2011年8月19日金曜日

無理なことは無理

オープンソース・ソフトウェアの開発過程の比較に関して「伽藍とバザール」という言葉が昔からありますが、国家の運営もまさこんな感じでしょう。
一部の優秀な人物達によって精密に練り上げられた作戦もしくは創造物が最後の段階で公にされ、史上の反応を見極めた上で手直しをされて出てくるというものと、バザールの全体からその超優秀なものから愚にもつかないと思われるものまで全てをひっくるめて、全員の眼で有機的に物事を創り上げていく方式。どちらが良いかということに関しては個別の案件であり一概に勝者を決めることはできないんですが、何れの方式で行くにしてもその成否を握るのは全体統括者の強烈な能力です。
ソフトウェア開発にいおいては例えば代表的な例は前者であればマイクロソフトのデビット・カトラー、後者においてはリーナス・トーバルスでしょう。こういった人物達の優秀な頭脳と強烈な個性、そして先見性と交渉能力を担保にしてプロジェクトは進んでいきます。
しかし、しかし。これが日本の政治の話になった途端、もう眼を覆わんばかりの、、、それこそ、何と言うか、、、事実上の焦土と言って良い惨状。人材の払底は極まり、その数少ない選択肢を選ぶ選挙結果も「国民の見識」つまりはその選択眼そのままの政権が具現化したわけで、哀しいかなこれが21世紀の日本人が産みだす事ができる最良の選択肢なんでしょうか。
もうずっと前から本当にこのブログでも何度も何度もしつこく書いて来ました。マスゴミと民主党政権がつるんだことによってもたらされる悲惨な結末というものを。しかし結局は選択肢は民主党。(笑)今しっかりその選択の御褒美を日本が全身で受けている状態でして、適切なお悔やみの言葉も見当たりません。おまけに今度は民意は問わずの三バカ四バカ選択式選挙という悪い冗談の連続。民主党の議員も、生きているうちには二度と無いこのチャンスに向けて必死で名前を売り込もうとしている馬鹿野郎軍団が勝手に盛り上がっているようですが、笑うセールスマン顔の野田某を筆頭に、その他どんぐりの背比べで、腐った野菜のたたき売りみたいな状態。多くの日本人は完全に諦観状態に陥っているのではないでしょうか。自分達のやってしまった投票行動が如何なる形で自分達の未来を翻弄していくのか身を持って実感していることでしょう。
少し前までは日本という国に同情していましたけど、最近はもう何と言うか、そういう気持ちも無くなってきました。国家に信じられない大借金があるのに、国民が念仏のように唱えるのは「減税、手当て」の大合唱。一言コメントするなら、この大馬鹿野郎共と言うくらいですか?いつからこんなに「さもしい」「乞食根性」の人間が増えたんでしょうか。団塊の世代が云々と言う前に、金が無いなら飯のランクを落とす、それを買う金もなければ水でも飲んでその日は夜の星でも眺めて腹を鳴らしながらやり過ごす。実際はそういう事態になる前に、次世代に対して責任のある「有権者たる大人」は対応策を十分に練り、出来ることと出来無いことを峻別し、厳しい選択肢を選んでいくしかか無いのに「馬鹿な」有権者達に阿(おもね)って具体策を練れないし、抑々、政策立案能力、法案作成能力自体が無いという茶番。(笑)
まあ、この際日本も落ちるところまで落ちてみると良いのでしょうかね?その子供達自身に負担が返ってくるバラマキ政策「お子ちゃま手当て」、高速道路に巣食う屑共だけが潤う、受益者負担の法則を完全無視した高速道無料化(日本とアメリカの道路はその根本の哲学からして全く別物!)、能力が有ろうが無かろうが、意欲が有ろうが無かろうがそんな事関係ないよ~、金はア・ゲ・ルと宣言した高校完全無償化。先進国が云々等という中身のない言葉を錦の御旗のように掲げて日本の財源事情に関係なしに進められてきたポピュリズム・迎合政策が後世の歴史でどういう評価を受けるのか。そういった事を評価を出来るだけの日本人と日本というシステムがその時まで残っていれば良いのですが、、、。
可哀想なのは民主党を選んでも居ない、そういうさもしい政策に迎合しない実直に働く人間達が更に次の選挙まで割を喰らい続けること。まだまだこういう人達には災厄が降りかかって欲しくないな。本心から。無理なことをきちんと無理と受け容れることの出来る大人の育成を怠った教育システムから作りなおさないといけないんでしょうか。(そういう事が理解出来ない連中って団塊周辺に固まっていると思うのは俺だけか?)このことは、若い世代のほうがよっぽど解っているような気がするんです。

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