2026年4月2日木曜日

豆腐メンタルの人

世の中にはいろんな人が居るなと日本に帰ってきてから思うことがあります。

入職のために厳しいハードルが無い状態で入ってくるような人が居る部署というのは、外から見ているとやっぱりアレな人が多い気がします。その、なんちゅうかプレッシャーに弱い人とでも言うんでしょうか、繊細と言うんでしょうか。びっくりするくらいいろいろな事をいろいろな理由をつけて飛ばしまくるんですが、一言で言うと能力が追いついていないというか「仕事があってない」というんでしょうか、それともそのどっちもなのかも。

仕事でミスを重ねまくった上に上司の優しい女性からきちんと説明を受けてどうすればトラブルにならないか、どうやっていけばスムースに仕事が進むのか等といういろいろなコツも種々伝授されているのです。脇で見るとはなく見ていて羨まし良いなこの青年の指導のされ方…と思うくらいなのですが、本人がその女性の更に上司の人物に「指導がきつい」といって文句を言われたから気を使ってあげてね、と上司に言われた…と優しく指導をしていたその女性が私に言うのです。orz

その指導された男性、院内の看護師さんと結婚して事務系のある仕事をしていたんですが、奥さんである看護師の女性が産休を取って暫くして自分も育休を取って結局二人とも最大限の休暇を有給で使い切った後に退職していきました。

私も患者さんの家族関連の事でその最終的には辞めていった男性に仕事を頼んだことがありましたが、なんというかあっという間に仕事が飽和してしまうんですね。アレも済まないコレも未だ済まないという感じで次々に処理が追いつかなくなって直ぐアウト。後は請け負った仕事を放り投げてミスの山だけが残るという状況。

能力の問題と一言で切り捨てるのは話が簡単で早いのでしょうが、私個人としては一つだけ思ったことがあります。

世の中がこんな人ばっかりだったらどうなるんだろうか?と。恐らく今の時代、法的には彼らのように産休育休をきちんと取ってそのまま離職して次の場所へ…というのは全く問題のないことだし、その行動はある意味にスマートなんでしょう。最小の労力で最大限の育児給付金を所属したシステム経由で切り取るわけですからね。

しかし、所属していたシステムの側から見ると景色は全く変わってきます。彼らの今後に期待していろいろと社会の制度も会社や病院も柔軟に彼らの復職や職場の仕事調整などの援助を行うわけですが、結局こういう後ろ脚で砂を掛けて出ていくような人達って次の職場でもドライに制度を使って生きていくんでしょうね。

ああ、羨ましい。俺のようなオジサンはこんな制度全く使ったことなかったっていうかそもそも無かったけどね!w

まあ、コンプラなどという言葉のなかった時代に青春を過ごしたオジサンの戯言でした。

2026年4月1日水曜日

母親の入居施設の変更の可能性?

先日、田舎の親父から突然LINEで通話が入ってきました。

「実は今日、ケアマネさんから電話があって良かったらもっと家に近い施設に奥さんを引っ越しっされませんかって言われたんやけどな、どう思う?」という唐突な内容。

遠隔地に住む私として出来る事は極めて限られていて、先ずはネットでその施設の評価を探して追加的な情報があれば更にそれを読み込むこと。親父にその施設の名前と電話番号を聞いて公共介護施設としての評価や金額を調べるということなどをササッとやってみたのですが、取り敢えず出てくる情報は住所や電話番号、更にはその施設の運営母体の情報のみでした。

これだけではちょっと情報が為さすぎるので、Googleストリートビューを使って、その施設の住所の場所を見てみるとどうみても使わなくなった個人宅をそのまま施設として使っているタイプ。実はこういうタイプの養護老人施設は今の日本ではどこにでも「極普通に」溶け込んで存在しているので、訪問診療のバイトをしている自分にとってはなんとも普通の物件です。

こういう施設で問題なのは施設に入っている方がどんな方かという事と施設運営の安定性。特に小規模施設では施設運営が立ち行かなくなって閉鎖されてそのうえでどこかに移動しなければならないという事態が発生しないとも限らないという事。そのリスクのことを考えていたままで親父との話は一旦切れていました。

すると、今日電話がかかってきて「とりあえず行ってみたら調理する人とケアをする人がいたよ。一軒に8人が住んでるみたいだったけど、良い人たちだったけど、どんなもんかね」との報告でした。

そのうえで「お母さんに聞いてみたら、今の施設の人達は優しいし何よりご飯が美味しいって言ってたから、まあ個々の施設から変える必要も無いかな〜。俺がちょっとだけバス停から歩けばいいだけやから散歩にもなるし、まあ今のままでいいかなって思ったから明日施設に電話してやっぱり断るわ」との事でした。

私自身も、上記のような理由で「万一の閉鎖とその後のゴタゴタ」を避けるという意味で米寿になろうという母を安定的に過ごしている施設から動かすのはどうかな⋯と思っていたので、親父がそういう方向で決断してくれたのは良かったと思いました。

判断力が普通に残っている親父がいることに感謝です。