2009年1月12日月曜日

ドメスティックバイオレンス・家庭内暴力(前編)

日経から配信されるメルマガで、生まれた子供に嫉妬する夫たちというのを読んだ。
まあ、経験の無い方にとっては月の裏側の話のように感じるかもしれませんが、このようなことを経験した事のある人間にとっては全くもって話の一つ一つが「さもありなん」という事ばかりです。
まあ、このイントロでお解りかとは思いますが、私の場合、小さい頃から不仲の両親の間で弟と二人で小さくなって、決して絶える事の無い親の喧嘩の真っ只中で育ってきましたので、本当にそういう「被害」に遭っている人たちの事を見聞きするにつけその悲惨さに心が痛みます。言葉の暴力、体を使った暴力などその本人は怒りに任せてその捌け口をそういう形で求めているのかもしれませんが、対象として被害に遭っている者は「たまったものではない」のです。ですから世間で偶に起きている家族内の殺人事件を見聞するにつけ、他人事では無かった時期の自分に思いを巡らせてしまいます。加害者の多くは父親だと思いますが、これからも子供に殺される親というのは無くならないと思います。私の場合は「幸いにして」心で自分を制御することが出来ました、しかしそれは単に幸運以外の何物でもなかったと思います。自分には、年子の体の不自由な弟が居た為に、常に反面教師として親を見続けてきただけで、「何時かこの家を出る」そして「親と遠く離れた所で人の体を治療する事の出来る仕事につきたい」、という事だけが目標でした。どうやら改めて来し方を振り返ると、実際そのシンプルな目標に沿ってここまで生きてきた感があります。
本当に人生の最初の十年で一生分の嫌な事を見た感じがしました。家に帰るのが辛い、と思わせるような子供を持つ家庭は本当に「最低」だと思います。家には優しいお母さん。そして仕事から帰ってくるとちょっと怠け者だけど、いざというときはビシリと何でも出来てしまうお父さん、というのが私の家庭というもののシンプルな理想像でした。要するに実際に育ててきた親と正反対の親、というそれだけの事でした。
ちなみに家内は自分の母とは正反対の人間をきちんと見つけることが出来、本当に運命の巡り合わせには感謝しています。「絶対に親父のようにはならない」「絶対に母親のような人間は配偶者に選ばない」このシンプルなモデルだけで生きてきた私は本当に他の選択肢が無かったというか、悩む必要が無かったのです。
まあ、これを幸せか不幸せかと判断するのは私の仕事では有りませんが、まあ良くグレもせずにここまで良く来ましたよ、やれやれという感じです。(笑)

負の連鎖は私で断ち切り、次の世代には全く新しいものを手渡したいというのが心からの願いです。子供の頃に味わった恐怖の気持ちについては明日も続きを書こうと思います。

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