2015年4月8日水曜日

元同僚との再会

今日は嫁さんと少しばかりのアンティーキング。

子供達の春休みが始まっているので、家には子供達がいます。
長男と次女、それぞれやりたいことをやっているのですが次女の場合休みに関係なくガンガン宿題を出してくる学校なので、とりあえずは眠られるだけ長時間眠るというのが現時点で最優先の仕事のようです。

とりあえずは昨日のうちに整理を終了した家の中の本を大量に整頓した後、いろいろと細かい家の中の雑用をこなして夕方からの旧ラボの同僚との再会に備えることにしました。
しかし、その前にも再びGood Willにいろいろなdonation用の服などを大量に運び込みました。家の中をなるべく早めに綺麗にしたいですからね。w

夕方近くなって本当に半年ぶりに昔自分がいたラボのビル近くに向かいました。
ビルの下で待つこと数分。待っていた同僚が登場し、地下の駐車場へ。クルマを駐車した後、近所のIrish pubへと向かいました。椅子に座った後の会話は怒涛の如し。現在のインスティチュートの様々なゴシップや報告が次々に詳らかにされました。半年分ですからもう半端ではない量の濃い情報が流れてきましたが、今のセクションチーフが来てからはセクション自体が確実に死に向かって一歩一歩進んでいるのは確実なようです。
まあ、私にはもう関係のないことなんですけどね・・・。

その後はアメリカンサイズの様々な食物をヒーヒー言いながら腹の中に突っ込みながら、お互いの家族や健康のことに関する話をして楽しい時間を過ごしました。三時間弱のトークの後は、食事と情報で満タンになった腹と脳味噌を感じつつ家路につきました。

それにしても、、、旧ラボの崩壊は凄まじい速度で進んでいるようです。
間違った人物が間違ったポジションにつくと間違ったことが粛々と進んで組織が死んでいくという実例が、今まさに旧ラボで起きていると言う事を確認して愕然としたのでした。

さて、この後どうなることやら・・・。私はじっと外から見守ることしか出来ませんが。

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2015年4月6日月曜日

緊張と恐怖のドライビング・レッスン

15歳の次女の仮免から本免への移行のために必要なドライビング・レッスンをしました。

しかも、通常は嫁さんと二人では行ったことのない高速道路とリッチモンド都心部での運転練習です。
前回のアメリカ帰国時の練習では、ほぼ外部のトラフィックとは隔絶されたいわゆるクローズドのパーキングで、直進やグルグル回るような周回走行、簡単なパーキングの方法の教習だけでしたので褒めて育てるという方法を使い好評だったようですが(嫁さんが間接的に教えてくれたところによれば!)、今回はそうはいきません。

クルマという便利な道具が本来持つ危険性がモロに出てくる高速道路と交通の量が半端ではない時間帯でのリッチモンドのメトロポリタンエリアでの走行はぼやっとした運転や先を読まない運転をしていてはアッという間に他の車輌からクラクションをホンクされたり、実際の事故になりますから「例え娘には不評でも」注意されたことが頭の中に残るように注意と説明をしていかなければなりません。

路上の変化はそれこそ万華鏡のようで、自分が如何に注意していても外的な要因で事故が自分に飛び込んでくることもあるし、ちょっとボンヤリしているだけでもアッという間に自分が大きな事故や大渋滞を作りかねない大元になり得るのだということを運転中に口を酸っぱくして繰り返し実例を説明しながら話しました。

レッスンでは(来なくても良いと言ったにも拘らず)嫁さんも息子も乗り込んできての走行で、高速道路の中に入って、助手席から、合流・加速・減速・車線変更・離脱・横風の影響・天候変化時の注意等を説明していきました。勿論一回や二回の説明と実習などで頭の中に入ってくれるとは全く思っていませので、説明には「繰り返し」を用いてのしつこいものになりましたが、高速はマア良いかな位の感じでした。

問題は街中に入ってからの走行。特に左からくる車輌を見ながらの右折のタイミングが、もう「全くダメ」で、これじゃあとても今の段階では交通がビジーな場所での運転は危険だと思われるレベルでした。
特に最悪だったのは、T字路で左右が其々に車輌が流れている状況での「向こう側車線」への左折でした。右折だけでも覚束ないのに、この左折はもう全く右左を確認するタイミングがトロくて、左からの流れがOKでも右側が確認できていない、右側OKの時には今度は左側の流れがもう既に「数秒間」お留守になっている状況で頭を突っ込んでいこうとします。

思わず「ダメ!!!!」と、大声でストップさせたりしました。道路上での数秒間がどれほど大きな時の流れであるかということが実感として「全く」知覚出来ていないというのが本当に初心者の初心者たるところ。将来にわたって痛い目にはあって欲しくないので、どんなに嫌な思いをしようが、頭にそれが厳しく鮮明な記憶となるようにココぞとばかりに言うべき事は言いました。

帰りの道すがらでの運転の時には、どうやら何度も涙を拭っていたようでした。w
家に帰ってコッソリ嫁さんが言うには、もう暫くはお父さんとのドライビングレッスンはしたくないとの事。それで大いに結構です。現実の世界での運転は重大な責任を伴うものであり、生半可な気持ちで路上に出たら自分の命も含めて他人の命も奪うことが十分にあり得る恐ろしい一面があるのだという事を理解していただければ、路上練習で「嫌な思い」をして学習効果を高めていただいたほうが親としては「断然」マシです。

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初日から・・・

結局昨日の夜、と言うか夕方の四時からシャワーを浴びてベッドの上で一眠り、、、と思ったら翌日の朝五時近くまで12時間以上寝入ってしまいました。

まあ、いい感じで時差ボケを解消するにはこの手のハチャメチャな疲れを利用してそのままカオスに突っ込んでいくのが「私にとっては」ベストなのですが、さすがに朝起きた時には「おお、寝過ぎた〜」と感じましたね。この歳にして12時間のノンストップ睡眠というのはなかなか無いことでして。w

起きた後は、嫁さんの作った懐かしの手料理でブランチでした。
さて、その後が大変でした。今回の訪問の大きな目的である(今後の数回もですが!)二年後の引っ越しに備えての荷物の片付け開始です。まずは日本に荷物を送る時に絶対に持っていかないであろう物を頭の中でリストアップして片付けていかなければなりません。

大量の雑誌、子供達の幼少時の服で想い出の中に蘇ってこないもの、子供達の学校のノートや作品、季節の飾り物その他諸々の箱などのジャンク。
屋根裏に上って埃にまみれながらの作業でやたらと咳と鼻水が出ます。まあ、アレルギーですね〜。仕方がないので階下からマスクを持ってきてもらって装着したところピタリと咳が止まりました。鼻水はもう暫く続きましたが・・・。

結局二時間以上の作業で数袋分の服がGood Willに出され、大量のsports illustratedの雑誌がゴミ処分場に運びこまれ、カウンティのリサイクルボックスに叩きこまれました。
実際のところこれでもまだまだ始まったばかりですので、後どれくらいのものがゴミ、リサイクル物品などで出てくるのか想像もつきませんが、淡々とやり続けるしかありません。嫁さんは屋根裏のリスが怖くて一人では上に上がらないようにしているらしいので、私がいる間にドンドコやらねば!w

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2015年4月5日日曜日

アメリカの家へ到着

リッチモンドに到着しました。

移動する飛行機の座席はエマージェンシーEXITの隣だったため、脚を伸ばす事はできたのですが隣に大阪弁を話すちょっと風変わりなオジサンが座ったため結構不思議な旅となりました。
某自動車メーカーに組立て工として勤めていたというこのオジサンの息子さん、今はNASAのゴダード宇宙飛行センターで努めておられるとのことでしたが、喋る喋る。

饒舌に自分の生い立ちや自動車組み立て向上話をしてくれるのは面白いのですが、それを一時間も二時間も横でされるとさすがに私も疲れてきて・・・と言う感じでした。
しかもこの70過ぎてるオジサン、横で珍妙な姿勢で座ったり、頭を座面に押し付けて尻を前に座るCAさんに突き出して寝たりと結構なメチャっぷり。w

今回の飛行で、飛行機が結構な乱気流の中を飛び、ミール・デリバリーのサービスをしていたCAさん達の顔が強張るのが見えていましたが、暫くして気流が落ち着き静かになった後、ジャンプシートに座っていたCAさんに向かってこのオジサンが「巧いパイロットやったら気流の中はスピード上げて、こうナンチュウカ、しゅーーーっ、さーーーっと行けば揺れんのにな〜!」と力説していました。
私はこれにもし同意すると、目の前の江角マキコのスタイルに山口智子そっくりのきれいな顔をしたCAさんに同類のお方?と思われるのが「チョッピリ」ハズかしかったので、半分気絶したふりをしておりました。w

機内では洋画一本、邦画二本、ドラマ一本を見てチョットだけ寝ましたが、アッという間にDCに着いた感じでした。
後はいつものお決まりパターンで飛行場に迎えに来ていた嫁さんと息子とハグ。クルマをそこから二時間半私自身が運転してのアメリカン・マイホームへの帰宅でした。
家に荷物を運び込んだ後はお決まりのおみやげタイム!お菓子や事前にリクエストのあった諸々の品々を床の上で全開にして(小さな!)家族の賞賛を勝ち取りました。

やっぱりアメリカの道も家もリラックスできますね〜!老後に金さえかからなければやっぱりこの国は私にとってストレスの少ない住み良い所です。

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2015年4月3日金曜日

やっぱ猪木はキチガイw

日本を発つ前にビジネスホテルで国会中継を観ていました。

そこでの審議は、最初は共産党の議員と大臣との間の真剣な討議でしたが、次に現れたのがアントニオ猪木。
もうね、、、こんなのに投票する連中の顔が見たいというようなデタラメさと空虚な質問の連発でした。最初は「元気ですか〜、と言いそうになりました。云々」という話で始まり、周りの議員も苦笑いだったのですが、次第に自分のブラジルでの話になってきたかと思ったら・・・。orz

ブラジルでUFOを見たんだけど、この話を信じますか〜?とのお話。聞いている周りの議員の子も強張ったり明らかに嘲笑の表情を見せているような顔を見せたりと言う感じでしたが、無理もありません。だって、テレビの前で見ている部外者の俺のほうが「この人アタマおかしいわ」と心配になってしまい、ハラハラする始末でしたから。w

中学校の生徒会長が笑いを取るために話をしているのならまだしもここは国会。しかもあんたは数千万円の血税を注ぎ込まれて活動している国会議員のセンセイ様のはずなんですがね?
まあ、議員であるための最低限の勉強もせず、実務に必要な知識も無く、勢いだけで議員になっているお方ですから「馬脚」は最初から見え見えですから仕方ないんですけどね。言ってみれば72歳のタダの元気なお爺ちゃん。

その国の議員のレベルはその国の国民のレベルとはよく言われますが、少なくともこんな人を国会議員に選んで自分の命運をこの無学なお爺ちゃんに託そうというレベルの人達が「ある程度の数」はこの国に居るということなんでしょう。民主党が選択された時もアメリカから歯軋りしていましたが、この人に至っては見ても出るのはタダのため息でした。

ああ、そういえば猪木の質問になっていないような質問に対して、防衛相はセンセイ様に失礼の無いように丁寧に応対されていましたが、本当にお疲れ様でした。

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