2018年8月8日水曜日

長崎から950キロの運転

今朝は6時前には起きて朝の出発に備えました。

朝食を摂った後、両親に今回の行事の件での感謝を述べた後、子供達が三々五々起きてきましたので、さっさと準備をしてもらい出発です。
毎度の恒例行事なのですが、別れの時間になると長女と嫁さんと義母がさめざめと涙を流してお互いの別れを嘆くのです。

周りの人間はそれを見て毎度大笑いというこれまたお決まりのパターン。
こんなことをもうかれこれ30年ほどこの三人は繰り返しているのですが、どうにもこの御三方は自分の意志ではどうしようもないとのことですので、我々も優しく見守っているだけです。w

さて、カーナビに名古屋の家の住所を入れたところ、907キロメートルで11時間半とのお知らせが出ました。ほぼ来たときと同じですが、時間帯が全く違うのでそう素直に到着できるとは端から思っておりませんでした。

途中であちこちのちょっとした名物を買い込みながら移動をして問題の神戸文金点まで来た時に問題発生。 
今年3月に完成している新名神の神戸からの新区間がナビに入っていないのに、標識の指示を見てそこの区間に飛び込んでしまい混乱発生。結局その先には約30キロに及ぶ大渋滞があることがグーグルマップでわかったことから一旦途中で戻って神戸へ。更に迷った挙げ句予定よりも一時間半以上かかかって岐阜羽島経由で帰ってくるという間抜けなことになりました。

何だろうあの大渋滞は・・・とラジオをつけた所、琵琶湖湖畔で行われる花火大会渋滞だったことが判明し、ガックリでした。俺が帰る日に花火大会せんでくれ!って、誰も知らんがな。w

というわけで、実際は950キロほどの行程になりましたが、何とか無事に家に帰り着いたのが九時ちょっと。疲れは感じなかったのですが、やっぱり疲れているはず。しかし、病院に一旦行って溜まって居た業務を片付けて家に帰ってきたのが12時半過ぎでして、シャワーを浴びて眠りについたのは2時過ぎでした。

無事これ何より、しかしな〜。明日は眠いだろうな・・・。

2018年8月7日火曜日

長崎 最後の夜

今日は甥っ子姪っ子相手に散財しました。

もともと長崎には滅多なことでは帰ってこない私ですので、折角オジちゃんがいるのにその私からは通常何も買ってもらったりお小遣いをもらったりする事がないので、常日頃から少し「可愛そうだな〜」という感じでしたので、こういう時にこそGO!というものです。

尤も、私の三人の子供達も物理的に地球の反対側に居たこともあり、伯父伯母に当たる彼らの親からは特に何も送られたり送ったりという事もなかったので、敢えて気にしては居なかったのですが今回はさすがにそれはなし。

あちこち連れて行った結果。一人は釣り竿とリール。一人はポルトガルのナショナルチームの試合用のシャツ。一人はままごと用の大きなお遊びセットと別売りの人形。もうひとりの陸上をしているお姉ちゃんにはいつもは買わないというカジュアルなスニーカーを購入しました。

基本的には彼らはいつも一生懸命勉強にスポーツに遊びに一生懸命生きているのが伝わっている子供達で、よく育てられているなと感じることが多いのですが、2つの家庭の経済的な背景が大きく異なるので、その対応はなかなか一筋縄では行かず、細かく配慮をしないといけないことも多々。子育てはやっぱり大変ですね。

今日が実質的に長崎滞在最後の夜でしたので、みんなでテーブルを囲んで子供組、大人組という感じで二組に分かれて黒豚のしゃぶしゃぶをこれでもかというくらい皆で腹いっぱい食べさせて貰いました。

今回の長崎滞在、お義父さんお義母さんの散財も半端なレベルではなかったと思うのですが、私もまた今後は親戚の中では同じ役目を引き継いで果たしてゆかねばと考えるのでした。

2018年8月6日月曜日

嬉野からとんぼ返りで次の日程

週末を含めても実質の日程4日で済ませなければならない強行軍です。

そのしわ寄せがその行程に出てくることになるのが本日の日程。
息子と一緒に二人っきりで大浴場で朝風呂を浴びてスッキリ気分になった後、二階のバイキングで朝食をたっぷりとかきこみゆったり気分となったのも束の間、荷物をヴェルファイアにガンガンと詰め込んで最後に全員が玄関前に集まって集合写真をパチリ。

それが終われば高速と自動車道の接続を使って長崎まで一時間もかからず帰宅です。

家まで両親を送って荷物を下ろすと次の目的地である茂木まで嫁さんと息子とお土産を載せて突入。小さいとは言え、この茂木の港は万葉の昔からその歌に読まれている神功皇后由来の伝統の港です。

ここには私が結婚前の学生の頃に大変お世話になった唐木家具屋の社長さんとその奥さんのお宅があるのですが、ここの社長さんが昔漁船員(機関士長)だった頃の影響でアスベストが原因となる胸膜中皮腫と闘病中です。とは言え明日から化学療法再開とのことですので、体力が落ちたり気分が悪くなってしまうようなことが起きる前に挨拶をしました。

海の幸が大量に出てきてアッと言う間に腹一杯。東京名古屋で食えば一体幾らになるんだろうというほどの高級食材が並ぶわけですが、そこは茂木。「こんなもんしかなかとけど〜」という一言でそれらが次々に出てくるのでした。暫く楽しい話が続いた後にお邪魔して一旦実家へ戻りました。

夕方には肥前屋というなかにし礼の”長崎ぶらぶら節”で有名な芸子さんの愛八由来のお店で家族全員で夕食です。結婚前からお世話になっていたこの料亭ですが、中で勤める中居さん方が皆高齢化していたことに大変ショックを受けました。若い人が誰も入ってきておらず、ここにも超高齢化の波が出てきているなと感慨しきりでした。

ここが終了して今度は九時前に34年ほどのお付き合いのある元家庭教師の教え子の家に行ってきて一時間ほどのポケモン談話。w ポケモンも無事交換し終えたのですが、同時にオジサンの膀胱がんの件に関してもデータを眺めながらずっとチェックと対談をさせていただきました。

実家に再び帰ってきてシャワーを浴びてすぐに寝たのですが、なんともネットリと蒸し暑い長崎の夏の夜だな〜と嫁さんと話し合いながら帰る道すがら通る夜の長崎は「驚くほど」人通りの少ない寂しい街に変わっていました。

本当に長崎は沈んできているなってちょっと感傷的になってしまったのでした。

2018年8月4日土曜日

長崎に到着した翌日は金婚式

到着後に数時間寝て疲れを取りました。

疲れよりも体がなんとなくフワフワと浮いた感じで、12時間近い運転の影響は三半規管に残っているようです。それでもご飯はスイスイと体に入ってきますので何の問題もありませんでした。

昼になると、甥っ子達のリクエストである釣り竿やリール、その他のフィギュアやコミックの購入のために大村にあるお店にまで移動して約一時間ほど滞在。それなりにチビ達も欲しいものを手に入れて喜んでいるようでした。

その後は今回のメイン・イベントである嬉野温泉街にあるホテル桜での金婚式祝の食事会です。

このホテルには30年ほど前、嫁と結婚する前後に義理の両親とやってきた思い出があります。その時はこのホテルもまだできたばかりで、全館ピカピカ。
今もまあ、その時の名残はあるにはあるのですが、全体的に古ぼけた感じが出てきていてリノベーションに金がかけられてないなっていう、日本の多くの地方ホテルにある普通のホテルになってしまっていました。その点だけは残念!もともとのデザイン等の素性はいいだけに古ぼけていってしまっている感じ残念です。

9階の特別室に義理の両親が泊まっていたのですが、ココはさすがと言うかなんというか結構な広さのスイートルームでした。この階では4部屋しかとってないのですから、当然一室分の広さは大層なもんですけど、中に入っている総檜の風呂なんかも綺麗にリノベートされていて綺麗なものでした。

夕方の六時半に始まった金婚式のお祝いは、美味しい料理の前で久しぶりに全員集まった楽しいものとなりました。
途中で義理のお母さんに言葉を述べてもらうところではお義母さんが感激して泣き出したりもしたのですが、他は滞りなく其々のお祝いの言葉を述べたあと、名古屋で準備してきたプレゼントの一群を其々に送り、喜んでもらえたようです。

その後集合写真を撮ってもらい散会。

夜中の風呂に入ってスコッと部屋に戻って沈没するように寝たのはその直後でした。

2018年8月3日金曜日

ドライブも長すぎるときつい

結局、夜の11時に家を出てすぐに腹をくくりました。

大阪や兵庫はあっという間に通過する感じでしたが、途中で広島を通過したあたりから九州までの距離が’遠く感じはじめました。結局全行程は11時間半程度で、停まったのは三回でした。

殆どの場所ではトイレ休憩とコーヒー購入程度しかせず、最も休んだのが15分程度で壇ノ浦のPAで関門海峡を山口側から眺めたくらいでしたかね。
長崎の嫁の実家にはお昼前には余裕を持って到着しまして、私は夜のちょっとした”歓迎の夕べ”までは畳の上で大の字になって寝ておりました。

長距離運転という意味では昔まだ子どもたちが小さかったころに、3ドアの小さなシビックに家族五人が乗り込んでメリーランドからフロリダのディズニーランドまで17時間運転したことがあったのが最長でしたが、この程度の運転はプロ・ドライバーにしてみれば日常なんでしょうね。

とりあえず無事に長崎について何よりでしたが、予定行事は詰まりに詰まっており、数日の滞在でまた直ぐに名古屋に戻ることを考えるとちょいとばかり気が重くなるオジサンでした。