2011年4月12日火曜日

俺なら耐えられない

今回の震災で家族や親族を亡くされた方々のことを考えるとほんとうに辛い。
自分以外の家族の大半を一時に失い、茫然自失の人、特に一人だけ家族の中で残された方などはその理不尽さと衝撃の大きさは到底、私の貧弱な想像力を越えたところにあるものだ。
東日本大震災:家族5人失った石巻市職員「何を支えに…」
一家5人を失い1人になった菊地裕明さん。自宅があった地区を被災後初めて訪れ、長男昭斗志君の学生かばんなどを見つけた。楽しみにしていた末っ子のランドセル姿はもう見られない。上の子2人の誕生パーティーも濁流に消えた。大震災で家族5人が津波に巻き込まれ、ただ一人取り残された宮城県石巻市の市職員、菊地裕明さん(50)は1カ月たっても前に向かう気持ちはわき出てこない。「この先、何をよりどころに生きればよいのか」。心に開いた穴はあまりに大きい。【遠藤拓】 妻ゆかりさん(41)と3人の子、そして母房子さん(75)との6人暮らしだった。 「早く学校行きたいな」。ぴかぴかのランドセルを背負って、そう繰り返していた次女の美里華ちゃん(6)は近くの市立大川小に入学するはずだった。高校1年の長女日香里さん(15)は3月18日、中学1年の長男昭斗志君(13)は4月6日が誕生日だった。ケーキとオードブルを囲んだお祝いをみんなで楽しみにしていた。「行ってくるよ」その日朝早く、ゆかりさんにいつもどおり声をかけた。子供たちは寝息を立てていた。仕事は学校給食の調理で、勤務先から自宅までは普段は車で40分ほどかかる。あの日は大量の土砂や流木が散乱、冠水で走れない道だらけで、3回もパンクし夜半に自宅にほど近い川の対岸にたどり着いた。橋が途中でなくなっていた。自宅に戻るのをあきらめ、市内の妹夫婦方に身を寄せた。家族5人を捜して避難所を回る日々が続いた。1週間近くたってやっと「再会」できた。そこは避難所ではなく遺体安置所だった。美里華ちゃんが最初に見つかった。幼稚園から帰ったばかりだったのだろう。左腕に見慣れた名札を付けていた。そして自宅近くでゆかりさん、昭斗志君と続いた。物静かで成績の良かった昭斗志君は、あわてて避難したらしい。傍らのリュックサックには懐中電灯と財布、そして宝物にしていたゲーム機が入っていた。試験休みで家にいた日香里さんは、菊地さんが犬の散歩コースにしていた沼の近くで見つかった。家屋ごと津波に流されたらしい。明るくてよく笑う一家のムードメーカーだった。「両ひざが不自由なおふくろをかばい、一緒にいたんじゃないか。昔からおばあちゃん子」。だが、母の房子さんはまだ見つかっていない。  美里華ちゃんと再会した夜、うとうとしていると帰宅する自分の姿が浮かんだ。「おかえり」。美里華ちゃんが駆け寄ってきた。ひざ元にまとわりつく懐かしい感触だ。夢だった。酒を飲まなければ眠れなくなった。家族も家財も自宅も失い、お墓まで流された。晴れた日、日香里さんが見つかった現場の近くで母を捜す菊地さんの姿があった。手にしたスコップを止めてつぶやいた。「おふくろが見つかるまでは頑張るよ。その後? みんなを弔いながら一人、生きていくのかな」。そばの沼では水鳥が小さく鳴いていた。
心のケアとかそんな安っぽい言葉では何も埋めることが出来ない。この男性以外にも、家族が全員流された家庭、眼の前で家族が流されて言った人、手を繋いでいた家族を失った人、自分以外の親族を含めほぼ全ての親族まで流された男性。生まれたばかりの赤ちゃんと奥さんを亡くした男性、そして、そして、、、。子を持つ親として、家族を持つ人間として、この人達の境遇を考えると本当に涙が出てきます。
更にその境遇の上に重ねるように、家や仕事場まで無くした人達。今までの災害と違い、戻るべき場所まで放射性物質に汚されて戻れない等というのは冗談であって欲しいと思うのだが、それでさえ悪夢の一つの断面でしか無いという恐ろしさ。お金では取り戻せない。時間も巻き戻せない。助ける方法なんてある訳が無い。物理的にどんなに補填されたとしても。

それでも少しでもその痛みを減らすとしたら周りの人の笑顔、そして物理的な保障、人として他人の役に立つという誇り、を仕事を通じて還元していくしかないと俺は思う。
少しでもそういう人達をを助けることが出来るとしたらそれはなんなのだろう。何度考えても、本当の救いがどう訪れるのか解らない。自分に同じ事が起こったら、、、。

****************追加***************
デマのまとめサイトも出てきはじめましたので、こういう貴重な記録は是非参考にしておこうと思います。災害があり、情報が寸断されたときにどの様にデマが拡がるのか、そしてそれはどうして起きてしまうのか、それを防ぐにはどうすれば良いのか。こういったことはむしろ学校教育の対象になるのではないかと思います。こんなことを教育すれば、馬鹿な新聞記事に惑わされる人間の数もきっと激減することでしょう。その相乗効果として化学の成績が伸びるかも?
福島の双葉病院のデマも酷かった。ウェブでそのニュースを見た瞬間から「絶対に」デマだと思った。患者を置いて医師が逃げるなんてこと有る訳がない。それに関するデマの流れと実際に起きていた事実の記録が「絵文録ことのは」というサイトにありますが、やっぱりそういうこったろうというだけです。マスゴミの流す記事などこの程度の物、事実確認はせんは嘘だと判った後でも名誉回復の大々的な記事は組まんわ、もうただただ狂犬に噛まれたと思うしか無いんですね。狂犬に噛まれたからと言ってその狂犬を噛み返すのも馬鹿馬鹿しいだけだし。狂犬はただひたすら安楽死・自滅の運命に向けて走らせなければなりません。



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