2012年5月5日土曜日

集団自殺

死ぬと判っていて何故?という行動を取り続ける動物にレミングという動物がいると小さい頃から聞かされたり読んだりしてきました。実はそれが「ウソ」であると、明確に説明されたページがwikiにあり、長年の思い込みが解けて今日は少し新しい自分になった気分です。世の中の99%の人には全く関係のないことだとは思いますが。(笑)一部、ゲームなどでは、レミングスとして大変有名でした。
しかし、こうなると、集団で熱狂的に死んだり殺したりしていこうとする動物の代表はやっぱ人間様位しかないのかな?ということになるのでしょうか。戦争、テロ、喧嘩、縄張り争い。何がなんだか訳のわからない無数の理由をつけて、(或いは理由などナシに)お互いを消し合うのが人間様ですが、それでいておこがましくも進化の頂点に居ると自らを尊称するところもまたご愛嬌です。
さて、殺し合いまではいかないのですが、社会の中の機能しない世代間互助システムに関する議論は、今、日本もアメリカも花ざかりのように思います。ここアメリカでも、団塊の世代がどんどんリタイアしていく時代に入り、そのリタイア世代を支える社会保障や年金といったお話が選挙の度に語られています。特にこの国では医療保険のことに強い関心が集中しがちですが。しかし、その手の話の熱さという意味では日本のほうがよっぽど灼熱レベルに達していると僕は思ってます。(少なくともネット内でここ数年の情報を見た印象では。)
日本の場合、高齢化の速度の過激さが尋常でないということもあり、実際、目の前にもう来た(来るであろうではなく既に起きている!)事実の深刻度は並ではありません。特に可処分所得の分配という意味においてはもう完全に破綻している日本の年金制度の存在が、40代後半の世代を境にして、世代間がなじり合うほどの大きな問題になっています。
何と言っても、この制度自体は日本がこれから右肩上がりの成長をし続けるという時代が「永遠に」続くという前提で作られた欠陥商品ですから、まずは破綻したコンテンツを厳しく見なおして再構築しなければならないのに、統計上圧倒的に金を保持している年寄り世代が大体話しのテーブルに着かないというのですからまず対話自体が始まりません。おまけに、この構造的欠陥を持った制度を改めること無く、全く機能しない次期選挙で消えていく政府が不足分を増税で埋めようというのですから、間違いなく破綻は加速されるでしょう。
元来、銀行に入金した分以上のものを引き出せるはずもないのは明らかなのに、ゴネにゴネて修辞的に反論できない「弱者という名の錦の御旗」を前面にたてて頑強に減額を拒む「自称弱者」には本当に手が付けられません。前にも書きましたけど、自民党による旧社会党等のバカ議員への懐柔政策の結果として構築されたこの「机上の社会主義政策」がここまで明白に行き詰ってしまっているのに、それをこういった理由で改善できないのは本質的な日本人の劣化なのかと最近は思うようになってきました。
横並び大好きの日教組が大切に育み温めてきた「インチキ平等思想」が日本の低所得層の多くに染み渡って行った結果、本来、発言権など微塵もないハズの人間が大きな顔をして、曰く、生活保護費の拡充と削減反対、曰く、年金減額反対等と当然の権利であるかのように「金をくれ」と叫ぶ。
本来、国に余裕があったからこそそのような連中にも金を「配布可能であった」訳で、国に余裕がなければ、そんな「施し」中心の福祉政策は理屈上そもそも、成り立ってはいけないものです。ましてや、働いている人間の手取りが、働かない人間の手取りを上回るようなことがあって良い訳がありません。それを許すのは、本来人間の持つ「感情」や「倫理観」というファクターを完全に計算から除外して構築されたソ連型社会主義の世界であって、それが一直線に破綻することは、ソビエトという今は亡き国の歴史が、厳しく悲惨な国家の破綻を経て証明したはず。
働いても働いても、隣でパチンコしたり、フラフラしたり、寝てるだけの輩が自分より金もらってるとか、殆ど、日本で書き綴られているオカルト小説の世界。(笑)当然、種々の病気、身体障害、精神障害に対する最低限の保証は国家が持つのは「文明国としての矜持」がありますからそうすべきです。しかしそれでも、そういった絶対に助けられるべき本当の弱者ではない偽物達、働けるのに働かない人間には金など本来「一切」やるべきではないでしょう。同じような苦しい状況でも、ある人達はは時間と人をやり繰りして働き、一方では失業という名のもとに自分の人生の選択と努力と運の結果を、他人や国のせいにするのはお門違いというもんでしょう。
失業だって、会社の倒産などの運等も含めて、その仕事を選んだ自分の選択。その選択の帰結までとる責任は国家にはありません。何事も自分の失敗を人の責任に帰する風潮というのは間違いだと思います。過保護な社会システムが人を駄目にする。僕は今の日本の惨状は、こういった営々とした戦後の行為の当然の帰結としての「人の人としての品質の低下」だと思っています。
個性尊重、自分探し、自由の追求、様々な理由で自分の置かれた惨めな現実に小さい頃から蓋をしてきた人間が、社会の厳しい現実に晒された時に自分にはその荒波に抗うだけの「能力も意欲も鍛錬されて来なかった事実」に目を瞑り、自分に都合の良い解釈で自分を慰め金をせびる道を探す、、、。昔の人はそういう輩を「コジキ」と呼んでいました。この言葉自体は差別でもなんでもなく、人生のある期間においてそういう状態に一時的に落ちている連中を総称する単なる単語であって、自助努力で這い上がればよいだけの話ですが、そうは問屋がおろさない。昔高校の先生で大学に入る前に自分で三年ほど乞食をしていた変わった経歴の英語の先生が居ましたが(笑)、その先生に曰く「乞食は3日すると止められん」と。先生がおっしゃっていたのは、「働かなくても食える方法を見つけると、働く意欲が消え失せる」ということでした。
やっぱり、僕もそう思いますよ。一部の上昇能力、現状打破意識のある人間を除けば、続けざまにタダで施しをくれるサービスがあれば、多くの人が働かなくなるのが自然な反応だと。生活保護の基本は持続的職業訓練と、物品や食料券やサービスの提供による現物支給であるべきだと思います。何度も言いますが、労働という対価も提供せず、人の税金で食わしてもらっている人間がぬけぬけと権利を主張するなど、盗人猛々しいとしか私には言えません。
国家が弱者を守るシステムは、厳しくスクリーニングされた本当の弱者を守るべきセーフティネットとして存在すべきであって、「自立の道を強くかつ持続的に援助する」システムであるべきでしょう。絶対に「意欲なき弱者を増やす」システムであってはいけないと考えます。
日本という国家が最終的に集団自殺を迎えたくなければ、ゴネ得のシステムは徹底的に改め、数学的に計算が成り立たないものは数値を合わせスリム化しなければ、全員が共倒れになって、最悪の「福祉どころではない」世界が到来することでしょう。そうなると、もう近代国家とは到底言えなくなるのでしょうが。 あ、ここアメリカには当然そんなリッチな弱者救済システム自体が存在しませんのでお間違い無く、、、。
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2012年5月3日木曜日

日本のチョーク

ラボで他の研究者や学生と話すとき、また、学生達に説明するときに最も重宝するのはホワイトボードだと思う。
紙を置いてさしで話したり、二画面あるコンピュータのモニタの一つの向きを変えて説明をすることもあるけれども、やっぱり説明に「現状で」最高なのはホワイトボードだという点は個人的には譲れない。
しかし、、、それにも増して最高なのは本当は黒板だろう。これをもって説明用の道具の王様としたい。自由に書けて自由に消せてしかもお金の係り具合は最低という素晴らしさ。コツコツコツコツと音をさせながらチョークの先から流れ出す自由なアイデアくらい貴重なものはないと思うんですよね。
実はラボの中に大きめの黒板を持ち込んでそれを普通に使えるようにしようかなと密かに考えています。紙と鉛筆、そして黒板。時代がどんなに進んでも私にはそれが神器と言うべき道具たちです。そしてその黒板に書き込むチョーク。なんと日本のチョークは海外の研究者達にも非常に評判がよいようです。これ、実はキャルテクの大栗先生のブログにその記述がありました。そしてそのチョークを作っている会社に関してはここに記述が続きます
実はこのチョークを作っている会社、日本理化学工業という会社だそうで、この会社の素晴らしさを今回改めて知りました。口だけではない障害者支援。やっぱチョークをこれからも大事にしようと心に誓った一日でした。
日本の義妹経由でチョークを発注します!
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古くなった携帯電話の電池

自分も嫁さんも太古の昔の電話のようなフリップ式の電話を使っています。
電話自体はどこにいてもとっ捕まる感じが昔からあまり好きでないんですよね。昔から「見たこともないのに」本当の貴族は電話や家の鍵は持たないで済む人間と極め付けてましたので。(笑)(なんで、ここで自分と関係の無い貴族が出てくるのかは不明。)
とりあえず、嫌でも嫁さんに緊急時の連絡用として持たされているチープな四年ほど前の韓国製の電話ですが、ここ一年くらいバッテリーの持ちが異常に悪くなっていました、それとともにバッテリー自身が妙にブモーという感じで膨れ上がってしまい、まるで四角い餅を焼いた時に膨れた感じになってました。最初はまあ、「ほっとけ」少なくとも一回満充電したら一日は持つしなという感じだったんですが、最近は一回通話しただけで、バッテリーのゲージが一個か二個減るようになってきて、ちょっと実用の面でも問題が出てきてました。おまけにこの「餅の膨らみ状態」の為に、裏蓋までうまく閉まらなくなっていたのです。
ベライゾンでこのしょうもないバッテリーを買い求めるとなんと$30もチャージされるので、そんな金は絶対に使いたくありません。そこで、アマゾンで調べると、、、有りました有りました!一個$3.9で、有送料込みです。
嫁さんのも全く同じ症状で死にかけていたので、この値段ならまあ、騙されても我慢できる範囲だなと思い注文してみましたら、待つこと約一週間で家にブツが届きました。
とりあえず、形も何もオンナジですが、、、バッテリーのシールには大量の中国語併記があるではないですか。orz うむ、やられたかな、、、と内心では思いつつも、まずは嫁さんの電話を殺さないように私自身の電話に入れて首実検としました。すると、充電から何からスムースに終了し、翌日も熱くなったり、電話を殺すこともなくバッテリーのゲージも一個も減りませんでしたので、これならまあ、大丈夫でしょうということでもう一台の携帯にもこのバッテリーを適用し、2日経ちましたが、今のところO.K.という状態です。
娘達は高価で先進的なiPhoneで、親は基本的に番号の数字を押すだけの電話を使ってそれでとりあえず問題なしというのは、電話に求める物自体が根本的に違うということですか、、、。
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2012年5月1日火曜日

大学の選定最終日・ディジタルディバイド

今日はアメリカの多くの大学で、アプリカントが入学のオファーを出した大学に入学の意思を示す為のお金を入金する最終日でした。他の大学はどうか知りませんが、私が聞いた範囲では近くのUniversity of Richmondで$600、娘の選んだJHUも$600でした。先週の段階で既にお金を納入していたので、娘は大学から指示された様々な記入事項をネット上でウェブフォームに淡々と埋めていっていました。
それにしても、本当に何から何までネットで済む時代になっているのには本当に驚きです。もちろん、郵送で送るという選択肢も「残されてはいる」のですが、どちらかと言うと緊急事態や万一の時用に、ネットと紙のどちらも出すという選択肢の一つとしての郵送でしかないようです。
なんだか、アメリカの願書受付とセレクションという一連の過程を娘を通して見つめてきましたが、何だか俺の大学受験の時代とはもう「完全に」何もかも違うんだなと思いましたよ、本当に。
この時代においても、インターネット環境のもと生活していない高校生はやっぱり全米に大量に存在するわけで、(貧富の差は平均的な日本人の想像を絶するレベルですから!)そんな環境下に置かれている学生たちはやはり相当の工夫をしないとかなりのハンディキャップを背負わされることになるのか?と、ふと考えてみたりもします。
デジタルの時代になって、それを日常的に使えるグループと、そういった環境にないグループの間には「デジタル環境等無かった時代」には存在しなかった、深くて広い格差が逆に広がっているような気がします。
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科学とカルト宗教

我々の仕事は見えないものをあらゆる方法を使って可視化する事だと思います。
科学というのはざっくり理論、実験と別れます。我々は数学のように紙の上で24時間を思索に費やし続ける贅沢さは持ちあわせていませんが、実験でデータを出してそれを誰もがノーと言えない形で世の中に提示することも一つの特権です。
では、見えないものを論じる間はどう仕事を進めているのかということですが、そこは仮説の積み重ね、そして間接証拠の集合体からなるデータでその先を推測する事です。実際には推測したことのほとんどは間違いもしくは、後からかなりの修正を要するようなものがほとんどです。
ですから、人のデータを見た時もまずはタイトルに騙されないことは大事ですし、そもそもデータを注意深く見るまで、そのアブトラクトに書かれていることも「実験したグループの希望的観測」位にしか受け取りません。学生たちにサイエンスの論文を読ませて面白いのは、実に容易に書いてあることを信じようとすることです。見ていて怖いくらいです。(笑)
わざと、明らかに間違ったデータとその推論に間違いがあるものをわざわざ提示してあげてもなお、その修正が理解できない生徒が「本当に」沢山います。
一体どうしたらこんなに簡単に書いてあることを信じることができるのかと、、、。これは「お勉強」が出来るとかできないとか言うような事とはあまり関係ないみたいですが(むしろ記憶優位で進学してきた人間にはこの手のことを信じやすい人間が多いのかも、、、。教科書を丸呑みする能力に長けた人間がこういう点でどうしようもない頑迷さを持っているのは御愛嬌、それとも宿痾でしょうか?)、彼らに講義をするときはこういった「洗脳状態」を解除する脱洗脳作業から入ります。
これを書き始めるとまた長くなるのでまたいつか機会があれば書きたいと思いますが、これ、結構、多分、カルトからの脱出に近いくらい治療が難しい人がいますね。まあ、個人的推測ですが。(笑)
ましてや生まれた頃から繰り返し繰り返し神の存在をアタリマエのこととして何万回も吹きこまれた人達がそれからなかなか脱出できないのは、人が呼吸に酸素を必要とするようなレベルで神を必要としているのかもしれません。
まあ、ラボではよっぽど気心の知れた人間以外とは宗教の話などしませんが。

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