2013年10月10日木曜日

降り止まぬ雨

毎日毎日じゃんじゃん雨が降り続いています。
それだけなら未だ良いんですが、気温も急激に下がってしまっていきなり初冬という感じです。
これで風が吹いてきたらもう体感気温は激下がりだろうと思うんですが、とりあえず今のところ風が吹き荒れるようなことは起きていないのは幸いです。

夜にはあんまり寒くて身体に震えが出てしまったので、夜遅くにもかかわらず毎年お世話になっているヒートディッシュを冷え冷えとした屋根裏部屋から引っ張り出してきて、かちりとスイッチを入れて脚の冷えるのを防ぐことにしました。

このヒートディッシュなんですが、冬には我が家では二階にも一台、一階では二台置いておりましてセントラルヒーティングなどという大量にエネルギーを使うシステムはなるべく使わないようにしています。特に夜など、部屋の移動を余りしない時などは三部屋も四部屋も温める必要はサラサラ無いので、自分の脇にこのヒートディッシュをちょこんと置いてスイッチオンするだけで問題はなくなります。

実際にこれが経済的には非常に良い事だということは毎月の電気代とガス代の合計に表れておりまして、このヒートディッシュ1個$60という投資を一度した後はコンスタントに毎年大きな光熱費のドロップが起きました。それもかなり大きな回収率ですのでもし冬のガス代が高く付いていてお困りの方は、お客さんが家に来ない時などはこのヒートディッシュで凌がれると良いと思いますよ。

ただし、赤ん坊のいる御家庭にはお勧めしません。万一身体の片面ばかりが長時間赤外線の光源にさらされ続けて低温やけどを起こしたり、もたれかかって直接やけどを負ったりしたら目も当てられませんので、これは良くないと思います。要するに赤ん坊(幼児)とヒートディッシュはコンパチブルではないと思います!

使用法をよく守った上で節約ライフを。。。

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2013年10月9日水曜日

MGHからの候補者

MGH(マサチューセッツ総合病院)からやってきたPhDのFaculty candidateが講演をしました。

最初から何だか偉く態度がでかいなという感じで講演が始まったのですが、これは後で間接的にラブディレクタも同じ事を言っていたということを同僚から聞いたので皆同じ感想を持っていたのかもしれません。その友人自身も同じことを言っていましたから。
とりあえず態度のデカさは学長クラスということだけはイントロだけで確認できました。w(実際、ハーバードやその他の有名所から来た研究者でも実際の研究内容が非常に充実し、かつ態度も実にジェントルな研究者も沢山居るのは周知の事実ですので皆が皆そういう人物ではないことは明白です。ハーバード関係の方は誤解なきよう。)

そこで、講演が始まってお手並み拝見というところだったのですが、三部に分けたその内容は残念ながら何も目新しいことが無い上にMGHだからこそ出来るドラグネット的な実験であるということ、また、薬剤を投与しての患者の生体系の反応を見るような大規模実験はそういった大規模拠点病院を外れるとなかなかグラント等は取れるものでないということを理解できていなのは明らかでした。それにしても目新しことが何一つ無かったのは参加していて実に時間の無駄でしたね。

最近、何人もの人物が講演に来てそのポジションを求めてきますが、仕事を求めてやってくるのにラブヘッドにまで態度が云々と言われるようでは最初の一歩でネガティブイメージを「自分から」進んで撒き散らしているようなもんですから、自分を不利にしていることに気付かなければ自殺点と同じ。
同僚の研究者も同じ共同研究者、もしくは同じエリアで仕事をする人間なら、研究上で如何なる能力があろうとも、その日常生活を送る職場には「おかしな人」「鼻持ちならない人物」等を導入して何十年もその後一緒に生活するなんて言うのは御免蒙るのは必定です。
いい人≠良い研究者等ということは全く成り立ちませんが、同じ実力があるなら人格的に上手く行けそうな人を採るのが人情というもの。

実際、私が経験した幾つかの研究者コミュニティーでも「人格的に破綻している」人達は結構な割合で散見されるものです。そういった意味で、今日は高学歴と人格の成熟度合いがマッチしないことは「実に普通の事」というオトナになってからの常識を再確認した一日となりました。

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2013年10月7日月曜日

そろそろ(嫁さんの)来年の手帳探し

そろそろグッと朝晩共に冷えてきて、明らかに感覚的に日没も早くなってきました。

こうなってくると私的には年末恒例にすると昨年嫁さんに約束した来年の手帳選びを始めなければなりません。確かウチの嫁さんは中学生の時位からちょっとした女の子が好きそうな小さめの手帳(例えばミスター・ドーナツで景品についてたり売ってたりするような?)に数行のチョコチョコっとしたメモのようなものを毎日毎日X0年(Xは誰もが容易に推測できる公然の秘密w)ほどの長きにわたってつけ続けているのです。

私のブログなどは意味もなく、中身もなくただダラダラと日々のことを綴っているショウモナイものです。それに比べると、嫁さんの手帳に記された日々の記録は一行から長くても数行ではあるにせよ本当に記憶の中で際立った事実とメモだけの記録。しかし、それがウン十年も続くとかなりハッキリとした個人の歴史を書き留めた備忘録になっているということに驚きます。

実際に以前実家で見せてもらったことがあるのですが、もう何十冊という手帳がズラッと並んでいる様は結構圧巻でして、その中をパラパラと目の前で見せてもらうと当時付き合い始めた頃のことや結婚前後の記録、そして妊娠出産、引っ越しまでありとあらゆる事が時系列で判るのです。

ああいうのを見せつけられると、記録っていうのは一行でもいいから「継続する」ということが物凄いアウトプットの源になるのだなということが嫌でも解りますね。何となくそういう継続性というようなこととは基本的に縁の無さそうな嫁さんなんですが、こういう点ではう~んというほどマメですな。
いつの日にか時間を作ってこの手帳をもとに家族の年表を時系列にきちんと再構成して創りあげたいものですね。これからも記録を続けてね。

(おまけ)今嫁さんが使っている手帳は下にあるようなモレスキンの星の王子さまバージョンです。来年はスターウォーズ版でも贈るか?w


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日本のノーベル医学生理学賞の未来はそんなに明るくない・・・

今年もノーベル医学生理学賞発表の季節になりました。

基礎研究、臨床研究にかかわらず、このような表彰の対象になる研究というものは広く深い研究の裾野というものがあってはじめてその国において可能となるものが殆んどですが、そういった研究のアウトプットは論文数、質が如何かは別としても、少なくとも勢いととしてはそれで出てくるのが「一般的」です。

日本の論文数の劇的な低下のことに関しては最近のトレンドが多くの人に最近はよく知られていまして、ある先生のブログでもそのことが書かれています。この先生によって国立大学の法人化に合わせて云々ということが随分前のある日のブログにも書かれ、話題にもなりました。その中には以下の様な一文もあって自分では「・・・」と思ってしまう点もあったのですが、この先生がブログでこういった問題点の議論に関して再活性してくださったことが有意義であることには間違いありません。

このような論文数減少のカーブを描いた国立大学法人化第一期(2004~09)において、国立大学法人評価がなされ、その点数によって運営費交付金が大学間で傾斜配分されても、いったいどういう効果があるの?と問いたくなりますね。国立大学法人評価やそのインセンティブは、国立大学全体としてのパフォーマンスを向上させることが目的であると思いますが、法人化第一期の国立大学の研究のパフォーマンスは下がっているわけですからね。

その上で思うのですが、最も簡単な理由はどう考えても2004年からの臨床研修必修化政策であると考えています。当時は既に日本に居ませんでしたし、当時教授会や学部長がどうやって文科省に丸め込まれていって研究拠点として死んでいくかという諸々の自殺化政策を受け容れたかなどということの詳細は間接的にしか見聞していません。

しかし、実際に発生したことは臨床研修必修化による「日本の医学基礎研究を実質的に担っていた」卒後の若手臨床ドクターをベッタリと病院に張り付くことを義務付けたことだとしか思っていません。
臨床研修自体は特に必修化しなくても、私が医学部を卒業した当時から臨床でバリバリやろうとする人間は一直線で臨床に行くし、(2004年以前でもほぼ99%以上だと思いますが統計的根拠はありません)極小数の自分のような変わり者が基礎系に行くことを考えたりという感じであること、その上で臨床にいった先生も熱い心とマダマダ動ける若い身体があるうちに基礎の研究室と臨床棟を往復するようなアクティブな研究生活をすることで日本の医学生物学研究のアクティビティーを下支えしてくれる人々が沢山いたのです。

実際、この臨床の先生方の下支えの部分は決して小さくなくて、臨床研究を行ってかつ基礎の研究も大学の病棟からやってきて夜にはデータの仕込みを行うなどという行為が「政策によって」妨害された時からこの論文ネタの仕込みが邪魔され始めたわけで、上のブログのグラフやトムソン・ロイターのオリジナルの他のグラフを見てもその結果が出てくる「三、四年後」がどれほど惨めでドラマティックな影響を及ぼしたか余りにも明白。

この長期的かつ明白なトレンドの結果を見てもまだ文科省はその重い腰を上げリ気配さえみせません。そのくせに日本のノーベル賞の数を「政策として」増やすような愚にもつかない下らないアイデアを発表していた時期があって「コイツラときたらサイエンスの事なーんも解っとらん」と腹の中でせせら笑っていたのですが日本の医学生理学賞のノーベル賞受賞者数を気にする前に何故自分たちの政策が日本の基礎研究を殺し続けているのかに関して深く反省するのが先ず第一歩ではないんでしょうか。

まあ、ここまでトレンドがセットされるともう逃げられないのかな、、、。

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2013年10月6日日曜日

この写真の意味わかります?

これは私がFacebookでファンになっているスター・トレックで有名な日系のアメリカ人俳優George Takeiがファンから貰って投稿したものですが、ここに書いてある文言におおいに納得させられました。w

90年台には既に私は「子供」と一般的に言われるような年齢は過ぎていたのですが、「ネットをやめろ!電話を使わんとイカンのだ~」という台詞には思わずニンマリです。私の子供たちは多分、この意味が解らないと思います。DSLというものが普及する前はカップラを繋いでのネットだったそうですが、私はそれは経験していません。しかし、日本の大学ではネットとメールというものが普及しだして4-5年は既に経っていましたが、特に家にネット環境がないと困るなんていうことは全く無くて、ネットのコンテンツも今から思えばコンテンツ作ってる側が何を見せていいかわからないけどとりあえず時代に乗り遅れるな~、的な乗りでコンテンツを提供しはじめて居た頃でした。

会社などのHPに至ってはまず表のページに代表取締役挨拶等という誰も読みたくないコンテンツがまずあって、そこから次に会社の歴史や概要などというこれまた誰も読みたくないコンテンテンツが羅列されていて、、、なんていう今から見れば顔から火が出るようなクソHP(わ、お下品!)の存在が普通でした。orz
無論、ネットで注文なんて当時殆どの場合でまず全然出来ないなんてのも普通。エロコンテンツだけは派手な色彩と音響で闇雲にカード会員を募集などという、、、。(おっとこれ以上書くと若気の至りがばれて、、、。w)

アメリカに来てからは家にもDSLが自分の住んでたメリーランドの中核都市全般に届き始めたのが2000年前後。それでも、道一本向こうではDSL環境がないなんて言うのも普通でした。ましてや光ファイバーなんて当時のアメリカではマダマダ、、、。

このDSLですが、ネットで接続が始まるとモデムからピーーーガラガラガラ、ヒューーーージコジコジコーーという音がおもむろに出てきて繋がるんですが、電話をする時は中止というのがお約束。今では娘に話しても「何ですかそれ?」というような笑い話で、理解すらしてもらえません。
まあ、娘達がダイヤル式の電話の番号の蓮根の穴の部分を押して電話しようとした笑い話と同じレベルのものですね。

テクノロジーの進歩はまさにドッグイヤーで我々のもっている「常識」を過去のものとして置き去りにしていきます。我々を笑っている娘たちもやがては自分の子供たちに自分の過去の常識を「お母さん冗談でしょ?」と言われるような時がすぐに来るのでしょう。

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