2010年9月27日月曜日

日本の大学院教育

今日配信されていた日経ビジネスオンラインの記事の中で、伊藤さんという人が書いていた記事を読んでいて大学院教育について考えさせられました。
まあ、日本の大学院の多くが何も教えないただの授業料徴収システムだという事実は広くその方面には知られていますが、教員に卒業論文作成を指導する能力が欠けている人が「大変」多いのも事実です。少なくとも私が出た某国立大学の医学部ではそうでした。新知見を学ぶ意欲が全くのゼロで、10年経とうが、昔からあいも変わらぬ何の進歩もない授業を永遠のように退官まで続けるロボットのような教授。科学に対する興奮を何も呼び起こさないどうしようもない人。大学院生が何年も入ってこないような死んだラボ。基本的に日本の科学論文は大学院生とその上にいるポスドク程度のランクの人の奴隷的献身で成り立っているものだという認識があります。
まあ、私が経験した二つの日本の国立大学がそうだったから全体がそうだというのはまさに暴論ですが、教授と「熱い」科学的討論をした覚えはありません。思い出したような感じの枝葉の質問はしてきますが、体系だって「学問」と言う見地から大学院生を指導しているところを近隣のラボでも見たことはありません。まあ、優秀な方々はそれでも良いのでしょうが、私のような人間は多くの場合、以心伝心では伝わらず、結局必死で自学自習という形で痛い目に遭い続けながら自分を磨いていくしかありません。まあ、昔から自分で学んだことしか憶えてないことがほとんどなのであの指導は裏をかえせば人を育てる素晴らしき放任主義だったのでしょうか。(そんなわけないけど)大学院で「自ら学ぶ」というのは大基本!しかしそこに体系的教育がなされないというのは全く次元の違う大問題なのです。
みなさんの周りにもいませんか?どうみてもお前さん教授としての能力無いのに何でそこ座ってんの?という人たちが。別にT大、K大に限ったことではないと思います。君、縁故採用(笑)?それとも我慢比べで相手を負かしたの?というような人周りにいませんか。それとも21世紀の日本はもうそんなしょうもない人達は綺麗に消えちゃってくれたんでしょうか。

この話はまた改めて書きたいと思います。

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