2013年9月26日木曜日

東アジア系の勉強・研究法

最近立て続けにアジア系のドクター達がここの研究所のFaculty positionに応募してきてます。

アメリカに来て、数多くのアジア系かつ日本人でないドクターの講演や発表を数えきれないほど見てきました。無論、彼ら彼女らの多くはそれぞれの国の超一流大学と言われるようなところを出てきた後、アメリカのこれまた超一流と言われるような研究所や大学を出てきている人がワンサカ居るのですが、何だかその研究の手法に一定の傾向を持っているような気がするんですよね。実に主観的な思いで申し訳ないのですが、、、。

一言で言えば研究の手法が面白くなくて、フィッシングと言われる実験を大規模なグループの中で行ってその一部を切り取った形のOne part of big pictureというか、モザイクのワンピースになることを最初から狙って海外に出てきている感じの人間が多い気がします。
無論、韓国や中国、そしてインドなどはその送り出してくる母数も巨大なのでトップの連中の一部には当然のごとく素晴らしい成果を持ってその存在感を示すものもいるにはいるのですが、その多く、特に中韓のエリート校出身者には研究発表を聞いていても「オモロナイ」のが比率的に多すぎます。

ここでフィッシングと言う言葉を使いましたが、これは魚を釣りには行くんだけれど、何を釣るか何が釣れるかは釣ってみるまでわからないという状態を揶揄する言葉で、勿論そういうことも一連のサイエンスの中には沢山あるのですが、そういう仮説無き実験でとにかく混ぜてみてその化学反応を見てみます、等というようなサイエンスは多くの場合特殊な枠の研究枠でもない限りNIHからは予算を貰えないんですね。

一般的な流れとしては自分や他人の過去の実験結果から鑑みて、こういった結果が出ているけれどもその原因はXXにあると予測されるがそれを確かめるためにはXXを行ってみるとその真偽を確かめることが出来ると考えられる。その仮説ををサポートする根拠は我々が行ってみたXXと言う実験結果がそれである。しかし、その実験を行ってみてそれでも結果がネガティブである可能性も有るのでその場合にはその対策としてXXを行ってみる、云々。というのがNIHに出すグラントの骨格です。

ちょっと話が脱線してしまいましたが、アイデアが無いときにはとりあえず魚釣りに行って当たってきたものを眺めてみましょうなんて言うのが最も「アイデアの無い」研究の最たるものなんですが、アジア系の研究者でも中韓出身の人達はこれが極端に多いんですね、、、。
なんというか、システムの中では動いているんだろうけど独立研究者としてそれで他所の研究所に移ったらそれは上手くいかんでしょう、というようなのばっかり。

歯車の一個として問題を「解く」方向で、しゃかりきに行けるのはどっちかというと得意なんでしょうが、自分から魅力的な問題を「提起」してそこに挑んでいくというのはどうも彼の国の人達は苦手なようです。

じゃあ、日本人はどうなんだと言われると「ウーム」と言う気もしますが、少なくとも周りを見渡してそういう人はほぼ絶無という感じです。まあ、分母が少ないから目立たないだけなのかもしれませんが、、、。ソウル大や精華大、北京大出身の理系研究者で、刮目するような魅力的な口演をあまり見かけないのは私の気のせいでしょうか。
こういうのってやはり、その研究者がここに来るまでの勉強や研究の流れが大きく反映してるような気がします。上から課題を与えられ続けて最短、最速で疑問を持たずに「あるはずの」答えを提出する。研究って正しい答えがそこにあるかどうかすら判らないことを含めて探し続ける根気の要る行為だと私は思うんですが、、、。

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