「温野菜」というお店のことは上司の先生に伺うまで全く知りませんでした。
これを知ったのはその先生に「美味しいすき焼きってどこに有りますかね?」と伺ったことがきっかけで、下の娘に米国帰国前に美味しい日本の肉を食べてから帰りたいと言う希望の言葉を投げかけられたことに応えようというものでした。
実際には藤が丘駅の近辺で既に彼女自身は「忘れられない」というほどの美味しい焼肉を食べたということで喜びの言葉をもらってはいたのですが「すき焼き」というものにも思い入れがあったようで今回はそこを切り口にお店探しだったのですが、、、。私自身に土地勘も知識もないためにグーグルでサーチしたり、上司の先生に伺ってということを繰り返していた所「本当に美味しい肉」を食べたいのなら三重まで行ってではないと食べられませんという情報を頂いたので次善の策ということで近場の温野菜というお店へと歩いて行きました。
入っていってチョット驚いたのは店の作りがオシャレだったことでした。
何となくオッサンがやってる煙モウモウの店を想像していたので拍子抜け。簾越しにお互いの顔が見えないような感じになっていて軽くプライバシーが守られています。
娘達が席について始まったオーダーは何とすき焼きではなくてシャブシャブ。w
おいおい、話が違うぞと思いつつもこれはこれで美味そうだということで頭のスイッチを直ちに入れ替えてオーダーに集中。黒毛和牛のシャブシャブセットを三人前注文して娘達との話に花が咲きます。
何だか娘達もいつまでも子供子供と思っていた感じが無くなっていて、段々と大人の話にも首を突っ込めるような感じになってきました。
いつの日か自分の子と並んで酒を酌み交わしながら人生の話をしてみたいな〜という、世間並みのオッサンの小さな夢がもう少しで叶いそうですね。娘も未だ酎ハイ二杯くらいまでしか呑みませんが、どうやら少なくともまたくいけない口では無さそうで、親父としては小さくホッとしつつも「酒は呑んでも呑まれるな!」という基本を、特に女の子には大切な基本を教えていくことの重要性を感じる二十歳の娘の親でした。
ただ、娘もアメリカに帰ってしまえば21歳になるまでは公式には(大学の友人は結構普通に飲んでるらしいです。この辺りは日本も同じですね!)お酒を飲めませんので、あと一年ほどは日本に帰らない限り飲めないことになりますよね。
さて、シャブシャブの方ですが、やはり美味しい日本のお肉〜!と言う感じで頂きました。子供たちは皆日本の食べ物にはハズレがない!と言っていたのですが、内心私は「アメリカと比べるのが間違いよ〜w」と口にこそ出しませんでしたがついつい歯の裏くらいまでその言葉が出てきて、音声として言い出しそうになってしまいました。
美味しい日本の食べ物を次々に食べさせることが出来てお父さんの株も少しは上がったかな?
2014年8月20日水曜日
2014年8月18日月曜日
アメリカ娘と俺の母ちゃん
今日は田舎の両親が名古屋へやってきて5日が経ちいよいよ田舎へ送り返す日です。
南風は前にもこのブログに書いたように何を食べても美味しいところですので、私としても安心して家族にいろいろな単品を注文して振る舞えます。両親も娘達も美味しい美味しいと言いながら次々に皿を空けてくれましたが、下の娘は唯一「馬刺し」が食べきれませんでした。
やっぱりアメリカ生まれかつペット好き、動物好きの娘にとっては馬を食べるということには大きな心理的な抵抗があるようで「美味しそうなのは判るけど、、、」といったっきり、その馬刺しには箸をつけませんでした。
それを横から「それでは!」とばかりにジジババが、、、。w
実は下の娘は食事の後も私の母親にこっそりと「ナイト・ズーに行きたかったよ〜」とブツブツ言っていたらしいのですが、まあ気持ちは解ります。まあ、いつかまた日本に来た時の夏休みにでもナイト・ズーは有るでしょうからその時にでも経験していただきましょう。
あれもこれも全てが叶えられるわけではないのはどんな行事でも共通ですからね。何回も小分けにして経験してもらうのがいいと思います。彼女にとってお婆ちゃんと訪れるのが大切な事のようですから、お婆ちゃんには元気で居てもらわないといけないということですかね!
取り敢えずこれが昨日の夜の事だったのですが、歩きながら帰る時に楽しそうに話している下の娘と婆ちゃん(私の母)を見ていると、この二人はなんか似たところが多いな〜と感じました。住む場所と時代は違っても隠し切れない隔世遺伝というやつですかね。w
そして夜が明けて今日は昼のバスに両親を乗せるためタクシーを予約しての藤が丘駅までの見送りでした。
バスが到着してお金を渡して乗り込んでもらい、帰れと笑いながら手を振る両親を無視して両親が座った座席側がある道向かいのブロック塀のところに座り込んでバスの出発を待つこと五分。
ガラス窓の向こうで私の方を指さしながら子供のように笑っている母ちゃんを見ていると何だか複雑な気持ちになりました。俺は今回も満足に親孝行できんかったんじゃないかな、、、と。
本当は昨日の夜は名古屋の東山動物園で行われるこの夏最後のNight Zooに下の娘がお婆ちゃんと一緒に行きたがっていたのですが、雨模様の天気予報だったので断念して近所の「南風」に連れて行って美味しいご飯を食べさせることにしました。
南風は前にもこのブログに書いたように何を食べても美味しいところですので、私としても安心して家族にいろいろな単品を注文して振る舞えます。両親も娘達も美味しい美味しいと言いながら次々に皿を空けてくれましたが、下の娘は唯一「馬刺し」が食べきれませんでした。
やっぱりアメリカ生まれかつペット好き、動物好きの娘にとっては馬を食べるということには大きな心理的な抵抗があるようで「美味しそうなのは判るけど、、、」といったっきり、その馬刺しには箸をつけませんでした。
それを横から「それでは!」とばかりにジジババが、、、。w
実は下の娘は食事の後も私の母親にこっそりと「ナイト・ズーに行きたかったよ〜」とブツブツ言っていたらしいのですが、まあ気持ちは解ります。まあ、いつかまた日本に来た時の夏休みにでもナイト・ズーは有るでしょうからその時にでも経験していただきましょう。
あれもこれも全てが叶えられるわけではないのはどんな行事でも共通ですからね。何回も小分けにして経験してもらうのがいいと思います。彼女にとってお婆ちゃんと訪れるのが大切な事のようですから、お婆ちゃんには元気で居てもらわないといけないということですかね!
取り敢えずこれが昨日の夜の事だったのですが、歩きながら帰る時に楽しそうに話している下の娘と婆ちゃん(私の母)を見ていると、この二人はなんか似たところが多いな〜と感じました。住む場所と時代は違っても隠し切れない隔世遺伝というやつですかね。w
そして夜が明けて今日は昼のバスに両親を乗せるためタクシーを予約しての藤が丘駅までの見送りでした。
バスが到着してお金を渡して乗り込んでもらい、帰れと笑いながら手を振る両親を無視して両親が座った座席側がある道向かいのブロック塀のところに座り込んでバスの出発を待つこと五分。
ガラス窓の向こうで私の方を指さしながら子供のように笑っている母ちゃんを見ていると何だか複雑な気持ちになりました。俺は今回も満足に親孝行できんかったんじゃないかな、、、と。
バカ息子 幾つになってもバカのまま
2014年8月17日日曜日
親は元気が何より!
明日で自分の両親も田舎へ舞い戻る。
ハッキリ言って私は親と居ることにとても疲れてしまうのです。これはもう高校生の頃から私自身にとっては非常に明確に認識されている事実で、残念ながら「母親といる時がとても幸せ」とか「父上お慕い申し上げております」などという感情は殆ど持つことが出来ませんでした。
どちらかと言うと親から遠くに遠くに、、、できるだけ遠くに離れて一人の人間として住むことが私の今までの生き方だったと言っても過言ではありません。(最後には家族揃って地球の反対側まで逃げちゃいましたからね。w)まあ、そうなるまでには人には話せないような(嫁さんにしか話したことがないような)いろいろな出来事が親子間でもあったのですが、私は自分と言う人間が強くそういった親の影響を受けていることを痛感しつつも、その受けた影響の中でも「特にネガティブな体験」というものを決して自分の子供たちには経験としてコピーするようなことはすまい、ということを子供たちが生まれる前から決意していました。
大部分は上手くいったと思うのですが、今思い返すと一部「うーん、反省」というような面もあれば嫁さんのキャラクターに全面的に助けられたな〜という点も沢山あります。
しかし、ポジティブなものにしろネガティブなものにしろ、親からは影響を受け続けます。私自身も良く理解できる自分自身の中にある「色々な面」で、間違いなく母親のコピーに当たる所、そしてまた父親のコピーに当たる所をいつも感じます。遺伝子、育てられ方、育った地域の環境等など、今の自分というものを作り上げてきた色々な因子はいろいろとあるのでしょうが、それらのうちの大部分を自分の親の中に色濃く見るのは私だけではなく、多くの人も同じなのではないのかなと思います。
今回、自分の両親に名古屋に来てもらって色々なところに連れて行って食べたり行動したりしましたが、ホントにもうね、、、。色々とやっぱり疲れました。w
疲れるから相変わらず一緒には住めんな〜と言うのは再確認したんですが、自分の原点というのはこの両親にあるのかと思うと色々と複雑な気持ちになるとともに、一緒に歩く両親の背中を見つめて思わずニヤリと笑って苦笑モードに入ってしまうことも度々でした。
しかしやっぱりその両親を見ていて更に思うことは唯一つ。
70半ばを共に過ぎた老親を見ていて思うのは、なんだか昔の激しくファイトしていた二人の面影はどこにもなく、本当に見ていて仲睦まじいとはこのことよ、、、と、思わされるほどの仲の良さ。
一体何があったんでしょうね?というくらい仲良くなっちゃって、、、。w 若かりし頃、その激しい夫婦喧嘩に挟まれて大変迷惑を被った息子を差し置いてのイチャイチャぶりを眼の前で見せつけられるのは複雑ですな。あ〜あ!
ハッキリ言って私は親と居ることにとても疲れてしまうのです。これはもう高校生の頃から私自身にとっては非常に明確に認識されている事実で、残念ながら「母親といる時がとても幸せ」とか「父上お慕い申し上げております」などという感情は殆ど持つことが出来ませんでした。
どちらかと言うと親から遠くに遠くに、、、できるだけ遠くに離れて一人の人間として住むことが私の今までの生き方だったと言っても過言ではありません。(最後には家族揃って地球の反対側まで逃げちゃいましたからね。w)まあ、そうなるまでには人には話せないような(嫁さんにしか話したことがないような)いろいろな出来事が親子間でもあったのですが、私は自分と言う人間が強くそういった親の影響を受けていることを痛感しつつも、その受けた影響の中でも「特にネガティブな体験」というものを決して自分の子供たちには経験としてコピーするようなことはすまい、ということを子供たちが生まれる前から決意していました。
大部分は上手くいったと思うのですが、今思い返すと一部「うーん、反省」というような面もあれば嫁さんのキャラクターに全面的に助けられたな〜という点も沢山あります。
しかし、ポジティブなものにしろネガティブなものにしろ、親からは影響を受け続けます。私自身も良く理解できる自分自身の中にある「色々な面」で、間違いなく母親のコピーに当たる所、そしてまた父親のコピーに当たる所をいつも感じます。遺伝子、育てられ方、育った地域の環境等など、今の自分というものを作り上げてきた色々な因子はいろいろとあるのでしょうが、それらのうちの大部分を自分の親の中に色濃く見るのは私だけではなく、多くの人も同じなのではないのかなと思います。
今回、自分の両親に名古屋に来てもらって色々なところに連れて行って食べたり行動したりしましたが、ホントにもうね、、、。色々とやっぱり疲れました。w
疲れるから相変わらず一緒には住めんな〜と言うのは再確認したんですが、自分の原点というのはこの両親にあるのかと思うと色々と複雑な気持ちになるとともに、一緒に歩く両親の背中を見つめて思わずニヤリと笑って苦笑モードに入ってしまうことも度々でした。
しかしやっぱりその両親を見ていて更に思うことは唯一つ。
元気で居てくれて有難いこと限りなし!
本当にこれに尽きます。70半ばを共に過ぎた老親を見ていて思うのは、なんだか昔の激しくファイトしていた二人の面影はどこにもなく、本当に見ていて仲睦まじいとはこのことよ、、、と、思わされるほどの仲の良さ。
一体何があったんでしょうね?というくらい仲良くなっちゃって、、、。w 若かりし頃、その激しい夫婦喧嘩に挟まれて大変迷惑を被った息子を差し置いてのイチャイチャぶりを眼の前で見せつけられるのは複雑ですな。あ〜あ!
故郷は遠くにありて思ふもの 室生犀星
両親は遠くにありて思ふもの smallG
両親は遠くにありて思ふもの smallG
2014年8月16日土曜日
今日は犬山へ
今日は娘達と父親を連れて犬山へ。
目と鼻の先に有るレンタカー屋へ行って何種類か有る車の中から、まあ一生自分では買うことはないだろうなと思った面白いデザインの車を借りました。車は日産キューブ。
まずもって日産車を運転したのが生まれて初めてだったのですが、ナリは小さくても中は十分に広くて運転しやすかったです。日本に帰ってきて初めての車の運転だったたのですが、九州でチョロっと運転したのを一回と計算しても数年振りの右ハンドル運転でしたが、取り敢えず行きも帰りも問題が起きなくて良かったです。
さて、犬山に着いたらいきなりの凄い大雨でゲゲッと言う犬山観光の始まりでしたが、待ち時間もそれほどなく城の中に入って行くことが出来ました。
昨日は名古屋、今日は犬山と連続しての城めぐりですが、昨日訪れた名古屋城とは異なりそれなりの小振りの城でした。しかし、犬山城は歴史と由緒で言えば全く名古屋城に劣らぬお城。中に入った後は以下の写真のような級で狭い階段を登り降りする連続でした。
暫くここで買い物や食事をした後「明治村」の方に向かいました。
目と鼻の先に有るレンタカー屋へ行って何種類か有る車の中から、まあ一生自分では買うことはないだろうなと思った面白いデザインの車を借りました。車は日産キューブ。
まずもって日産車を運転したのが生まれて初めてだったのですが、ナリは小さくても中は十分に広くて運転しやすかったです。日本に帰ってきて初めての車の運転だったたのですが、九州でチョロっと運転したのを一回と計算しても数年振りの右ハンドル運転でしたが、取り敢えず行きも帰りも問題が起きなくて良かったです。
さて、犬山に着いたらいきなりの凄い大雨でゲゲッと言う犬山観光の始まりでしたが、待ち時間もそれほどなく城の中に入って行くことが出来ました。
昨日は名古屋、今日は犬山と連続しての城めぐりですが、昨日訪れた名古屋城とは異なりそれなりの小振りの城でした。しかし、犬山城は歴史と由緒で言えば全く名古屋城に劣らぬお城。中に入った後は以下の写真のような級で狭い階段を登り降りする連続でした。
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| これは年寄りと子持ちにはキツイ! |
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| 中もそれほど広くはないのですが趣は有りましたね〜! |
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| ナリは小さくとも綺麗で立派なお城でしたね。 |
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| 昭和昭和昭和!いい感じのお店群でしたよ。 |
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| 同じ筋にある実に「昭和」風のお店でした。 昔、私が行っていたお店といえば皆こんなかんじだったんですけどね。 娘達も興味津々という感じで眺めておりました。 |
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| こんな感じの昔風の街並みが「ある程度」保存されていました。 しかし、車が狭い道を入り込んでくるし、、、 とても全力で知恵を使っての町並み保存とは思えませんでしたね。 |
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| ここでは娘と一緒にふくろうの飾りを買い込みました。 |
ここは犬山に有るモンキーパークと並んで犬山城+アルファの一つの候補だったのですが、ここは40年ほど前に親父が今は亡き伯父さんと一緒に観光バスで行ったっきりのところだということだけを知るのみで、具体的に訪れてその全容を知る機会は今までありませんでした。
という訳で入村したのですが、そこには浴衣割引のお兄さんお姉さん達がそれこそわんさか居りました。娘達にもそれを前もって話していたのですが、クスッと笑うばかりでとりあってもくれませんでした。orz
中に入るとそこにはフランク・ロイド・ライトの旧帝国ホテルを始めとした各種の建築群が立ち並んでおりました。私や親父は興味津々で一つ一つ眺めていったのですが、娘達は雨と蒸し暑さでバテバテ。本当に情けない連中です。w
2014年8月15日金曜日
初めて名古屋城に行きました
自分が名古屋大学にいた頃は一度も行ったことのなかった名古屋城。
城の展示を見ながら徐々に上がっていったのですが、名古屋大空襲でB-29が焼夷弾を落としていった際に組んだ櫓に火が延焼してアッという間に焼け落ちとというところの説明を読んだ時には怒りと悲しみが一気に躯に沸き上がってきましたね。
天下の名城の一つとは言われてはいても、見たことなければ無いのも同じ。足元に住んでいる住人が東京タワーに登ったことがない!なんて言ってるのと同じなんですけどね、、、。実際に嫁さんたちは私が大学院でヒーヒー言いながら実験している合間も嫁さん達は娘と息子を連れて実にアチラコチラの名古屋巡りをして楽しんでいたようで、今でもその17、8年前の思い出を楽しそうに話してくれます。
当時は未だ結婚していなかった妹も、度々九州から遊びに来ていましたし、一番下の娘も未だ産まれていませんでしたから、(当時は若かったw)大人の女二人で小さな子供達を抱えながらということで、そういった「周遊」をする余裕があったのでしょう。しかし勿論のごとく、当時チビ助だった上の娘は名古屋城のことなどこれっぽっちも覚えておりません。当然ですが。
今回は私の実父たるジイ様が二人の孫と行動を共にしてくれることになったのですが、親父と一緒に行動していて私、何とも気恥ずかしい、、、。理由は簡単で、私と親父が似すぎているから。w
体型から顔の形からソックリでただ加齢を加速させただけという顔立ちで、遠くから見ても普通に「はは〜ン、( ̄ー ̄)ニヤリ」と言うレベルの親子です。まあ、これは私と息子の間でもそんなもんですから天皇家の遺伝子のように何だか判りやすい特徴部分が受け継がれる傾向を持っているんでしょね。
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| 城に入る前にやっていた猿回し。お姉さんもガテン系で話も訓練も良く練られていました。 |
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| これが客人を寄せた間だったかな?いや、違ったような、、、。 |
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| やっぱデカイ。天下一とは良く言ったもんです。 やっぱ木の文化の国は基本からして石の文化の国とは違いますね。 |
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| これぞ名古屋のシンボルたるシャチホコ! |
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| 最上階に登ったところで恐る恐る手を突き出して撮った写真。 キXタXが縮みましたよ。マジで高い所ダメなんです。 |
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| 去り際にパチリ。いいバランスとれてますよね〜! やっぱ日本人のお城のモデルといえばここ名古屋城か大阪城なんでしょうね。 勿論白鷺城の美しさはまた別格なのでしょうが?(行ったこと無い!w) |
まあ、起きてしまったことは巻き戻せませんが、、、。
この後は娘達の名駅地下街のショッピングに付き合ったり名鉄ビルの9階の和風レストランで中トロ丼定食を食べたりしてあちらこちらを引っ張りまわされた挙句、男軍団も疲れ果てて家路へと帰り着いたのでした。
こうなることを予想していた婆ちゃんの方は最初から家でクーラーにあたって涼んでおりましたとさ。
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