2013年10月15日火曜日

結婚するとかしないとか

人口減少とそれに伴う労働力の低下、更には国家としての競争力の低下を憂える声をネット上やニュースではよく見かけます。

実際、厚生労働省の統計を見てみると、生涯未婚率の上昇は男性では90年代以降、女性でも2000年台に入ってからは明らか、かつ急激な上昇カーブを描いているようです。
こういった数字を見て感じるのは一生結婚しない人の内、「したくなくてしない」という人と、「したいけど出来ない」という人達とに大別されるのは理解できますが、各々の理由がどういったものなのかということに関して明治安田生命福祉研究所の発表で色々と書かれているのを見ることが出来ます。それによるとナルホドね~という理由が色々と書かれてはいるんですが、どれもこれも結婚したい人の婚姻率をあげるための方法論としては、まだまだかなり解決への敷居が高いような気がします。

そもそも、こう言った多くの発表が最終的なターゲットとして裏に表に議論している結婚に関する本当の問題は何かというと、結局「国力の維持に必要な基本線である人口」の安定化への心配ということになっている点では皆共通なんでしょうね。

自分でいつもこの手の議論を読んだり聞いたりしていて思うのは、やっぱり国力なんて言うのはなるようにしかならないのではないかなという事。どの国の歴史的な栄枯盛衰をみていてもそこには制度的、人的、地政学的ないろいろな意味での素因が複雑に絡み合っていて、多項式をとこうとしても不確定要素が多くて式自体が解けないために最適解を与えられないうちに国家が衰退していく運命にあるような気がします。

そういう意味ではどの国も文字通り、栄枯盛衰を順番に経験しているように思えてなりません。大雑把に言ってこの200年を見ただけでも、イギリスが、ヨーロッパが、アメリカが、日本が、そしてBRICS、中韓、ASEANとその繁栄の可能性を最も持つ中心地は移っていっているような感じだと思うんですけど、それぞれの長さも、その程度もエリアや国によって大きく違ってるとしても、じゃあ、A国が衰退したから世界が衰退したかというとやっぱりそんな事はなくて、どこかの国に繁栄の中心が置き換わっただけという事で、全体から見ればその衰退していった国の人々が過去を懐かしむだけで、他の人達は特に困らない、というような感じなんでしょう。

ちょうど「我がXX一族は世が世であれば云々」等と過去を懐かしむ斜陽の人々の群れのようなものなのかもしれません、、、。衰退するならするで、かつてのローマ帝国や大英帝国のように、徐々に優雅に衰退し、歴史の記憶の中にその名を刻み込まれるような感じがベストなんでしょうかね。わかりませんが。

話をもとに戻しますが、「結婚」という実に個人的な事情の集合した事実は、昔とは違って多くの国では子供を生むことが主な目的ではない上に(ましてや一族の繁栄などどうでも良くなっている時代ですから)、国力が一度ピークを迎えてそれで一度国家としての体裁が整うと、どう考えても「あんまりガツガツしなくても何とか上手くその資産で国がまわる」という事態が発生するでしょうから(逆にそういう事態が起きないということは国家としてのピークは未だ来ていないのでしょう)、まさにそれが今の日本何じゃないかなという気がします。

ニートでも、親が生きていて、金があってかつ親に世話をしてもらえるうちは家の中に篭って居ても生きてはいけるし、それがその一家の運命ならば育て方も含めて家族全体が消えようがそれは内側からみれば余計なお世話なのかもしれませんし、他人が手を差し伸べて簡単にどうこうできるような問題では絶対にあり得ないことも議論する余地さえないように思います。
何しろニート誕生までには個人、家族、地域等も含めて既に10年、20年、30年というような月日が過ぎ去ってしまっているわけですから、良く調べればそういう状況が出現するためにはため息が出るような複雑で難しい時代背景の組み合わせや家族の事情、子育て、公教育が横たわっている可能性のほうが高いわけで、、、。
ましてや、そういう状況にある人達が、他人との関わりを持ちかつ嫁さんや子供たちの責任を取らなければいけないような事態に積極的に関与していかなければならない結婚生活に踏み込む必要を感じるとは到底思えません。(おまけにここでニートを極端な例として出しはしましたが、結婚していない多くの若い人達は職はあっても、チャンスやお金がなくて結婚できないという人がほとんどでしょうし。)

しかし、個人のレベルで言うと間違いなくやってくることはと言えば、その貯めた資産も使うだけならやがては底を突くものであるという余りにも明白な未来。それが国家という大きなスケールの話であれ、良いとか悪いとか言う議論はこういった事態が起きた時点ではもう話をする事さえ余り意味がないような、「ある一定の方向性」を持って収束するポイントに向かうものなのかもしれません。

様々な理由で国家の人口が減少していく時、それが衰退なのか安定なのか、将来の再発展へ向けての小休止なのかも私には判りませんが。まあ、それを結婚するしないで論じなくても結婚せずとも子供が育てられるような社会を作ってしまうほうが早いのではという気もするんですが、その子たちを(婚外子であろうがなかろうが、事実婚であろうがこの世に生まれてきたからには)しっかり社会全体で少ない負担で育ててあげるシステムを作らないとやっぱり子供をうもうという気は起きないだろうしなあ。
結婚してから発生するコストが上がり続ける先進国では、やっぱ子供が減るのは必然なんでしょうかね。

まあ、個人的にはいろいろあったにしても、50近くなってつらつら思うことは、俺みたいなしょうもないのでも結婚出来て、ホントに良かったな、という単純な事実。
金なんか全然無くて、お米代の計算も真剣にするような時期もありましたし、家族で旅行にもどこにもいけないような時期も長きにわたって続いたわけですが、それじゃあそういう事態が不幸せだったかというと実際は全くその正反対でした。これもひとえに他人と比べて我が家がどうだなんていうことを私の家では「全く」しなかったというその一点に尽きると思います。

長たらしく書いてしまいましたが、各個人にしてみれば結婚しない、出来ない、まあ、運命は各個人の運と意志次第という極めて無責任な事でしょうか。国力云々なんて言う話は「飯さえ食えれば味など構わんいう人ばかりになれば誰も味覚の話題をしなくなる」のとおんなじで、「その日がソコソコ上手く回ってそれを皆が幸せと感じるようになれば、誰も無謀な冒険や挑戦等という、危険でキツイことなどする必要もなしという人が増える」という感じと似たようなもんで、国力を追求することさえ皮肉な嗤いで迎えられるのかもしれません。

結婚したくても金が無いという人がいる上に、金があるからといっても結婚をしない人が増えているような世の中では、当然未婚率は上がりますよね、、、。ネットを無くせば多くの人はもっと家から外に出るんだろうな。無理ですけど。

ああ、また何書いてるのか訳の分からない長たらしいまとまりのない文章になってしまった、、、。これじゃあ小論文零点ですな。w ああ、一から書きなおさないと支離滅裂。

夜中にブログ書くと寝る時間が気になっていつもこうなる。orz

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