2009年2月3日火曜日

バッシング

「烏合の衆」という言葉がある。

成人の日本人であれば意味の説明は要らない言葉ですが、私がこの言葉を口にする相手は先ずマスコミだけです。最近の麻生総理に対する叩き方のしつこさとその叩くレベルの低さは「下劣」という言葉以外何も思い浮かばないほど拙劣なネガティブキャンペーンだと思います。一国の宰相の演説中に現れる漢字の読み間違い探し、人事院のトップに立っている厚顔無恥な年寄りの抵抗に対する歪んだ報道、まあ、羽織ゴロの面目躍如といったところでしょうか。
驚いたのはこの人事院にはマスコミ関係のトップの人間が入れ替わり立ち代りその責任重き地位に就くべく就職しているという驚愕の事実が報道されていないことです。これを暗部と言わずして何と言うのか。こんなズブズブの関係にある人事院の事をマスコミが公正に報道できる訳が無いのです。それは同様に自社のメディアに広告を出しているスポンサーが起こした問題には目を瞑っているマスコミのいつもの姿と見事にオーバーラップしているわけで、このような利益構造をしている会社が、「社会の木鐸」とか自ら名乗るその厚顔無恥振りには頭痛がするほどです。
きっと顔面はケブラーか劣化ウランの鋼鉄で覆われているのでしょうね。(笑)
新聞の内容などを読んで信じている方が未だこの世にいると言うこと自体が殆ど私にはお笑い種なのですが、その方達にはこの場を借りて「御愁傷様」と言うほかありません。
昨年、子供の行っている小学校で面白い教育綱領を見せてもらいました。先生に対して直接これはどの学校でも普遍的なものなのかといったら概ねそれは共通と言われた文章があります。それは、「健全な批判精神を育み、為政者を監視し、圧政者の登場を許さない人物を育てること」というものでした。
私はこのような条文は日本の教育の中には絶対に現れないだろうと密かに思いまして、とりあえず条文を見てみると、第一条に「教育の目的(1条)教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」と玉虫色の表現があるだけでやはり、「民主主義」という西洋社会の獲得してきた血塗られた闘争の歴史の浅い(日本の場合、無いのですが、、、)我が国では未だ出てこない流れなのだなと感じました。
マスコミの人間は自分たち自身が作り出そうとしているものが何なのか全く理解できないまま視聴者数の減少と、部数を減らす作業に邁進しているようです。

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