2013年5月15日水曜日

PTSDと教育

PTSDという言葉、もう日本でも結構普通の言葉として翻訳なしでもそれ自体が断りなしに使われるようになってきています。
日本語訳では心的外傷後ストレス障害というように翻訳されていますが、その典型例に当たるのだろうなという話を大学の寮から家に帰る道すがら上の娘に聞いたのでした。上の娘は障害者教育や、経済的、環境的なハンディを背負った状態の児童等の教育に興味があってその勉強もしているようなのですが、その関連で自らボルチモアの貧困家庭地区にあるアフター・スクールの学習支援の仕事をしています。
しかし、前回に聞いた話よりも更に酷い状況がそこにはひろがっているようでして、話を聞いているこっちのほうが具合が悪くなるような世界の中で育てられている子供達がこのアメリカには無数にいるのだろうということを想像せざるを得ませんでした。
例えば、小学5年生の女の子の場合、何と実の父親にレイプされるという経験をしており、それ以降幼児退行してしまったというのです。それまでは普通に話す普通の女の子だったのに、、、。また、別の子供の場合には自分の目の前で実の父親が殺されるというような経験をしています。
こんな状況が、ボルチモアのある特定のエリアの中では頻繁に起きているのですから、そこで育つということがどれほど子供達にとって「過酷な状況」にあるのかということに思いを馳せると、我々は実に幸運な星のもとに育ったと感謝せざるを得ません。
いえは金もなく、リッチとは対局にあるような生活でしたが、少なくとも周りは自分を学校に通う環境下に置いてくれ、まともに高校、大学へ送り出してくれました。それを幸せと言わずして何というのだろうと、彼らに関する話を聞いていると思うのです。少なくとも、身近でPTSDのような状態に追い込まれるような人間を見たことはついぞありませんでした。
一生消し去ることのできなような深い傷を心に持ち、麻薬の売人や売春婦、ムショ帰りがうろつく界隈で、学校に行く事も全く重要視されないような生活環境下にあって、誰も周りのロールモデルが居ない、、、。こうやって書くだけでも気持ちが暗くなるような世界ですが、そこで教えて必死になっている娘の話を聞くと頭が下がります。
最近の成果はどうかと聞いてみたのですが、何とか教えている子たちは高校にまで進学できる成績を修めてくれたという点は良かったというのですが、あまり嬉しそうな感じで話してくれません。何でかなと思って更に聞いてみると、例えばその中の一人の女の子は教えれば勉強ができるのにとても家で勉強できる状況にないというのだそうです。
どういうことかと更に尋ねたら男といえには7人もの年下の兄弟達が居て、その全員の面倒を見るのが自分一人にかかって来るため勉強どころではないと言うのでした。その状態で日常生活に疲れ果て、高校に行っても勉強をすることは出来ないだろうと半ば諦めているのだそうです。
こういった状況、どこから負の鎖を断ち切っていけばよいのでしょうか、、、。要因が複合的すぎてそういった事に深く思いを致したの無い私にはこれといったクリアな返事を娘に返せないのでした。
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