2016年7月12日火曜日

Fitbit買いました

PRIMEDAYセールというのをアメリカのアマゾンも日本のアマゾンもやっていました。(多分他の国のアマゾンも)

アマゾンのVisa card を持っていたので、元々大幅に安くなっているFitbitの製品を50ドルの割引+30ドルオフの割引で購入できました。一体このFitbitというのは何かということなのですが、知っている人は多分日本でも既に使っていると思うのですが、ライフロガー、アクティビティロガーと言う奴です。

それでは何を記録(ログ)するかというと、それを装着した人の様々な活動記録。特に運動に特化しておりまして、燃焼したカロリー計算その他をスマホと連動させて日々自動で記録してくれるシステムです。
中でも私が買ったのはFitbit Altaと言うシリーズのものでして、日本ではまだまだちょこっと高いのですが、アメリカで買ってカードのリウォードをつぎ込めば上にも書いたように大安売り。

自分の分と嫁さんの分を購入してアメリカの家に送付するようにしました。まあ、私の分は次回アメリカに行った時にでも拾い上げれば良いわけです。先に嫁さんには使ってもらって、睡眠を含む健康管理に使ってもらうことにいたしましょう。

実はコレのもっとも良いところは友だちを誘ったりして、そのログを競い合うことが出来ることなのです。これによって、時として一人では維持することの難しい”モチベーション”という悪魔をかなり良い感じで維持してくれるとアメリカの友人が話してくれました。

実際に彼は巨漢だったのですが、これを付けていろいろ運動し始めるとアッという間に驚異的な体重減と相成りまして、その写真をFBで見た私は俄には自分の眼が信じられませんでした。はい、あり得ないほどスリムにかっこ良くなっていたからです。

というわけで、ちょいと情けない動機なのですが、彼に触発されてどうしても運動不足になりがちな己に叱咤激励の鞭を入れようと思い切って買ったわけでした。あとは、アメリカかでrowing machineを購入して日本に大きい荷物として飛行機積みで持って買えれば作戦終了です。

しかし、究極の怠け者の俺がどこまでやれるのか・・・。
まあ、三日坊主の謗りを免れ無さそうなのですが、取り敢えず文明の力を借りてやってみることといたしましょうか。ドッコラショっと。

2016年7月11日月曜日

参議院選、朝からグッタリ・馬鹿丸出し

今日は参議院選挙の投票日でした。

前回に引き続き、投票所へ足を運ぶために朝からそわそわしていました、が、いつもの私らしく頭の中でのシュミレーションだけはして実物の確認をしておりませんでした。実物というのは当然”投票所入場券”です。
クリアフォルダーの中に入れておいたという頭の中の比較的ハッキリとした残像だけが私の中の淡い頼みの綱でした。

そして投票日の朝になって投票所入場券を探したところ、案の定”そこにある”と思っていた”それ”がありません。orz
そこで、部屋の端から端までここ一ヶ月でものを移動させ書類を積み上げたところを一つ一つていねいに捲りながら”それ”を探していったのですが、20分ほど時間をかけても出てくるのは保険の請求書や奨学金の返済状況証明書等の今、必要でないものばかりです。

「あ〜、もしかしたら!」と思い当たったのは医局の引出しの中。これは行かねばと、早速病院の医局へ直行し、それほど多くはない医局の中の自分のファイルを捲ってみたのですがやはり有りません・・・。
ここまでで時間は10時。起きたのが遅かったのでそんなに時間が経ったわけでは有りませんでしたが、”これはアカン感”は少しずつ上昇しておりました。w

もうこうなったら徹底的に家の中を探すしか無いと思い、取り敢えずもう一度家へ戻ってみることにしました。
心が疲れてくるのを感じつつも、入場券無しでも確か問題なく入場して己が己であることを証明、宣誓すれば投票出来たはず、とは思いつつも、その投票所がどこだったかよく読んでおりませんでしたので、ネットでこのエリアの人間がどこにいけば良いのかを知る方法や、隣近所の人に伺うという手もあったのですが、もう少し探してみよう、でもその前に冷たい飲み物えお一杯、と思って冷蔵庫に手をかけたところ・・・。

はい、ありました。
冷蔵庫の表にマグネットでキチンと貼り付けられておりました。こういうのは普段から”うっかり忘れ防止システム”として使っていないのに、そこをこういう事のため使ってしまうという明らかなミスです。し慣れないことを大事なものの為に使うもんじゃありませんね・・・。馬鹿丸出しでした。

この後は近所の小学校の体育館に行って清き一票をきちんと入れてまいりました。旧社民党・民主党、現民進党の非常に強いこの地域。私が日本に居なかった頃に起きた悪夢の如き愚かな日本の選択を二度と再現させぬためにも、この投票は大切な私の儀式でした。

2016年7月10日日曜日

子供達の言葉の発達

この前、病院の保育園に来ている小さな子供達と少しだけ触れう機会がありました。

この年令の子供達に触れ合うことはこういう特別な機会がない限りほぼ無くなってしまった年齢になってしまいまして、次に機会があれば私の場合は自分たちの娘の子、つまりは孫の相手ということになります。

今日話していると、昔の自分の子育ての頃を思い出して微笑みっぱなしになってしまいました。いわゆる好々爺状態ですね。w
昆虫を数えてる子が居たので聞いていたら、「一個、二個、三個・・・」と数えているので、「違う違う、虫とかの生き物を数えるときはだいたいは一匹、二匹と数えていくんだよ〜」と教えるとなかなか賢く反応してくれて、すぐに数え直してくれましたが、今度は「イチビキ、ニヒキ、サンピキ、ヨンピキ、ゴピキ・・・」オジサン、思わず笑って声を出してしまいました。

しかし、子供にとっては当然の如く何故笑われるのかはわかりませんので、ここは促音便、撥音便に従った数詞の発音の変化などという面倒くさいルールは勿論教えることはなく、「オジチャンと一緒に数えよう!」と言って大きな声で「いっぴき、にひき、さんびき、よんひき、ごひき、ろっぴき、ななひき、はっぴき、きゅうひき、じゅっぴき〜」と念のために二、三回数えたところ、すぐにその読み方のコツを子供の柔らかい脳が覚えたようで、アッという間に上手に「匹」が後ろにつく読み方を正し言えるようになりました。

他にも話していると大人の私が昔子供達が話していたいろいろな楽しい言い間違いを思い出させてくれるような言い回しで話してくれて、なんだか楽しくて仕方なかったですね。

昔、娘がものを数え始めた頃にも同じように「いちつ、にーつ、さんつ、よんつ、ごーつ・・・」と読んでいたこともありましたし、大人の会話をコピーして大人に話しかけてくるときに、似ている単語なんだけど、絶妙にズレている全く違う言葉を挟んできた時とかに、嫁さんと二人で爆笑したりすることもよくありました。

子供の言葉の発達っていうのは早くて柔軟性に富んでいて、本当に興味深いものです。
それに比べて大人の言葉の発達は枝葉を伸ばすという方向性ではレゴの組み直しのように進んではいきますが、子供の時の発達のように”ドラマチック”というのとは程遠いですね。

なんだか”発達”というものとは縁遠くなってしまったオジサンの寂しい真夏の夜です。

2016年7月9日土曜日

禁煙できる人できない人

外来や病棟でみていると、どうしても禁煙できない人にはある特徴があります。

勿論最初からこちらの禁煙のオススメを”無理”と言って聞く耳を持たない人は勿論話にもならないのですが、当方が禁煙の話を進めていく時に少しでも反応をしてくれる人は結構な確率で減煙にまではいってくれます。
では、一部の人達は禁煙に成功して残りの人達はなぜ成功しないかと言われてもそれはダイエットの成功不成功などと一緒で結局は嗜好品の遮断に対する意志の強さの差なんでしょうが。

そう言ってしまっては身も蓋もありませんが、私の外来で禁煙に成功した人達はほぼ例外なく、お話をしたその日のうちに禁煙に突入した人達でした。一番男らしかったのは私の診療用のデスクに胸から出したタバコとライターをそのままドンとおいて、「俺は出来るよ。もう吸わんからな。」とニッコリ笑って啖呵を切っていったおじいさん。
おじいさんですから、禁煙もある程度がんの予防という意味ではタイミング的には遅いのですが、それでもリスクを軽減するという意味では素晴らしい行為。

実は癌にもまして恐ろしいのは、前にも言ったように慢性閉塞性肺疾患なんですが、一度発症してしまうと残念ながら今の医学では時計の針を逆向きに出来ない恐ろしい疾患です。
意識はあるのに、次第に喉の奥に少しずつ少しずつ綿栓を詰めていくような苦しさが長く長く続いて、痰や咳に慢性的に苦しめられ、呼吸不全の恐怖とも戦わなければなりません。

しかも、他の人にはちょっとした風邪で済むようなものが、そういった基礎疾患を持っている人には肺炎になる得ることも多々あり、場合によってはそれが死に繋がることもあるのですから、たかが風邪と馬鹿にすることなど到底できません。

私の場合、決意表明をしてくださった患者さんにはそういったことをまとめたパンフレットを直に患者さんにお渡ししてお話した内容に嘘がないこと、その疾患の恐ろしさをさらに脳裏に焼き付けてもらうべく、写真入りの解説で決意表明の物理的後押しをさせてもらっております。

タバコはお金を払って自分の健康を害する行為です。近年、うなぎのぼりに上昇しているのは肺癌発生率。出来ることなら止めましょう。まだまだ間に合います。今日から如何でしょうか。

2016年7月8日金曜日

久しぶりに飲み過ぎ

今日は名駅そばにある牛たんの店に行きました。

この前、名古屋に戻ってきたことがわかった高校時代の同級生と再びの飲み会。
彼のテリトリーは名駅周辺なので、そのあたりはバッチリ任せられます。今回行ったところはちょっと面白くて、横丁形式の小さな店の集合体(実際、駅前横丁という呼び名の集合店舗群)になっていました。一杯飲み屋、焼肉屋、その他の小さな店が十軒くらい入っている感じでしょうか。

大昔の名駅西口とかの猥雑さには到底及ばないのでしょうが、ここはここで大変”良い感じ”を出していました。
店の名前は牛タンの”かわせ”と言うお店。とは言え、猥雑さや不潔感とは程遠いお店で、そういう意味での昭和感などとは一切無縁。今のお店は食品衛生法をよく守るという意味では実に清潔感があります。

つきだし、牛タン、魚、諸々を食べるうちに次第に気持ちよくなって来ました。また、話も弾んでまた次々と馬鹿話に花が咲きます。更に彼の仕事はエネルギー関係、私の仕事とは全く縁のない世界の話で、何を聞いても自分の知らないいろいろな話が溢れ出る。私の方も彼から質問されれば、判る範囲ですべて話すと言う感じで、お互いが知らない世界で暮らしているだけに、相補的?というか、知っていることの範囲が全く違っていて互いに興味が尽きません。

ビールを飲んで乾杯してから日本酒を6種類くらい飲んで更に二次会はワインを中心にゴンゴンと飲みました。ここでは友人と同じ系列に務める友人も合流し更にアクセル全開。終わる頃にはさすがに足もとが怪しくなる感じが出てきたため、気合を入れて電話と傘と財布を無くさないように、無くさないようにと呪文を唱えながらすっかり帰りの電車内では寝ておりました。w

次回は私の側のテリトリーである藤が丘界隈で飲み食いすることと相成りました。