毒、アルコール中毒、認知症、統合失調の患者さん達の為に幾つかある病棟のうちの、内科関連疾患を持っている人達のフォローアップを受け持っている関係で、昨年度までとは違って、受け持ち患者さん達の数が爆発的に増えております。

今回の病棟は、薬物中毒の患者さん達が入っているところの看護師さん達との納涼会でした。そこで働く看護師さん達は実に普通の方々で、右から左にテキパキと仕事をこなす能力を持った方々。あんまり大きな声では言えないのですが、幾つか有る精神科病棟の中でも突出して仕事がデキる人達の集団の一つです。

ただ、この病棟に来られている精神科の先生の中のお一人が、お酒に大変弱く”酒に呑まれるタイプ”の方だったので、戦々恐々としておりました。なぜなら、その先生は酒にまつわるあらゆる”伝説”を残してこられた方で、薬物中毒の病棟にドクターとして来られているのは良いものの、酒癖に関して言えば”叩けばホコリ”どころか”真っ黒な伝説”が出てくる人でしたので、その先生とは近くで飲まないように気をつけておりました。w

一次会でも、案の定、消費ガソリンの量に比例するがごとく、遠い席に座るその先生から黒い炎が立ち上っているのが見えてきましたので、最初に予定していた二次会のカラオケへの移動を取り止めて素直に家路につくことにしました。(その先生がカラオケに行かなければ、私は行っても良いかな?くらいには最初に考えていたのですが・・・。その先生が泥酔しつつも二次会のカラオケに行くという情報をキャッチして急遽中止いたしました。w)

一次会自体は美味しい料理と楽しい会話が沢山あって、親睦を深めるという意味では大変意義深いものでした。しかしながら、素直に早く帰ってシャワーを浴びて、素直に早く寝るという健康法に勝る体調管理法はありませぬ。

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