2012年4月8日日曜日

リッチモンド日本語学校 入園・入学式

今日は帰国中の嫁さんの代理としてリッチモンド日本語学校の入学式のお手伝いに参加。
娘自身も中学校の入学式だったので、親としても顔を出さざるを得なかったのだが、八時前に顔を出すと役員の方達が既に忙しく立ちまわっておられて、私は役員の方の指示に従ってちょこちょこっと飾り付けをした後、用無しとなりました。
入学式では幼稚園生と小学1年生が現れて校長先生から記念の品を頂いていましたが、実に可愛くて小さくて、みんなキラキラ輝いていました。自分の子供達もついこの間まではあんな感じだったよな、、、と思いながら自分の顔から微笑みが消えませんでした。やっぱり、子供というのは社会全体が守り育ててあげなければならない共有財産だなとつくづく思いました。
引き続いての先生方の自己紹介とご挨拶も滞り無く終わり、新しく来られたご家族の方に日本語学校の設立趣意その他に関して説明をしなければならなかったのですが、、、何とも間抜けなことに、間違って校長先生相手に延々と数分間説明をしていたのでした。ガックリ。顔を知らないとこんな間抜けな事をしてしまうんですね。なんとも締まらない話でした。
夕方はコロッケを作って夕御飯。暫くしたら娘から「お父さんコロンビアは駄目だったよ~」と笑顔でやって来ました。まあ、物凄い倍率とハイレベルな競争ですから以前から、「難しいよ」と思っていたのでやっぱりなという感じでした。彼女にはグラジュエイトでここを狙って貰いたいものです。充分頑張ってきた娘を心の底から誇りに思います。本当の競争は大学を出てからだよ~!
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2012年4月7日土曜日

なかなかやるなと思う

子供が本当に成長しているのをこの嫁さん不在の状況で実感。
下の娘は未だ子供子供している所も多いんですけど(12歳ですからw)、やっぱり17歳の娘はありとあらゆる面でもう大人ですね。掃除、洗濯それと簡単な料理を含めた炊事場仕事なんかは何も言わなくてもスイスイとしてくれます。四年前の嫁さん帰国時には何の協力もない悲惨な一人家庭支えの状態だったのに、この四年での子供の成長はちょっと感動的です。
これならカレッジに一人でいっても全く問題ないでしょう。結局は男親のショウモナイ「杞憂」に終わったようです。こんな感じで次はボーイフレンドのこと、そして結婚の事などを心配し「なく」ても良いのかな。
少なくとも今の時点ではアメリカで一人目の子は無事に子育てのほとんどが終わったのかな、後はカレッジを出るまでの経済的援助なのかなと思えるようになりました。次女の精神的な成長はまだまだこれからですが、お姉ちゃんとも仲良くやっているようだし、彼女の辿ってきた足跡を見ながらしっかりと学ぶことは学んでほしいなと思います。
おんなじ様に育ててきたつもりなのに、やっぱりぜんぜん違うキャラクターに育ってしまったのは、生まれた順番による影響もさりながら、やっぱり遺伝的に持って生まれたモノの違いと言うのもきっと大きいんでしょうか。友人の小児科医はそれに近いことを話していたこともありましたが、その持って生まれてモノの違いがどういうように開花するのか、親として興味深いです。
これから新しい場所で生活し、多くの新しい友人、新しい経験を積み重ね、激しく努力し、自分の信じる道を、多くの助言を得ながら進んで欲しいな。
努力に勝る天才なし(本当の天才は自然に努力できる能力を必ず持っていますが。)
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2012年4月6日金曜日

四つ目

今日は朝六時に起きて下の階へ行くといつも居るはずの娘が居ない。
あれ?と思っていると、トイレのほうから「オエー、オエー」と激しく吐く音が聞こえてくる。もしやと思いトイレの主に訊いてみると嘔吐と下痢が30分以上続いてトイレから出られないと言うではないですか。もしかして俺が作ったものが当たったのかとも思ったのですが、自ら作ったスープを二日にわたって自分だけ温め直して食べていたのは下の娘だけなのであれが当たったのかなと思ってみていると、、、本人曰く「月一の感じでこんなになる」等と言います。自家中毒かな、好発年齢としては少し外れるし、、、などと考えても見たのですが、発熱もなく三時間ほどその後寝ていたところいきなりムクッと起き上がって「お父さん学校に連れて行って」と言います。吐き切ったせいでしょうか、すっかり元気になって学校に行きました。
さて、ラボでの忙しい一日が終わって家に帰ってきた時にポストを調べてみたところUniversity of Maryland(UMD)から大きな封筒が届いていました。合格の通知でした。これでVCU、UVA、JHUに続いて四つ目です。しかし一体どこに行くんでしょうね。(笑)スカラーシップその他の組み合わせなんでしょうが、、、。
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2012年4月4日水曜日

二日目、、、

今日はラボの仕事が終わって家へ帰ったのが少し遅れて夕食の支度開始が遅くなったのだが、家に帰ってみると上の娘が近所のストアで野菜やドレッシングを仕込んできてくれていた。予想していなかっただけに小さな驚き。
取り敢えずリクエストに従って大量のビーフ入りカレーを作った。最終的には美味しかったと御好評を頂いたのだが、この調子で三週間を乗りきれるのか。日々メニューを変えて三週間というのは今の実力からしてちょっと厳しいと思われますので、何れかのサイクルで、飽きの少ない食べ物は再度作らざるを得ないかも?
多くの主婦にとってはこういうのはルーチンワークになっていてレパトアも広いのでしょうが、、、私にはマダマダ無理です。w
しかし最近気づいたのですが、料理も慣れてくると実にオリジナルのレシピと違って自分なりの味付け方法でかなりいい加減に作ることが出来るようになるんだなと思いました。勿論、ココらへんに厳しい人は毎回その点を厳しく守って同じ味を創りださないと気が済まない人もいるのでしょうがサイエンスをしている時とはまた違った愉しみがあります。実験の時は再現性は大切なので、こうはいかないのですが、ラフさを楽しめるのが料理のいいところかも。しかし、料理は結構楽しいけど、365日というのはいくら主婦でも多くの人には厳しいですよね。(キット!)
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遂に三人暮らし開始

今朝6時45分に家を出て九時過ぎにはダレスに到着。
飛行場まで何の支障もなく、I495を使うまでもなく飛行場に到着することが出来た。取り敢えず朝のI495は最悪のリング状駐車場と化すのでこれだけは避けなければならないのでした。
飛行場につくと未だカウンターは開いておらず、9時20分から開始との表示があった。五分ほど待った後受付開始でスムースに手続きを済ませる事が出来た。その後どうしようか迷いましたが、取り敢えず身体検査場の方へ移動していくと、いきなり華々しいバンド演奏が開始されたので、何事かと近づいていくと何とほぼ全員が車椅子に乗った第二次大戦のベテランたちがフロリダから舞い戻ったのを歓迎しているのでした。この国は戦争で戦ったヒーローを祭りあげるのが大好きです。それにしてもこの爺さん達、殆ど九十前後のはずですが、、、。生きているだけでも大したもんですね。(まあ、あの戦争も生き残った人達ですから、強いのは生まれ持った強運か。)
暫くしてお互いに写真を撮り、そのまま手を振って別れました。息子は嬉しそうで、ぴょんぴょん飛び跳ねてました。久しぶりの大好きな飛行に乗れるのがやはり嬉しくてたまらなかったのでしょう。まあ、男は基本的にほとんど乗り物大好き人間ですからね。
その後は、そのままラボまで運転し、昼にはオフィスでいろいろと仕事を済ませました。この数ヶ月教えてきた学生が、実は素晴らしいテクを持っていたことが最近判明し大変嬉しい今日この頃です。このまま面白いデータと共に実験が進んでいけば良いのですが。それと今日ラボに帰って判明したことは、、、「あの」NCIが特殊な制限事項無しでR01とR03を公募し始めたことです!これは出すしか無い。まあ、金などどこにもないのでしょうが、、、、。
家には少し早めに帰り、早速本日の課題作品シュウマイを作成。あっと言う間に出来上がり、家に居る二人の娘たちにも好評のようで安心しました。明日はビーフ・カレーを作ってくれというリクエストがありましたので、それで行きますか。リクエストがある方が気軽でいいですね。
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