2012年12月27日木曜日

悲惨な旅程は続く

結局、この日本からの三人組の事が心配でよく眠れませんでした。
夜中も時々テキストが入ってきて状況が解かっただけに飛行場の待合室で余り深くは眠っていないことが容易に想像できました。最終的に理解できたことは彼らのうち一人は朝の便でリッチモンドへ来られる便を確保できたということ、更にもう一人は最終便でリッチモンドに到着できるということ。しかし問題はもう一人がリッチモンドに来られるかどうか全く未定でキャンセル待ちだという事実でした。
彼らの今回の旅程は一週間も無い上に、今日と明日の二回のVCU男子バスケットの試合前練習を見学して、更に翌日の試合を見せてもらうことによってその練習の内容が如何に実際に反映されているかという事を確認することが大命題。それが今や風前の灯なのです。
そこで私のほうから提案をして、乗り捨てで良いので今からレンタカーを借りてとにかくNJからリッチモンドへ走ってくるという案。最終的にはこの案が受け入れられ、年末の事故渋滞、自然渋滞の中を12時間ほどの時間をかけてリッチモンドへついたのは夜の10時45分頃。
途中に数時間の仮眠を入れて到着したとは言え、普通であれば5時間半で着く距離です。なんともまあ二倍の時間をかけての到着本当にお疲れ様でした。この三人は全員が日本の高校バスケットボールのヘッドコーチ。多くのものをVCUのスーパースターコーチから吸い取って帰国して欲しいものです。(この後、夜中の二時まで御飯を食べたりウイスキーを飲んだりして皆で四方山話をして過ごしました。)
こんな車で坊主のオジサン二人がモモクロ聞きながら我が家へ、、、。異次元です。w

さて、実は午前中に一人だけ早く着いた神戸の育英高校のコーチは私がVCUのグッズストアに連れて行くとともに、昼飯を共同研究者のH先生とともに近くの美味しいレストランで食べました。実はこの先生の御父君もH先生と同じ阪大理学部卒だそうで話は盛り上がりました。また、更に彼の祖父はなんとあの「ジーニアス英和辞典」の初代編纂者「小西」氏だというではありませんか。驚きました。我々の世代の受験生時代には研究社の新英和とジーニアスとプロシードの三つが結構有名どころでしたが、その一角を占める辞書の編集主幹だったとは!
さて今日は一日が無駄になってしまいましたが、明日こそはいよいよ本練習へ入る日です。彼らにとって実りが最大限のものとなりますように祈っております。
人気ブログランキングへ

0 件のコメント: