2008年11月28日金曜日

在米十年目

家内が先日、寝入りばなにしみじみと言った。「私達も、もうすぐしたらアメリカに来てから十周年記念日を迎えるね。早いね~。」
J-1ビザの更新とH-1ビザの延長、そして正式にこちらの大学で職を得てからのグリーンカードの申請と取得。確かに改めて言われてみれば十年というのは、区切りとしては充分に長い立派な家族の歴史の一部だと感じる。
次女に至ってはこちらで産まれているので、彼女の場合はその人生の全て。彼女曰く自分は「アメリカン」との事だが、どうもそれを切り出すのは日本語で可笑しな表現をした時に家族に笑われた時だけに「方便」として使っているだけのようだ。
こちらに来た当初はまず電話で英語を使うという事に戸惑った。最初の三ヶ月ほどは、何を話すのかその内容を頭の中でまとめてそれに対応する文章をイメージしてから嫌々ながら受話器をあげるという感じだった。それもいつの間にか今では文句の電話もガンガンかけるし、どんな細かい交渉も電話とメールで解決するというように変ってしまった。一番大きいのはやはり英語を日常的に使わざるを得ないという状況に自分が置かれている為だと思う。電話の設置で有利な条件を引き出す交渉に手こずったのも今では遠い昔の笑い話となってしまった。
初めて国際免許証を書き換えて免許を取得したときの事、家族で行った初めてのショッピング、次女の出産、初めての家の購入(日本でも持ち家ではなかった。)等々、人生の中での初めて尽くしが本当に多い十年だった。
研究のほうでは、意気込んで始めた気の長いダブルノックアウトマウスの実験(ライブラリーのスクリーニングから、KOベクターの作成、キメラとその子孫の交配、ヘテロ作成から系統純化とそれぞれのノックアウト、ダブルノックアウトの作成と行った挙句にダブルノックアウトのみがEMBRYONIC LETHALという解析の難しい結果を迎えてしまったのもその暫く後の二年間のころで、同時に進めていた小さな数報の共著論文が無かったらもう凹んで帰国し、医者に戻っていたのかもしれない。
ちなみにこの研究は今でも連綿と引き継がれて7年後の今になって「やっと」論文として終結しそうだ。クワバラクバラ。

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