2026年6月11日木曜日

12か月点検で面白い話

今日は自分の車を12か月点検に持っていきました。

私がお世話になっている代理店は私の家の直ぐ傍にあるのですが、この業界の整備士さんや販売員さんというのは比較的あっと言う間に仕事場を変えていきます。ある車を購入してその同じ会社で次に車を購入しようとしたらもう前の販売員さんはとっくにその会社から去っていた~何ていうのは私の経験上は普通の話。

しかし、まあそんな事に文句を垂れたところで何も変わりませんので、それはそういうものなのだと受け止めるしかありません。

さて、こういう点検の時に私がお話をするのは基本的に整備士の方々、私が乗っているのはVのイニシャルで始まる車なんですが、もう同じ車に10年以上乗っています。ディーゼルエンジンが気に入っているのでこの車から乗り換える理由というのは今のところなし。新型の車にでもどうよという事でちょっと考えたこともあったのですが、我が家の財務大臣は一言「動くんやろ?故障とかするん?」と仰られるのでお話はそこで終わりです。w

今回、お話をして頂いた整備士の方は本当に気さくな方でいろいろな話を懇切丁寧にしてくださり、EVの信じられないような内部事情とか新型車に使われている中国製部品の劇的な増加、そしてリコールにはなっていないけれどどんな形で車の部品や故障頻発部分の改善改良が進んでいくのかも微細にわたりお話をしてくださいました。

実は私の世代までのVの字が付く車はほぼ全くメイド・イン・チャイナの部品などは縁が無いのですが、次の世代からはVの字が付く会社を支配している中国の会社が猛烈に中国産の部品を構成部品に押し込んできているのが事実なのです。それは整備士さんが下回りを見た時にあの部品も、この部品もという感じでMADE IN CHINAという刻印が押されているのを見れば判るというシンプルなストーリー。

申し訳ないんですが、そんな国の車の部品とか使いたくありません。たとえ安くとも。

また、EVなんかのバッテリーも実はフル充電をさせないで欲しいという内部通達が存在しているという話。表ではそんな事はおくびにも出しませんが、チャイナ製のバッテリーは燃えることで有名ですからね。そんなバッテリーを積んでいるようなVのEVとか恐ろしくてとてもとても手が出ません。ま、タダでも要りませんが。^^

やがて殆んどの車は内燃機関ではなくなる時代が来るでしょう。しかし、それはまだまだ先の話。私自身が感じる充電インフラ不足は勿論の事、全個体電池の登場とその更なる改善の来る未来を考えると、今この時点でEVという選択肢はまだまだあり得んな~と思う次第でした。

あ、12か月点検自体はオイル交換とフィルター、ボルトのガスケット、ちょっとしたサービス料程度で終了いたしました。メデタシメデタシ。

2026年6月10日水曜日

ロシアはどこまで粘るのか?

最近いろいろなソースを見ていると、ロシアがそろそろヤバいというような記事を見かけます。

企業から個人のレベルまで、種々の人間達がロシアの戦争の内容のみならず経済などに関しても数字を挙げながら今のロシアがどうなってきているのかを論じていますが、基本的な話の流れは①クリミアを巡る戦争の駆け引きがかなり厳しくなっているロシア、そして②いわゆる戦時経済がそろそろいろいろな面での綻びを見せ始めてきているのではないかというのを国立銀行の金利の話と絡めながら説明するものが多いようです。

実際のところは公的統計から読み解くしかないはずなのですが、こんな国家が出してくる「公式」統計などというものが信じられる訳も無いので、正直間接的に出される市場経済の中で使われる経済指標である金利や貨幣の価値を通して経済情勢を見るしかありませんし、他国がカウントしている双方の戦場でのダメージの受け具合を通してしか実際の被害の具合も出せないというのは納得がいきます。

地方紙に載せられる死亡記事の数のカウントまで淡々とやっているのはまことに驚きですが、こういうのは地道にやってこそ信頼度が上昇し、かつ正確さも積み重なるというものですからその努力には頭が下がります。

ロシアが戦争に駆り出している100万人以上の青壮年層は誰もが容易に理解できるように実際は生きていたら、そして普通に働いていたらロシアの社会と経済とを下支えしていた貴重な労働力であった年齢層。

太平洋戦争中の大日本帝国と同じで、数字を隠し戦時経済を形成させて若年労働者や学生まで借り出して国家の下支えをさせるというのは金の卵を産む牝鶏を殺して未来を先食いして体裁を整えているだけの話であって、その先に待ち構える10年先、20年先の未来は本当に真っ暗。解っている人は皆解っているのは明白なんでしょうが、自分を守る事だけが全ての狂った独裁者の下では国家は個人の意見など抹殺してきますから、本当にお気の毒です。

ソビエトも突然崩壊しましたが、ロシアもプーチンの追い出しという形で国家が突然終了しないと誰も言い切れません。

限界まで突っ走ろうとする暴走超特急が停まるのはいったいどんな事がきっかけになるのか、大変興味深い瞬間が一年以内に近づいているような気がします。

しかし、そういう政権が終わった後のロシアもまた悲惨そうでどうにもお気の毒としか言いようがありません。恐らく国家の経済は西側が戻ってくることである程度何とかなるのでしょうが、平均的な国民は…あかんでしょうな。

戦後に明確に登場してくるであろうハイパーインフレがどうやって終焉を迎えるのか。過去のいろいろな国の戦後の混乱を見る限りでは、今から「お気の毒」としか言いようがありません。

2026年6月9日火曜日

軽く無い衝撃

実は昨日嫁さんと共に食事の後に私の田舎から名古屋に来た今池の飲み屋に「木曜日」の予約をしようとしてアクセスしたときの事でした。

長女も来ていたのですが、店の前まで来ても店の「灯」が全く消えてしまっていたので、あれ、今日は休業日かな?と思っていたのです。娘がGoogleMap上で調べてみると「営業中」となっていたのでした。

なんか変だな…という強い違和感を抱きつつも「そんなもんなんかな?」という感じで家に帰っていきました。

ところが、今日仕事が終わって木曜日の為に再度アクセスして店の前でその開店を確認しようとしたところ、やはり昨日と同じように真っ暗!流石にそれは無かろうという感じで念の為にもう一度自分でGoogleMapを調べてみると、今度は衝撃的な二文字が書き込んでありました「閉業」。おいおいおいおい、閉店という記述だったら未だ希望が持てるんでしょうが、閉業って言ったらどう考えてもビジネスを終わらせたってことだよねと、私の小さな脳味噌でも即座に理解出来ました。

折角美味くて安い店を見つけた、しかも郷土由来の人間がやっていた店なのに…と軽い眩暈を覚えました。結局来る事が出来たのは二回だけ。そして、私が一か月ほど前に最後にキープした筈のマッサラの一升瓶は、自分で一口も口をつけることなくものの見事にどこかへと消えていったのでした。

一体何が起きたのか、何がどうなってしまったのか全く何も判りませんが恐らく今池の夜の噂のネットワークが私に何らかの情報をもたらしてくれるものと信じております。

2026年6月8日月曜日

アメリカの家の修理

時折なんですが、アメリカの私の家に住んでくださっている日本人の方と連絡を取っています。

実際にはそこに住まわれているのは日本人女性の方なんですが、この方が素晴らしく綺麗に住んでくださっているうえにこちらに許可を得たうえで何時も美しく家の壁を塗り替えてくださったり、庭その他のメンテをその美的センスに従って行ってくださっています。

それほど恵まれたレジデントを得ているアメリカの我が家なんですが、いくら綺麗にメンテしてくださっていてもそこはやはり「建物」であって、定期的な修理やアップグレードが必要な事には何も変わりはありません。要するに大きなだけで経年劣化のきちんと進んでいく「もの」ですからね。

さて、そういう訳で今回の修理・置換の対象は以前から気になっていたポーチに面した窓です。ガラス扉を開ける方式の窓なんですが、表に面した部分にはアメリカではごく普通にあるBBQなどを行えるWood Deckがあります。要するにそこに面した窓の群れなんですが、確か3枚で構成されていて、そのうちの1枚が外に向かって開くタイプのガラス扉だったかな。

今回それらの見積もりが返ってきたんですが、扉式にするかスライド式にするかで値段が随分違いまして、スライドが$9,285で開き戸タイプが$6,742でした。

以前から気になっていた部分で最も問題だったのはドアの下にある部分の隙間。ここが経年変化で随分とやられてしまっていて、特に冬の寒い時期にはここからの空気が部屋の温度を下げてしまうという状態だったのです。結局そういう状況が冷暖房費の料金を上げてしまいますので、ここは早めに何とかしてあげたいところです。

結局ここへの投資は最終的に家の値段のアップという形で回収できるんですけどね!

でもまあ、円安が進んでいる昨今やはり早々お金を使えないところ。もう一つだけ見積もりを取ってから最終的な依頼を行いたいと思っています。また金が飛ぶな。orz

2026年6月7日日曜日

難病の患者さんを見つけた時

私が愛している診療形態というのがあります。

それはその患者さんが長期間どこの病院にもかかっていなくて、私から診察を受けるのが医者からの診察としては十年ぶり以上なんていう場合です。

世の中には「びっくりするほど」病院という存在が嫌いで恐れている一群の人々が居る、という事実をアメリカから帰ってきてこの十数年という時間で骨の髄まで知りましたが、それが良い事か悪い事なのかという事はシンプルには判定できません。

そういう人々にとって病院にかかるという事はある種の恐怖でしかない訳で、恐らくそういった人達の頭の中では病院なんか行ったら「何をされるかわからない」という考えを持っている人と、長い間病院に行っていないからもし今超久し振りに行ったら何か良くない病気が見つかってしまうかもしれない、という恐怖感を心の底で抱いている人がいるのではないかと考えています。

実際に注射をされる、採血をされるという事を考えただけで物凄く暴れたり、怯んだり、狼狽える人たちというのを真近で観た事が「何度も」あるので、それは病院嫌いの人々が病院に来ない理由の大きな部分を占めているんではないかと推測しているんですけどね。

さて、そういう「10年ぶり」とか「30年ぶり」の患者さん達の検査を進めていくと本当に奇跡のように何も表面的には引っかかってこない人もいるかと思えば、癌の末期で余命一か月くらいというような人まで居るんですね。ごく普通に。

それでも、最も多いのは高血圧や糖尿病や肝障害、肺気腫等を持っている人達。こういう方々を生活指導、食事指導、服薬指導を通じて普通の生活を送れるところまで戻していくのが事実上の最高の喜びです。

しかし、稀になんですけれども、データや症状を通して病因や病名を推測していってもどうしても診断が付かないものが出てくるものなのです。そういう時に大事なのは集合知。種々のパーツの専門家が集まっている大病院にそのような「理解出来ない病態」を持った方々を送ることで、最終的に教科書でしか見たことのないような稀な病名の付いた状態で紹介状の返事が戻ってくることがあるのでした。

その予想を行う過程で、自分の推測と大病院がいろいろな科の集合知を使って下した最終診断がどれほどズレていたのかという答え合わせが最大の喜びと言えば喜びでしょうか。

そのうえで、それに対する至適な治療法が患者さんに施療されて治っていく時などは医者冥利に尽きるというもの。己が治した訳でもないのに、正しい病院にきちんと紹介できただけで嬉しいとかちょっとおかしいですかね。^^

2026年6月6日土曜日

早くも収穫(でも半分)

今日は貴重な土曜日。

農作業にはこれほど素晴らしい曜日は無いのです。^^ 
昨日雨が降った岐阜の各務原。その中でも黒く豊かな土に恵まれた鵜沼の畑には私の借りている畑に育つ種々の作物にとっては慈雨のはずですが、いったん強い雨が降ると泥濘地に早変わりするのがここの畑の脇道の特徴だと最近知りました。

基本的には現地の正確な天候の情報は私の畑作りの相棒とその親父さんからもたらされますが、幸いにしてこの土曜にはカラリと晴れ上がり私の気持ちを盛り上げてくれました。

鵜沼の親父さんのお宅に車を停めて友人と共に畑へ出撃、先週の「試し掘り」で総統に収穫に期待できることが判明した段階ですでにワクワク。しかも、その掘り出した数個のジャガイモを嫁さんに頼んで料理してもらったところ、と~っても美味しい事がしっかり確認できましたので、私たちの次の仕事は適切な時期に適切なサイズのものを掘り出すことだけです。

そこで、先週の段階で少なくとも育ちの早かった西側半分のジャガイモは収穫されて良い時期と判断しておりましたので、今日はその実行日。
上の写真ではトウモロコシやサツマイモも映り込んでいますが、手前が東側、向こうが西側ですので今日の収穫は向こう側です。

そして掘り始めて気づいたのはびっくりするくらいどデカい芋が既に土の中には隠れていたことでした。一つの種イモから出てきた茎も私たちのほうで最大3本に留めておいたのですが、茎の集合体の下には硬くなった種イモが残っていて、その周りにはまとまって大きいのが数個、そして衛星のように5~10個のミニじゃがが付いているのでした。
最終的に15個分の種イモエリアから掘りだして出てきたのは以下のような写真のジャガイモです。
結局上のような感じのバスケットが三個分ほどになったのですが、恐らく来週の収穫でもこれと同規模の収穫量になるんじゃないかなと思います。^^

収穫している間は俺も相棒も嬉しすぎてず~っと喋りっぱなし。「なんじゃこれ!すげ~!」と言うような野生の喜びに溢れた吠えた会話のみで構成されていました。w

帰りは何時ものように数種類の根菜類を頂き、またまたホクホク顔で家路についたのでした。掘ったジャガイモはどうしたかといいますと、豊田在住の百姓をしている先輩医師の助言に従って陰干し。それによって皮を強くし保存性を上げることとしました。あとはそれを持って帰って低温で保存すればでんぷんの糖化が進みますので、甘みも増すという仕組み。

また鵜沼に取りに来るのが愉しみです!


2026年6月5日金曜日

AIの中では何をしているのか?

本屋にふらっと立ち寄った時面白そうな本が眼の中に入ってきました。

面白そうな本というのはいつも向こうから飛び込んできます。白い表紙の本でした。著者の方には大変申し訳ないのですが、ちょっとタイトル自体は正確に見ていなくて中身をササっと読んでしまいました。

そこに書いてあったのは長年にわたってAIに関して私の中で疑問に思ってはいたけれども、理解は全く出来ていなかった事が実に平明に書かれていたのでした。そう、大規模言語モデル(LLM)はどうやって言葉を理解し回答を構成しているかという中核的な疑問に対する回答でした。

それによると、LLMの中核は数学そのもので、ここまでは(まあ、そうだろうな)と内心では思えるんですが、その数学の種類は何かというと線形代数。そして更にその線形代数の具体的な中身は何かというとなんと「ベクトルと行列」なんだそうです!

そして、その中身を更にしれっと立ち読みしてみると言語をどうやって定義するかというところから始まり、単語をすべて埋め込みと言われる 高次元ベクトル(数百〜数千次元) に変換しているというんですね。例えば「猫」という単語は768次元ベクトル!そして「犬」も同じ数の次元を持っているそうです。実は意味が近いものは互いの次元が近いそうなんですが、ここら辺りは立ち読みくらいでは理解できません。w

Attention という名の計算式を用いて文脈理解を行っているのですが、その中心は完全に行列演算です。その先にあるニューラルネットでの計算もずっと行列とベクトルが続くわけで、我々が高校の頃にイントロとして学んだ行列やベクトルはこんなに実世界の中で強烈な応用があるとは思いもよりませんでした。

医学の世界の中ではCTやMRIの画像の生成はブラッグ親子によるX線回折の研究が最終的に逆行列の解を求めることによって為されているという事は聞いていたし、その逆行列の解法が進歩したことによって劇的に計算が高速化されたという話も聞き齧ってはいました。しかし、LLMもその先にある応用だったのか…という事を今日は本屋で「拾い読み」した次第です。

結局のところLLMは、膨大なベクトルと巨大な行列を高速に計算し続けることで、擬似的に言語を理解・生成しているという話。単語 はベクトルに変換され、文脈は行列演算。その上でそれを理解するための式であるAttentionは行列積であり、ニューラルネットでの層の計算は行列Xベクトル、更には学習の部分は行列の微分によるもので、徹頭徹尾、線形代数がその基盤になっているという…。

携帯電話の基地局選択は電波工学、GPSは相対性理論、通信の秘密の保持は楕円関数などに基づいた暗号理論等々数学の無いところで現代の生活はもう「全く」のレベルで成り立たないんですよね。

それらの説明を何れも表面的にしか理解できない己の脳味噌のレベルの低さに溜息です。orz

2026年6月4日木曜日

レストランで腰を抜かす

夜に長女と嫁さんと一緒に藤が丘のイタリアン・レストランに行きました。

近所の誰もが気軽に行ける「非」高級なレストランです。先月、たまたま立ち寄ってみたところサクッと入れて美味しくてお手軽な値段のイタ飯を提供してくれるお店だということが良く分かっての今回の再訪でした。勿論、私の意向ではなく嫁さんと娘の決定でしたが!^^

さて、今回も予約なしで入っていったところ幸いにも入ってすぐの良い席に座る事が出来ました。そして、注文も済んで楽しく話していたのですが…。

暫く楽しく話し込んでいたところ、何だか私の目の前に座っている嫁さんと長女の様子が変です。何かをチラチラと見ている感じなんですが、その視線の先はどうやら私の背後。すると突然、私の左側にどこかで見覚えのある顔の女性が見えました。

そうです、同じ病院の同僚で、働いている階は違うものの私のキャンプの師匠筋にあたる看護主任さんが後ろから見ていたのでした。私はにこにこ笑っているその師匠に驚いて思わずのけ反りながら「え~っ」と声を出してしまいました。昔、外来で私の嫁さんも一瞬見たことがあったはずなのですが、覚えていなかったようで後ろからじ~っと見つめられて二人とも「誰?」と戸惑っていたようです。

隣に来たその主任さんと言葉を交わしたのですが、特に何かを話すわけでもなくお互い二人とも大笑いするだけ。しかも暫くしたらやはりその病棟で働く追加の二人の顔が横のテーブルに加わりました。

事情が理解できた嫁さんと長女はお隣の皆さんに挨拶をしていましたが、私は居心地が悪くて仕方ありません。w

仕方ないので「恥ずかしがり屋さん」を自任する私は取り敢えず脇の皆さんは存在しないことにして家族との会話を楽しみました。それから恐らく一時間程度でしょうか?十分腹が一杯になったところで、お隣さんに挨拶をしてお別れとなったのですが、こういうシチュエーションは出来るならば勘弁していただきたいな~と、神様のいたずらに心を疲れた私でした。orz

次回病棟で会うのがちょっと嫌ですね。orz

2026年6月3日水曜日

長女からびっくりされたこと

実は夕食を食べている時に長女から指摘されて改めて「マジかい!」と驚いたことがありました。

それは以前にもここに書いた私がアメリカの9/11の前日にNYのマジソン・スクエア・ガーデン(MSG)で行われていたマイケル・ジャクソンのライブに友人と行った時の事です。実は長女からあの時のコンサートはどうだったかと何度か聞かれたのですが、私の座っていた観客席自体は滅茶苦茶にメインステージから遠く離れていて、マイケルは本当に米粒のようなサイズでしか見えませんでした。

しかし、私のような人間でも飛び跳ねるマイケルの横にエリザベス・テイラーが座っていたことをトピックとして知っていましたし、内心では恐らくこれが私の人生で生きているリズを生で観る(勿論見たこと自体が初めてでしたが!)最後の瞬間になるだろうなとは思っていました。

そしてその後、夜明けのマンハッタン島を西側の対岸側から眺めた後、帰路についてあの世紀の大事件が発生した訳ですが、その事は既に書きましたのでもうここに再掲する事は無しという事でもう一度ライブの事に戻ると、その時の出演陣が「長女によると」あり得ない豪華さだった!というのです。

そこで、それがどのようなスターだったのかという事でネットでその時のリストを取得してみましたら以下のような感じ。(因みに太字のアーティストは少なくとも日本人のオッサンである私でも名前くらいは知っている方々です。w)

Michael Jackson: 30th Anniversary Celebration(30周年記念コンサート)

2001年9月10日出演アーティスト(豪華ゲスト陣)

michael-jackson-shows.fandom.com

  • Usher(アッシャー)
  • Mýa(マイア)
  • Whitney Houston(ホイットニー・ヒューストン)
  • Dionne Warwick(ディオンヌ・ワーウィック)
  • Lil' Romeo(リル・ロメオ)
  • Master P(マスターP)
  • Gloria Gaynor(グロリア・ゲイナー)
  • 98 Degrees(98ディグリーズ)
  • Luther Vandross(ルーサー・ヴァンドロス)
  • Missy Elliott(ミッシー・エリオット)
  • Nelly Furtado(ネリー・ファータド)
  • Billy Gilman(ビリー・ギルマン)
  • Liza Minnelli(ライザ・ミネリ)
  • Monica(モニカ)
  • Al Jarreau(アル・ジャロウ)
  • Jill Scott(ジル・スコット)
  • Deborah Cox(デボラ・コックス)
  • Gladys Knight(グラディス・ナイト)
  • Aaron Carter(アーロン・カーター)
  • Tamia(タミア)
  • Rah Digga(ラ・ディガ)
  • The Jacksons(ジャクソンズ)
  • Slash(スラッシュ)

補足:この日の特徴

  • Whitney Houston、Luther Vandross、Missy Elliott、Gloria Gaynor など、R&B・ソウル界のレジェンドが多数参加
  • Slash がギターで参加し、マイケルとの共演が実現
  • The Jacksons(兄弟)との再共演も大きな話題
  • Liza Minnelli など異ジャンルの大物も参加し、まさに “オールスター” 状態
補足部でこの日の特徴という事で、ネット上の総評が簡潔にまとめられていますが、アメリカ育ちの長女にとっては上の一覧の登場人物というのはあり得ない豪華出演人なんだそうで、総合司会はこの俺でも知っているクリス・タッカーだったというではありませんか。

長女曰く、もしこのコンサートのチケットが今当たったなら私は躊躇なく10万払うと言っています。そもそも、私はこのコンサートには一緒に行ってくれと頼んできた友人の運転手役兼移動時に眠い時の起こし役~程度の役割を頼まれて行ったのですが…。まさか、こんな歴史の区切りになるようなコンサートになるとは!

実は歴史的な意味での区切りとしてはマイケル自身にとってもまさに区切りで、この日のコンサートが彼にとっての人生最後の「有料」ライブ・コンサートになったのでした。その後は一か月後の10/21にD.C.でチャリティーコンサートで一度うたったのが最後らしいのですが、これはまさにスポット出演。意外と凄い瞬間に立ち会ったのだなというのを今さらながら娘の言葉で実感する私でした。

因みに私が当時の事で覚えていることと言えば、他にはMSGの当時の駐車料金が$38という事だけで、それを長女に話したところGoooosh!と言われた後、大笑いされ、更にそのことを娘がインスタに投稿したところ世界に散らばる娘の友人達からさらに大笑いされたとのでした。

オッサンですから。許して。w

2026年6月2日火曜日

AIに日記を書かせてみたら…

実は当直の日にいろいろとPythonでプログラムの勉強をして(遊んで?)いる時にAIに日記を書かせたらどんな文章を書くんだろうと思いました。

そこで、2026年の6月2日の日本にいる私の日記を書いてくださいという命令を与えてみるとCoPilotが下のような小説のいろいろな部分を寄せ集めてきたような時系列のつぎはぎのものを一日の時系列を表現する直接的な安易な言葉を段落の文頭に持ってきて時間の流れを表現。

そして、一日の締めにまでもってきたのは日本の好きなどこかの外人が表現するような、これまたどこかから借りてきた翻訳文のような文章でした。w


📘 2026年6月2日 日本についての日記(約1000字)

6月2日。窓を開けると、湿り気を含んだ初夏の空気が流れ込んできた。日本の6月特有の重さと柔らかさが混ざった空気で、街路樹の葉は濃い緑に変わり、昨夜の雨を吸ったアスファルトが黒く光っている。こうした季節の細やかな変化は、日本にいると自然と身体に馴染んでくる。

朝、コンビニへ向かう途中、黄色い帽子の小学生たちが列を作って歩いていた。「おはようございます」と元気に声をかけてくる礼儀正しさに、日本らしい安心感を覚える。コンビニの中は冷房の涼しさとコーヒーの香りが混ざり、棚には抹茶や柑橘の季節商品が並んでいた。日本のコンビニは、季節の移ろいを映す小さな舞台のようだ。

昼過ぎ、街を歩くと風鈴の音が聞こえ、商店街には紫陽花が飾られていた。梅雨入り前なのに、すでに夏の気配が漂っている。紫陽花の青や紫のグラデーションを眺めていると、時間がゆっくり流れていくように感じた。

午後、電車に乗ると車内は静かで、乗客はそれぞれの世界に沈んでいる。大声も雑音もなく、ただ静けさが共有されている。この「静かな公共空間」は、日本の文化を象徴しているように思えた。窓の外の景色を眺めながら、こうした空気が日本の生活を形作っているのだと改めて感じた。

夕方、スーパーに寄ると、色とりどりの弁当が並んでいた。天ぷら、焼き魚、煮物、季節の野菜。日本の食文化の豊かさと、忙しい日でもきちんとした食事ができる環境のありがたさを実感する。

夜、家に戻ると外からカエルの声が聞こえた。雨が近いのだろう。窓を開けると湿った風が入り、遠くで雷のような低い音が響いた。日本の6月は、雨と緑と湿気の匂いが混ざり合う季節だ。鬱陶しさもあるが、自然の音に耳を澄ませていると不思議と心が落ち着く。

今日一日、日本の空気を改めて観察してみて、この国は「静けさ」と「細やかさ」でできているのだと感じた。人の動き、街の音、季節の変化、食べ物。どれも派手ではないが、丁寧で優しく、気づけば心に残る。6月2日は、日本という国の魅力を静かに再確認した一日だった。


必要なら、

  • もっと感情を強めたバージョン
  • 逆に淡々とした記録風バージョン
  • 仕事・旅行・家族などテーマを絞った日記
など、別の書き方でも作れるよ。
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と云うような最後の「余計なお世話」部分までこちらにプロンプトとして投げかけてくる親切設計。

毎度AIの文章を読んで思うのはこのシステムには一定の文体があるという事でしょうか。曰く言い難いのですが、乾いた慇懃無礼さというか受験参考書の各年度の大学入試問題の現代国語の回答欄に書いてある文章のような言い回しとでも言いましょうか?^^

AIが書いた文章を判定していくシステムも幾種類か(考え方を変えて作られた種々のシステム)存在しているようですが、実際には人が書いた文章をAIが書いたものと判定したり、誤判定を起こしやすかったり、様々な特定の回避方法に弱いという特徴があり、まだまだ弱いという所みたいですね。

しかし、より人間らしい文章に近づいていく事は恐らく間違いないでしょう。それでも、紋切り型の文章である判例や研究の文章には絶対的な強さを持つんじゃないかというのが私の勝手な推測です。

俺のブログもそろそろお払い箱かな?いや、とっくに!w

2026年6月1日月曜日

患者さんの家族さんからの言葉

令和に入ってからはますます「人生の最後の形」の選択がある一定の方向に収束してくるように感じます。

それは「無理をして長生きをしない・させない」というものだと感じています。我々のような仕事をしていると、人生の終末期というものをどう考えるのかという事を患者さんや患者さんの御家族と一緒に考えることが頻回になります。

それこそ週に何回もいろいろな患者さんや家族さんと、今後の加療の進行方向に関してどういった事までするのか、そこに至るまでにどういう手段を用いるのか等という事をしつこく納得のいくまでお話をします。

私のほうでは理解力のある方も無い方もどこまで理解できるのかを探りながら絵を描く、たとえ話をする、実例を挙げる等の種々の方法を用いながら、こういう方向性に進んだらこうなる感じになる事が多くなりますし、こちらの方向だとこういう方向になる事もありますというような聞いている人達がイメージし易いように話を進めていく事が大事だと思っています。

今回、そうやって終末期を看取って最期を迎えられたある患者さんの娘さんから受付に呼び出しを受け、心の底からの感謝の言葉を授かりました。

実際に、お亡くなりになるまでの間は多くのドラマの連続で、悩みぬきながら方向性を決めていく過程に寄り添う中で兄弟の中で諍いが起きたり、方針を巡って家族の中で沢山の話し合いがもたれたとの事。最終的には娘さんの今までの苦労をそのほかの御家族がきちんと認めてくれて万全の協力と理解が得られる形で親族全体が一つに団結し、お父さんの最後をみんなで看取られたのでした。

受付の前では10分以上娘さんから感謝の言葉をいただき、この病院を選んで先生に診ていただいたことが私にとっての最良の選択でした、というような過分な言葉を頂き激励していただきました。

私はひたすらどうにも面映ゆいばかりでしたが、娘さんが「御自身で悩みぬいた末に自分で行き着いたお父さんとのお別れの過程」は本当に貴重な時間だったと思うんです。お別れの形を自分で紡ぎ出された娘さんのお手伝いを少しだけ出来たことに誇りを持ちたいと思いました。

明日からも真面目に淡々と仕事をしなければ、と思った自分でした。