2015年12月6日日曜日

危険極まる優生思想-1

ちょっと危ないなって思える考えを持っている人が病棟に居ます。

看護師さんなのですが、この人チョット優生思想のようなものが強く表に出過ぎて、周りのナイーブな人に悪影響を及ぼさないか心配してます。
「アタマが悪い残念な人」と言って私の方で無視して片付けてしまうのは実に気が楽なのですが、人の命を預かる職場でそのようなことを繰り返し発言する人が居るのを無視し続けるわけにはいきません。

この人の呆れるところは人の治療に関して「保険点数」や保険の種類(例えば生保の人は治療しなくていいとか)で医師側の治療に口を挟むことですね。高齢者の治療に関してはQOLを考慮し、その改善が治療対効果および御本人の希望、更には御本人の意識が無いとき等はその方が御元気だった頃にお互いが話されていた御家族とのコミュニケーションの記録などを参考にして治療方針を決めていきますので、例え症状が一緒でも治療の「方向性」特に万一の場合が発生した際の延命に関しては一人ひとり慎重に個別対応することになります。

九十代くらいの超高齢者のかたであれば、医療者側が何をしようとも、そもそも体自体が治療に良く反応しないようなことはごく普通でして、それを医療者側がどうしようというのは痴がましいことも多いのですが、未だ六十代の患者さんを捕まえてそのような愚かな「助言」をされるのは正直「・・・」と感じますな。

もし、治療者の側が筋力や生化学的なデータ、認知能力などの数字で人の命の価値を単純に輪切りにし始めたら、それはもう70数年前にヨーロッパのある国で堂々と行われていた政府の名のもとに行われていた殺人行為となんらかわりはないと思います。こういった行為は数字のスケールが刻まれているスライダーをずらすだけで容易に自分の気に食わない人間や不要と思える人間を消すようになりかねませんから・・・。恐ろしいものです。
(実際にそれをやってしまう人間が世界のニュース、日本のニュースなどでたまに出てきますが。特に看護師。)

医師側は考えうる種々の状況を総合的に判断して「責任者」として患者さんの治療を行っているわけですから、表面的な思いつきで論理的、倫理的な裏付けなしに眼の前の診療行為に脇から口を挟まれるのは医師によってはブチ切れレベルの行為なんですが、私が甘いのかな。

私としてはこの看護師に公衆の面前で思いっきり恥をかかせて医療者として病院に留まること自体を辞めさせる方向に踏み出すことも「やろうと思えば」容易なのですが、夫婦共稼ぎで、子育て中でなんとかやっておられる家庭の奥さんでもあるようなので、もう少しチャンスを見計らって本人が理解できるような易しい例え話をして説諭しなければならんかなと考えたりもします。

自信満々の愚か者が最もやっかいなのは山本五十六の例え話を引き出すまでもありませんか。

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