2013年5月1日水曜日

アメリカの障害児教育と年齢

今回、息子の通う高校で恒例のミーティングが有りましたので、良い機会だと思いアメリカの障害者の公教育の一端を簡単に書いてみたいと思います。息子が自閉症であることは以前にも少しこのブログで書いたことがありますが、その息子もこの夏には17歳になります。
幼稚園というシステムに入る前から色々とこの国の手厚い障害児教育の恩恵を受けてきた息子ですが、実はこの障害児教育、(少なくとも私のカウンティでは)驚くべきことに彼の実年齢が21歳になるまで継続することができるのです。
これはいわゆる、社会人障害「者」のケアが始まる前の障害「児」教育の一環としてサービスが延長されるものでして、通常は四年間である所の高校の教育において最終学年である12にあたる学年で最大一年しか延長が効かない以外はその他の高校に当たる学年である所の9,10,11の各ステップで二年前後の学年を経験させることができるのです。
結局、このシステムが作動することによって通常は障害児に対する公教育は成人を少し超えたくらいの年齢までは継続して行われることになっています。障害児の教育においては通常我々のカウンティではひとつの教室に(障害のタイプにもよりますが)児童が数名、教師は三名ほど、そしてフルタイムのアシスタントがほぼ同数かそれ以上います。要するにこのカウンティーでの障害のある生徒とそのケアテイカーの数は通常一対一では無く、ケアする人間のほうが多くなっているのです。(メリーランドとバージニアでの経験では最も悪くても三対一程度でした。)
更にはこの障害を持った児童たちには通常、学業優秀な模範的生徒の中から選ばれた生徒が「メンター」として指導、監督をするようになっています。
あと、書き忘れましたが通常どこのカウンティーであっても障害児はその児童の家の文字通り「真ん前」までスクールバスがやって来てくれます。かくも様々なアシストシステムがあるのですが、実はもっともこの国にいて「良いな~」と思うのは、こういうソフトウェア、ハードウェアの充実では無く、多くの人々のハンディキャッパーに対する気持ちのあり様でしょうか、、、。
障害があることが障害がないことと同じように人として当たり前の事実であることを皆が大きく受け止めようとする心、態度だと思います。可哀想可哀想という単純な憐憫では無く、その一歩先の世界。勿論、差別がどこにでも、何時の時代でもあるように障害者に対するそれも持つ人はこの国にもいるでしょう。しかし、この国においてそれを表に出すような人間は簡単にいえば「LOSER」というカテゴリーに入れられる人達なんですね、、、。社会的にもまともな公職には付けませんし、政治的には「自殺」と一緒なのです。おまけに、それを表明した瞬間、周りから盛大に叩きまくられ地面と同じレベルまでペチャンコにされてしまうのでした。w
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