2025年10月5日日曜日

新しいホテルEspacio Nagoya Castleで食事

お呼ばれされて嫁さん、息子、長女の4人で行って参りました。エスパシオ名古屋キャッスルホテル

名古屋城のお堀端の南に位置するキャッスルホテルがリノベされて5年間(2020/9/30-2025/9/30)の空白期間を経て新たに生まれ変わりました。

名古屋城の堀端にあって何時も美しい端正な姿を見せていた以前のキャッスルは名古屋城を現代風にアレンジし直したような「庇」が付き出し、その土台部分にはお城の石垣が再現されているという変わったデザイン。見ようによっては名古屋の歴史をコピーしたようなビルなんですが、見ようによっては「何じゃこりゃ?」になりかねない建築物。

実際、夜に遠くから見ると大本の名古屋城の南側にもう一つ名古屋城が出来たような印象を受けました。Xの上ではそのスタイルに関しては基本ボコボコに揶揄されているという感じでしたが、あのエッフェル塔も完成当初には散々な事を言われた建築物でしたので、こういうのはあまり心配要らないのかもしれません。

さて、変わったのはその威容だけではありません。ホテルの相手にする客が確実に「より富裕層」かつ「よりインバウンド寄り」にシフトしているなと感じた事でした。

ホテルの中に入っていて気付いたのはその「和」の殊更の強調でしたね。ロビーには二台のロールス・ロイスとセンチュリーのSUVとマイバッハが二台並べてありましたね。なんか「これでもか!」とい感じの入り口でしたが、駐車場にもベンツ、ポルシェ、BMW、レクサスがゴロゴロ。

4階にはレストラン群が昔と違う感じで沢山入っていたのですが、私はその中の一つの柳城にまた行きました。明らかにハードウェア的には二段階くらいのレベルアップ。マネジャーが御挨拶に来てくださって暫し新装開店に関する談義。その後は早速コース料理が出てきたのですが、間違いなく美味しかったですね。(後で調べたら震えるような個室予約料金。値段を知らなかったので美味しかったのですが、知っていたら胃痙攣を起こしていたかもです。w)

メニューは上のようなもの
車の到着口側入ってすぐの階段
名古屋風wの金箔使いまくりの応挙風の襖絵
天井も金箔で超豪華な奥行きのある和風廊下
まあ、お呼ばれや会議に行く以外は自分で行く事は「決して」無いかな?と思える豪華な建物内装群でした。

一泊最低は20万円ほどから。上の方は40万円台だったと思うんですが、これらの料金が付いている部屋とは別にぷレジデンシャル・スイートルームがあると伺いました。一泊ナント300万円!とか。まあ、これ位の出費を屁とも思わない金持ちが世の中には掃いて捨てる程居るという事でしょうか。300万あったら全部コメ買って子ども食堂に寄付するけどな?w

私などは掃こうにもミクロの塵過ぎて、集塵機のエアフィルタに集めた後顕微鏡でその存在を確認するレベルの貧乏人ですが…。

2025年10月4日土曜日

あれこれ考えるけど実行しない俺

キャンプでも食事でも旅行でもそうなんですが、計画だけ頭の中で夢想しては結局それを実行しないというのが殆どです。

そんで、滅多に実行しないこれらの夢想を実際に実行すると「(・∀・)イイ!! 面白い!」という事が殆どなんですね。ですから、実際に動くという事が自分にとっては物凄く大事だと「頭では」解っています。

行為に対する尻の重さというのが私の全くダメなところで、旅に行くのもキャンプに行くのもどうしても「他人からの強い働きかけ」がきっかけになる事が多いのでした。要するに他力本願(もともとの意味からすると誤用ですが!)。

この生来のダメ癖を治すべく、いろいろな事をやり始めた中で一つだけうまく続けられているのはこのブログ書きくらい。一応書き続けた糞のような己の日々の諸々の内容が最近6000回を超えたくらい。その他の事は何も進歩がないばかりか退化するのみ。w

さて、今回は一つ大きなことを予約しました。それはベトナム旅行。この年末に10日間ほどベトナムに行く為にチケットを購入しました。ベトナムかタイに行きたいなとずっと思いながら結局今までちゅうくうにうかせも旅行でもそうなんですが、計画だけ頭の中で夢想しては結局それを実行しないというのが殆どです。

そんで、滅多に実行しないこれらの夢想を実際に実行すると「(・∀・)イイ!! 面白い!」という事が殆どなんですね。ですから、実際に動くという事が自分にとっては物凄く大事だと「頭では」解っています。

行為に対する尻の重さというのが私の全くダメなところで、旅に行くのもキャンプに行くのもどうしても「他人からの強い働きかけ」がきっかけになる事が多いのでした。要するに他力本願(もともとの意味からすると誤用ですが!)。

この生来のダメ癖を治すべく、いろいろな事をやり始めた中で一つだけうまく続けられているのはこのブログ書きくらい。一応書き続けた糞のような己の日々の諸々の内容が最近6000回を超えたくらい。その他の事は何も進歩がないばかりか退化するのみ。w

さて、今回は一つ大きなことを予約しました。それはベトナム旅行。この年末に10日間ほどベトナムに行く為にチケットを購入しました。ベトナムかタイに行きたいなとずっと思いながら結局今ま中空に浮かせたままになっていましたが、今回思い切ってチケット買いましたのであとは動くしかありません。

年末の10日間。久しぶりに旅をして来ようと思います。鹿児島より南は旅した事の無い私には新鮮ですね。^^

2025年10月3日金曜日

自民党総裁選とか~

小泉、高市さんを含む数名の総裁選候補者という名目の皆さんがひな壇に並んで謎の行事を進行させています。

自民党という組織自体も劣化が進み既に組織としての機能に何かを期待するという状態で無い事は既に平均的な日本国民であれば誰もが感じている所でしょう。しかし、そういう劣化部位を突いて、参政党その他の危険な思想を持った連中が蔓延るツタの様に延びてきました。

今回の総裁選ではもし高市さんが総裁になれば日本発の女性宰相誕生となりますが、今時世界では女性がトップになるなんてことは当たり前中の当たり前で議論の対象にさえなりません。恐らく「日本で初めて女性宰相誕生で話題になっている」というのが世界中に発信され、大賑わいになるという事自体が世界の趨勢から既に数周遅れている話。お隣の韓国でさえ女性が宰相に着いたのは何時の話よ?って事です。

さて、問題は国家の宰相が男の女のというようなことでは全く無くて、そこのポジションに就いた人がいったいどれほどの政策遂行能力を含む政治家としてのポテンシャルを持っているかというだけの話。

停滞しているというよりも急速に老齢化し「人的リソース」という意味での国力が傾き続けるであろうこの国をどう支えていくのかというビジョンが全く見えてきません。結局、我々が期待するのはビジョンを持った人間がトップに就いてくれる事。それが無い人が頭に就いたところで下にいる国民達は「は~~~?またかよ!」と感じるだけ。

この総裁再選の有力候補二人は、寄って集って引きずり下ろしたあの石破路線を継承するとかしないとか…。バカなんでしょうか?この人達は。w

国民が前回の選挙で投票しなかったのは自民党のあんたたち自身の無能さに呆れたからであって、特にあの目付きの悪いオジサンをターゲットにして否定票を投じた訳では無いのですよ。最初から引きずり下ろす無駄な時間と努力をもっと有効に使えや、と言いたい所ですがそこは「ゴマメの歯ぎしり」で、どこにも声は届きません。

時間をかけてでも、投票行動でしっかりと人と党を選ぶしかありませんね。^^

糞のような平和の方が正義の戦争よりも1000倍マシです。私は左翼ではありませんし、共産党も公明党も糞としか思ってませんし、参政党も糞の欠片くらいにしか思ってません。しかし、戦争を選ぶような事態に国家を追い込む人間と党だけは選ばないようにしなければなりません。

2025年10月2日木曜日

国勢調査・2025

 我が家に国税調査の用紙が来たのですが、二通来ています。

一通は我が家に来たもの。もう一通は私が次女用に借りている近所のアトリエに来たものです。何というか、こう云う国勢調査というのは国家の骨格たる現状把握の基本の中の基本である現実に生きる人々の名前、年齢、性別、住所、そしてその建物の種類、世帯構成、仕事の場所や仕事内容等が聞かれているようですが、これらの記入は面倒臭いので今回は嫁さんに丸投げです。

結局世帯は一つという事で我が家では1セットに全てを記入しました。

しかし、現実の問題として思うんですが、恐らく総務省統計局は「物凄い」努力をしてこの調査を続けているのでしょう。けれどもまずこの調査用紙がどの程度の割合で国民に届いているのかというのが第一の疑問。

無論その点は当然完全には埋まらなくともきちんと統計局は推定してやっているのでしょうし、大変だなとは思うんですけど…。国勢調査のバイトの人達をたくさん雇ってラストマイルのマスを埋める努力をされているのでしょうが、個人情報云々という言葉を誤って解釈している連中にしてみれば、様々な個人情報をなぜ国に提供せねばならぬ?という感じでしょうか。実際にネットを調べると、国勢調査の拒否率は4%程度との事。結構どデカい数字だなと驚きます。1億2000万の4%って500万人弱。( ゚Д゚)

あと、例え用紙が届いたとしてもそれを正しく理解して記入することが出来るのかというのも大いに疑問です。病院で働いていると、これ程までにいろいろな事が理解できない人が世の中には沢山居てこれ程までにアシストが必要な人達がごく普通に居るという事実が理解できます。

それを知ると、本当にこれ程までに細かな内容の国勢調査の質問が理解できるのかという事に大いなる疑問が…。(^^;)

しかし、そもそも統計というのは誤差を推定する事が得意な学問分野。頭の良い人達が、キチンとそこらへんも指定してくれている記事が総務省統計局のHPやネットのあちこちに散らばっているのを見て「ナルホド」と感心するばかりです。


2025年10月1日水曜日

貧乏と貧乏臭いは全く別の事

カネが無くとも貧乏臭くない人間なんて幾らでも居ますし、カネが有っても貧乏臭い人間もこれまたゴマンと居ります。 

少なくとも私が生まれた昭和40年などという時代はまだギリギリ風景の中に日本の「戦後」が残っていて、田舎の道路にはマダマダ未舗装の砂利道が結構残っていて、アスファルトの裂け目からはごく普通にコールタールが染み出すようなレベルの低い舗装道路だらけだった時代。

マツダのキャロルやスクーターのラビット等というまさに今の時代から見ても、当時小学生であった自分でさえも「レトロ」と思えるレベルの乗り物が日常の中で普通に走っていた頃。公務員官舎という名前のアパートに住んでいた我々の家は鍵などをつける事も無く、向かい合った家の扉を四六時中開けて靴も履かずにお互いの家を行ったり来たりするのが普通でした。

日本中、子供がまだまだ溢れていて電話が未だ全家庭には行き渡っていなくて、ビデオデッキなんてお金持ちの歯医者の子の家にしか無くて、車を持っていてもホンダ・ライフとか小さなカローラ、パブリカ、サニーなんていうのが主役だった時代でした。でも、みんな自分が貧乏だという気持ちは無くみな中流感満載。今の時代の基準から見るといろいろと貧乏なんでしょうが、馬鹿でしみったれた事をすると婆ちゃんから「みっともない」と言われる日常。

悪い事をするとすぐに全ての大人から叩かれまくっていました。そしてそれを親が見ても「あんたが悪い事をしたんやろ?」と言われ、事実そうでしたので黙るしかありませんでした。まあ、悪い事をした後の平手打ちやゲンコツは当時ほぼ必須の大人からの挨拶。学校の先生でも全く容赦なしでした。それを母ちゃんにいった所で、上記の「」の中の様に言われて以下同文状態でしたから何も言わないのが身のためでした。w

そんな時代、みんな本当は「貧乏」でしたけど「貧乏くさい」時代では無かったと思います。今回それを感じたのはネットで呼んだある記事。それは、メルカリに銀行のATM脇に置いてある現金袋を出品する人間が居るのを見た事がきっかけでした。送料を抜いた後での一回分の利益は数十円。そしてそれが事実かどうか確かめてみたら、確かに出品されていました。何だいコレ?って感じでしたが、デジタル技術を使ってやっている事の中身は「ほぼ乞食の所業」です。

行為のみみっちさ、その矮小感。何か日本人も時代と共に劣化していってるのかなと感じてしまうんですけど、こういう事を大の大人がして何も感じないのか?マクドナルドの景品転売ヤー達も多くは日本人では無いなどと言われていますが、正直「どうだか…」という奴です。

カネは無くとも心豊かに過ごそうとする哲学を持つ人が多かった昭和とそれ以前の時代。バブル以降は沢山の何かが壊れて行ったのは見てきましたが、心の中に住む誇り高き心を取り戻すのはやっぱり難しいのかな。時分も含めて「足るを知る」事の出来ない間抜けな日々を送る情けない時代なのかな。